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 居残りになったキャルルが、アドラーが見えなくなってから口を開いた。

「ちぇっ、ボクも付いて行きたかったけどなー」


「あら、良く分かってるじゃない」

 リューリアは、直接ごねなかった弟に感心した。


 どれだけアピールしようと、団長が同行を許す可能性はない。

 時間と負担をかけるだけの行為を少年は我慢した。


「まーね。周りの人を見てたら、自分の実力くらい分かるよ」


 キャルルは、本戦に参加した前線タイプの冒険者で一番弱い。

 アドラーのバフを受けても、やっと最下層に混じる程度。


 一日中ベテランの冒険者を見続けて、自分が団長の役に立つには、腕力も経験も全く足りないと少年は自覚した。


 リューリアは、少し成長した弟を褒めてあげようと思った。


「いい子ね、おいでおいで」

 右手を頭に伸ばしたところで、キャルルがぴょんと逃げた。


「なによ!?」

「子供扱いしないでよ!」


「なんですって!?」

 言い合う二人の間を「にゃあ」と鳴いて黒猫が横切る。


 そのバスティを拾い上げようとして、キャルルが気付いた。

「あ、靴紐が切れてる」


 夕食の片付けを始めたリューリアも気付く。

「あら、湯のみが一つ割れてるわ。アドラーのね……」


「妙な胸騒ぎがするにゃあ……」

 女神のバスティが、ダメ押しで言った。



 グラーフ山のダンジョンは、大迷宮と呼ばれるだけあって天井も高い。

 階によって違うが、三十メートル近い層もある

 これを四層分駆け下りるのは、鍛えていてもつらい。


「ま、待って! あ、足がもつれる!」

 最初に音を上げたマレフィカを、ダルタスがひょいっと抱え上げた。


「ありがとー」

「うむ、気にするな」


 オークは左手一本で抱えて走る。

 アドラーを呼びに来たシロナ団の若者は、駆け上がって駆け下りてと限界を超えていた。


「おい無理するなよ?」

 アドラーが声をかける。


「だ、大丈夫です! 僕の恋人が、シロナ団のヒーラーなんです!」

「あ、ふーん……。それで?」


 アドラーは嫌な予感がした。


「魔物が出た時、足の速い僕が救援を呼びに行くことになって。『直ぐに戻ってくる! このギルド対抗戦が終わったら結婚しよう!』と、どさくさに紛れて告白しちゃって……返事をこの後もらうんです!」


 婚約したばかりの若者は、足を止める気はなく全力で走り続ける。

 仲間と恋人の元に、援軍を届けるために……。


 四層へ降りた途端、アドラーは若者に足を引っ掛けた。


「う、うわっぷ! 何をするんですか!」

「ここで良い、あとは任せてくれ。これは、本気の本気で!」


 近くに居た冒険者に膝が笑い始めた若者を任せ、アドラーは仲間に特殊強化をかけた。


「飛ばすぞ! あいつが付いてこれないくらい!」


 ブランカが先頭に立った。

 四層から五層へ降りる穴、そこへの道中は完全に掃討済み。


 竜の子は飛ぶような速さで走りながらアドラーに尋ねた。


「さっきの奴、可哀想じゃない? 頑張ってたのに……」

「いいの! ああいう事を言う奴は、置いていく! これが常識なの!」


 アドラーは迷信は信じないが、これは別。


「えっ、結婚の話とか……したら駄目なの?」

 ミュスレアがショックを受けて呟いた。



 四層は一片が三キロほどある正方形。

 柱も区切りもない広大な空間で、ヒカリゴケが群生し独特の植物相がある。


 五層は少し狭くなるが、大体同じ。

 ただ四層より天井が低く、蔦などが垂れ下がり見通しが悪い。


 ロゴスとエスネが率いる”シロナの祝祭”団は、他の三つの有力ギルドと共に、六層から五層まで床をぶち抜いた巨木を目指していた。


 百人以上のベテラン冒険者は、五層の魔物なら何でも対処出来る規模と質であったが、”それ”は突然現れた。


 完全に気配を消し、木々の後ろに紛れて、先頭をやり過ごして隊列の後ろ三分の一に襲いかかった。


三つ頭の魔獣(ケルベロス)だっ!」の声が響くと、ロゴスとエスネは真っ直ぐ後退したりはしなかった。


 想定外の大物、こんな浅い層に出た記録がない上位種の奇襲に対し、部隊を旋回させて魔物の腹背を突いた。


 だが現れた三頭魔獣(ケルベロス)は、記録的に巨大。


 ロゴスの決断は早かった。

「いかんな、魔力が溢れとる。こいつは魔法を使うぞ。怪我人を背負え、後退しつつ戦え! この層におる、他の団にも知らせろ!」


 ここでケルベロスの頭の一つが火炎を吹いて、怪我人が増えた。

 直撃を食らったのは、パリス国から来た竜剣戦士団だった。


「こりゃまずい!」

 ロゴスが百人全員を守る対魔法防御を展開する。


 シロナの副団長”青のエスネ”は、悠然と剣を抜き最前線に出る前に、足の速い若者を呼んだ。


「太陽と鷲の団長に報せろ。ロゴス団長から救援依頼だと」

「団長からと?」


「そうだ! 早く行け!」

 エスネは、アドラーやミュスレアの強さを知っていたが、借りをつくるのは嫌だった。


 二度とメイド服を着せられるのは御免だったのだが、来年は開店から着る羽目になる。


 一時間余りの退却戦を、ロゴスとエスネは良く耐えていた。


 最初に二十人近い怪我人が出なければ、あっさり討伐出来たかもしれない。

 負傷者に人数を取られ、守りながらの苦しい戦いになった。


 獣ならエサを仕留めれば咥えて立ち去るが、魔物は違う。

 あえて負傷者を増やす戦いもする。


 その方が人族の集団は弱ると知っているから。



「エスネ、お待たせ。苦戦してる?」

「いや、全然! けどちょっとだけ手が足りない!」


 ミュスレアがエスネの五歩横に現れた。

 ライデンの二大美女冒険者の共演に、全体の士気が一気にあがる。


 まず仕掛けたのはダルタス、巨大な戦斧を構えて反撃など気にせずに右前足を狙う。

 右足を上げて避けた三頭魔獣(ケルベロス)に、白い影が飛びかかった。


「落とすつもりだったのに、素早いな」

 ブランカの一撃が、左前足を大きく裂いていた。


「じっくり追い込め、確実に仕留めるぞ」

 アドラーが二人にもっと広がれと指示を出す。


 ”太陽を掴む鷲”の主力四人が入れ替わるように前線に出て、戦況は一変した。

 火を吹く頭の顎骨を割ったところで、アドラーは気付く。


「こいつ、見たことあるな。ミュスレアさーん、これ前回のやつ?」

「あー、そういえば。育ってるなあ」


 前回のギルド対抗戦の最終日、ギムレットは賭けに出た。

 シード圏内ギリギリのポイントで、大物狙いに走ったのだ。


 そして九層の奥でケルベロスを見つけた。

 財宝の隠し場所を守るとの言い伝えがある魔物の出現に、”太陽を掴む鷲”は散々に深追いして逃げられた。


 それがシード陥落の理由。


 当時のアドラーは、最後方で育成部隊を任せられていた。

 微々たる効果のバッファーの使い道などこの程度が、ギムレットによるアドラーの評価。


 その時は全長十メートル程だったケルベロスが、今では頭頂高でそれくらいある。


「たった半年でこの成長か。逃がすわけにはいかんなっと!」


 アドラーは、ブランカ達を陽動に使い、正面からねじ伏せる。

 最初から全力全開、遠慮なしの本気モード。


「ほぉ、こりゃ凄いのう。エスネ、そなたよりも強いではないか」

 歴戦のロゴスも、アドラーの戦いぶりに目を見張る。


「でしょう?」

 何故かエスネも自慢げ。


 怪我人を後ろに送る最終ライン、ここをシロナ団ががっちりと守る。

 槍と盾と魔法で固め、飛び道具も並べれば大抵の魔物には勝てるのだ。

 人族の弱点は、強襲されて隊列が崩れた時。


 しかし、アドラー隊はそれさえもお構いなし。


「あっ、まずい!」

「おっ、いかん!」

 マレフィカとロゴスが同時に反応した。


 ケルベロスの残った首が、口から魔法を吐き出そうとしていた。

 紫色の霧がアドラーを包みかけたが、二人の魔法使いがレジストする。


 紫の毒霧は、アドラーの体に付着しただけで終わる、はずだった。


「なんだ、これは……?」

 アドラーは、急速に体力が奪われるのを感じた。


「ここで仕留めないとっ!」

 アドラーが左手を上げると、その意図を受け取ったシロナ団の精鋭が、投げ槍と弓を一斉に発射した。


 針ネズミとなったケルベロスの動きは弱り、ダルタスが三つ目の頭を砕いて決着した。


 しかし、アドラーはその場に両膝をつく。

 意識さえ朦朧とするほど、衰弱していた。


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