ギルドではよくある話
「おはようございますー」
冒険者のアドラーが外開きの扉をくぐる。
異世界でも出勤することはある。
違いがあるとすれば、昼飯までにギルドへ顔を出せば良いところ。
「あれ、誰も居ない……?」
少し早くに来てしまったかと、アドラーはギルドが借り上げる木造二階建ての”ギルドハウス”へ入った。
「やはり……先日のギルド戦の結果がショックだったか……」
アドラーは思い返していた。
通称ギルド戦またはギルド対抗戦。
正式名称は『グラーフの地下迷宮の共同探索期間』で、半年に一度グラーフ山の巨大ダンジョンが開放される。
ギルド、クラン、サークル、同志会などなど呼び名は様々あるが、同じような冒険者や探検者の集団が危険なダンジョンに潜る。
そこで得た収益と経験と名声がギルドの財産になるのだが……アドラーの所属ギルド”太陽を掴む鷲”は、前回でシード権を失った。
「にしても、誰も居ないってどういうこと?」
アドラーはわざと大きな声を出したが、一切の反応がない。
自分だけがクエストに置いていかれたかと、ギルドの連絡板を見ても何もなし。
むしろクエストや連絡事項が一つもないのは異常だったが、アドラーは無理やり不安をねじ伏せた。
「まあいいか。ドリーの世話でも、するぞ?」
もう一度大きな声を出してから、厩舎のある裏庭に出る。
半分日陰の裏庭では、ロバのドリーが待っていた。
やっと見慣れた顔を見つけたアドラーは安心して頬を緩める。
「よう、ドリー。相変わらずぶさいくだなあ」
働き者のメスのロバは、悪口が分かったのか不愉快そうに鼻を鳴らす。
「すまんすまん。今、餌を出すからな」
アドラーは干し草と野菜くずを混ぜたものを与えてから、ドリーの体をボロ布で拭きあげる。
その合間にもロバに向かって話しかけた。
「ドリーさん、みんなが何処に行ったか知らない?」
ロバは質問を無視して餌を食いながら、後ろ足をひょいっと上げる。
蹄も綺麗にしろとの催促だった。
「そうか、知らないか。まあ俺と一緒に昨夜戻ったばかりだもんな」
アドラーは、シード権を失ったギルド戦の直後、団長のギムレットに使いを命じられた。
ギルドが貯蔵する武具を売ってこいと。
シード権を失うと、次回から厳しい予選がある。
その期間は稼ぎもないし、ギルドの格が落ちたことで依頼や新人集めにも影響が出る。
長年集めた武器と人材がギルドの財産で、それを手放すのは、先々の苦境への備えだろうとアドラーは思っていた。
アドラーが武器売却を任されたのには、一応の理由がある。
彼だけが使える強力な神授魔法<<全体強化・特大>>
本来なら主力部隊に配置される能力だが……この大陸の人間には効きが悪かった。
ただし何故かロバのドリーには、ばっちり効いたが。
個人や武器が持つ強化の上から、さらに別枠で乗算200パーセント。
部隊の戦闘力を三倍にまで高める最高峰のバフ魔法は、今やロバ専用であった。
――アドラーは、地球からこの世界に転生した。
生まれたのは、北の大陸アドラクティア。
そこは強大な魔物が多く、アドラーも種族連合軍に入って戦うことになった。
恵まれた能力で特殊部隊を指揮するまでになったが、とある魔法事故でここ南の大陸メガラニカに飛ばされた。
「お陰で今はロバの世話だよ、平和で良いけどな。ほら、この足は終わったぞ」
ロバのお尻をぽんっと叩くと、賢いドリーは次の足を上げる。
二つの大陸は互いに未知。
色々とあったアドラーは、今では素性を隠して大手冒険者ギルドの世話になっていた……。
三つめの蹄から土をほじくり出していると、表の扉が開く音がした。
「良かった、誰か来た!」
アドラーが窓からギルトを覗くと、やってきたのはミュスレアだった。
クォーターエルフで尖った耳と釣り上がった目が印象的な少女。
この大陸に来て、行き倒れになっていたアドラーを助けてくれた命の恩人でもある。
「ミュスレアさーん!」
アドラーが窓越しに手を振るが、クォーターエルフの娘は無視して階段を駆け上がる。
「二階? 団長室?」
見上げたアドラーの視線の先で、団長室の窓が開いた。
ミュスレアが一度顔を出すが、元々は凛々しい顔が見たことがないほどに険しくなっていた。
「はー、やっぱり美人だなあ」
青い空と古い木造建築とエルフ耳、この上ない組み合わせだとアドラーは確信した。
ミュスレアはすぐに引っ込むと、両手に紙の束を抱えてまた顔を出す。
「アドラー、これを見ろ!」
ミュスレアが裏庭に紙をばら撒いた。
三十から四十枚ほどの、手のひらサイズの紙が舞い散る。
「ああっ!? 紙は高いのに、汚れたらどうするつもりで……ん?」
一枚を拾い上げたアドラーの目に、とある文字列が飛び込んだ。
――退団届け――
ギルドのアタッカー、貴重なヒーラー、メインタンク、ローグ担当、サモナーにメイジ、さらに事務員まで主要メンバーの名前がことごとくある。
そして団長のギムレットの名まで。
魔法のペンで書かれた署名の下に、さらにこうあった。
『次期団長は幹部のミュスレアに任せる。よろしく頼む』と。
「空が、青いなあ……」
しばらく現実逃避したアドラーは、この名門の冒険者ギルド“太陽を掴む鷲”団が、シード陥落から三日で崩壊したことを受け入れた。
「にゃあ!」と、一匹の猫が立ち尽くすアドラーの肩に飛び乗る。
「……バスティ、お前も置いてかれたのか……」
アドラーは、ギルドの守り猫をじっと見つめながら呟いた。
※ミュスレア
薄い赤髪の頭より体が先に動くエルフ族
画像生成サイトから個人利用可・商用不可のものを使用しました
いきなりギルドが無くなった経験は誰でも一度くらいあると思うので