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102


 アドラーが倒れる所を、ミュスレアは真後ろで見ていた。


 ミュスレアは悲鳴こそ飲み込んだが、無敵の団長が崩れ落ちたのに驚き、それ以上に激しく動揺する自分に驚いていた。


 彼女は、死にかけのアドラーを知っている。

 弟が見つけた行き倒れの上着を脱がしたところで、「これは無理だ」と思ったほど。


 肩からヘソまで体を裂く傷があり、本人の魔力でかろうじて繋がってるのを見て、虎の子のへそくりを使って医術師を呼んだ。


 その時は冒険者らしく冷静だったが、今はそうもいかなかった。


「アドラーっ!?」

 ミュスレアが全力で駆け寄って頭をかかえた。


 体にはケルベロスの吐いた紫の粒子がこびりつき、ミュスレアは慌てて叩き落とそうとして、ブランカの視線に気付いた。


 アドラーとミュスレアを交互に見る目は大きく開き、どうして良いか分からぬ迷子犬の瞳。


 ミュスレアは、自分を取り戻す。

 彼女のことは、正式ではなくとも副団長格だと皆が認めている。


 ここ最近、妹と弟に見つからぬように読み書きの勉強もしていた。

 指揮を執るなら文字が分からないと話にならない。


 教師はアドラーとマレフィカ。

 深夜、キッチンの机でこっそりアドラーに習っていると、起きてきたキャルルに見つかったことがある。


 一瞬驚いたキャルルは、頭を寄せ合う二人を見て「ごゆっくり~」と言いながら生意気な笑みを浮かべた。


 弟に誤解されるのと今更勉強を始めたこと、どちらが恥ずかしいか天秤にかけて、ミュスレアを前者を選んだ。


 一つ深呼吸して、ミュスレアは冷静にアドラーの容態を確かめる。


「脈も呼吸も、意識も……ある。マレフィカ、わたし達にも抗毒魔法を。ダルタス、団長を背負って。ブランカが先頭、一気に地上まで戻るわよ!」


「了解した」

「はいな!」


 他にも怪我人が多く、ここでの治療は無理だとミュスレアは判断した。

 命令が出て、ようやく団が動きだす。


 全員に指示を出したミュスレアが、アドラーをオークの背に縛り付け、自分の槍をエスネに投げた。


「それ、頼むわ」

「うむ、任された。後で様子を見に行くからな」

 エスネは片手で槍を受け取った。


「マレフィカは、わたしの背中に。喋ったら舌を噛むわよ」


 三人は、全力で走り出した。

 ブランカは、アドラーのと合わせて両手に剣を持つ。


 行く手に何が出ても二刀両断するつもりだったが、焦りと心配に起因する竜の怒りの前に出てくる魔物はなかった。


 道中では、他団の者が道を譲る。

 大物が出て怪我人多数の情報は回っていて、仲間を背負った冒険者を邪魔する者はない。


 中には「お、おい! 担架あるぞ……!」と声をかける者もあったが、声が届く前に白い尻尾の少女とエルフとオークが走り抜ける。


「速いな、何処だ?」

「知らんのか? あれが太陽と鷲だぞ」


 本戦初日の終わりを前に、帰り路に着くギルドを次々と追い越してゆく。

 その中に”鷲の幻影”団もあった……。



 紫色の毒素にまみれたアドラーを見たリューリアは卒倒しかけたが、冷静沈着な姉を見て、何とか平静になった。


 駆け出しのヒーラーに出来ることは何もない。

 てきぱきと毛布を広げ湯を沸かす姉に代わって、アドラーの頭を自分の膝に乗せるのみ。


「近づいても大丈夫だ。毒は無効化されてる」

 マレフィカが首をひねりながら顔をあげる。


 詳細に検分しても、アドラーを倒すほどの毒素は見当たらない。

 ロゴスが咄嗟にかけた耐毒魔法は完璧で、マレフィカにも原因が分からぬ。


「兄ちゃん!」

「だんちょー!」

「アドラー!」

 二人と一匹が、横たわるアドラーにしがみ付く。


「病人よ、降りなさい!」と怒鳴りながら、リューリアは少し寂しく思っていた。


 彼女は、もう勢いに任せて飛びつけるほど子供ではない。

 よく覚えてない父のようでも、優しい兄のようでもあるアドラーを慕ってはいたが距離が難しい。


「反抗期でないだけ感謝してよね!」というのが、偽らざる本音。

 アドラーの食器や洗濯物を洗うのに、文句を言ったりはしない。


 しかし、目の前で倒れているのを見るとたまらなく不安になる。

 リューリアは、長女のミュスレアとアドラーに、自分と弟が守られているのをよく分かっていた。


「どう?」

 ミュスレアが硬い表情でマレフィカに尋ねた。


「すまない、分からん。たぶん、命に別状はない。急激な衰弱で、原因は……私とロゴスの魔法が同時にかかったせいかも……」


 アドラーは自身も魔法を使える。

 そこに二つの魔法がかかり、悪い影響が出たのかもと魔女は判断した。


「では、ロゴス団長を?」

「うむ、俺が連れてこよう」


 ダルタスが天幕を出ようとした時、ロゴスからやって来た。


「遅くなってすまぬな。ちと、人手を集めてたものでな」

「いえそんな、ありがとうございます。こんなに早く、良いのですか?」


 ミュスレアが感謝を込めて応対する。


「他は普通の怪我人と火傷ばかりじゃ。それに、礼を言うのはこちらじゃ。あっさりとあれを蹴散らすとはのう。みな、こっちじゃ。入れ入れ」


 ロゴスに続いて、三人の老人がやって来た。


「わしは”南の教授”レイトンという」

「わしの名はジン。”東の医聖”などと呼ぶ者もおる」

「お初じゃな。わしはクロトンのアルクマイオン。”西の賢者”じゃ、知っておるか?」


 いずれも、治癒系の冒険者なら誰でも知ってる有名人。


「そしてわしが、”北の導師”ロゴスじゃ!」


 これ以上ない面子を、ロゴスは集めて来た。

 最後に顔を出したエスネが、ミュスレアに槍を渡しながら言った。


「ふっ、借りは返すのが私の流儀でな」


 マレフィカでも一歩引いて老賢者達の話に耳を傾ける。

 リューリアは苦しむ団長の頭を膝に乗せたまま、伝説を目の当たりにして緊張気味。


 そして、四人の賢人会議が始まったが……。


「すまん」

 エスネが短く謝り、ミュスレアがうなだれていた。


 同格の四人が集まり、議論は加熱し、様々な仮説が出て、治療は一歩も進まなかった。


 時折「ううー」とアドラーの声が響くのみ。


 ふとキャルルが何かに気付く。

「兄ちゃんのきのこが!」


 こんな時に下ネタを言った弟を、次女が恐ろしい目で睨む。


「おう、本当じゃ。きのこが生えておる!」

 四賢人の誰かが叫んだ。


 アドラーの体、紫になったところから、きのこが生えていた。


「つまりじゃ!」

「ケルベロスが吐いたのは!」

「毒でなく胞子じゃったか!」

 ようやく答えに辿りついた。


 ――マカイキノコ類。

 名前の通り恐ろしい菌糸類。

 生物の体に張り付き、その魔力や体力吸って育つ。


「こんなもの初めて見るわい」

「ふむふむ。ロゴスの魔法でほとんどは死滅しとるの」

「せいぜい、数百本といったところじゃな」


 四賢人の観察は続く。


「それで! どうやったら治るの!?」

 ついにミュスレアが切れた。


「まてまて! それを今から考える!」

「無理に剥がすと散らばるかの?」

「わしも一つ持って帰りたいのう。研究用に」


 再びミュスレアが爆発しようとした時、文字通り救いの女神が現れる。


「はーい、今晩は。女神特製の聖水はいかが? 出したてよん」


 次女が声の主をきつく睨む。

 やってきたのは、美貌溢れる女神のアクアだった。


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