出会い
遠くで呼び鈴が鳴る音が聞こえ、ふっと目が覚めた、どうやら眠ってしまっていたらしいが、まだ意識はぼーっとして、眠気に誘われるまままた夢の中に戻ろうとしたとき、玄関の扉が開く音がした。
「健人、入るぞ」声の主は、私の返事を待たずして、ズカズカと部屋に上がりこんできたが、この声の主は私もよく知っているので、態勢を変えずにベッドで寝転びながら声の主が入ってくるのを待った。
リビングの扉を開き、中に入るなり、
「お前、電話しただろう。」
開口1番に言い放ち、真人はリビングにある椅子にどかっと腰をおろした。
「おお。」
「おお、じゃねぇよ、すぐ行くって言っただろ。なんで寝てんだよ。」
そういえば真人が来るとさっき電話で言ってたっけ、まだぼーっとする頭を起こして真人を見ると、すでに喪服を真人は着ていた。
身長がそれほど高くない彼は、
喪服を着ているというか、
着せられているという感じだ。
「それはお前の喪服か?」
「これか?おやじのだよ。まだ喪服なんか買ってねえから、借りてきたんだよ。ってか人がせっかく心配して迎えに来てやってるっていうのに、お前というやつは」
真人はそういうと胸ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
「お前は喪服持ってんのか?」
「ああ、一応な」
「そうか、じゃあ着替えて早く行こうぜ、
通夜会場にはここから3時間はかかるぜ」
「3時間?七海の家は清水ヶ丘だろ?」
清水ヶ丘ならここから車で30分くらいのところだ。
「1年前に引っ越したんだと、今は木ノ崎に両親がいるから、そっちで通夜はやるそうだ」
「そうか」まったく知らなかった。
真人はタバコの煙を吐いた。
「なんだ、やっぱ広瀬さんとはあれ以来連絡とってないのか?」
「ああ、別れてから一度も連絡はとってない。」そう言って私は和室からリビングへと移動をした。
「まあそんなもんだな、別れた男女なんて。でもお前、通夜は行くだろ?」
その質問に黙り込み、少し考えてから、
「いや…どうしようかな…」
「え?お前行かないのか?」
真人は予想以上に驚いたのか、たばこの灰が手に当たり「あっちち」と何度か手を振った。
「いや、どんなツラして行ったらいいか正直わからなくて」
「ツラって言っても、お前、もう亡くなってるんだし、それにもう彼女じゃなくても、高校からの古い仲じゃねぇか、友達として行ってやっても、俺はいいと思うけど、それに」真人は黙りこんだ。
「それに?なんだよ?」
「これ逃すともう一生、広瀬さんに会えないぜ?それでもいいのか?」
真人のその言葉に彼女の笑顔が脳裏に思い浮かんだ。
なんで彼女が…
あんなに元気で太陽のような子がなぜ…
私の様子を見ていた真人は、
「20分時間やる、来るなら降りて来い、来なかったときは、お前の分も拝んできてやるよ。」
そう言って、テーブルの上にあった空き缶でタバコを消すと、真人は立ち上がりリビングから出て行った。
私が広瀬 七海と出会ったのは、
高校1年生の入学式のときだった。
もう受験勉強をしなくてもいいように、
大学までエスカレートに上がることができる付属高校に入った私は、中学時代陸上の走り幅跳びで全国で上位の成績をおさめられた事もあり、また高校でも陸上部に入部しようと決めていた。
式が終わり、体育館から外に出ると、
各部活動の勧誘部隊が新入生を待ち受け、
勧誘合戦をしている中、私は必死に陸上部の勧誘の札を探した。
そのとき後ろから「細川 健人くんだ!」
呼びかけられ振り向くと、髪がショートでキレ長い目の片方に涙ボクロがあり、鼻筋が通ったかわいいというよりは、美人という言葉が当てはまる美女が、私を指差し興奮気味に「ゆき、細川君と一緒の学校だ、やったね」と喜んでいた。
「えっーと、どこかで」
「ああ、細川君は私のこと知らないと思う、私ね広瀬 七海こっちのは前川 ゆきって言って、本多中学で陸上やってて、ずっと細川君のこと応援してたのよ。」
本多中学というと同じ地区の中学だったが
同じ地区にこんな美人がいたとはびっくりだ。
「そうなんだ、じゃあ2人も」
「うん、陸上部に入ろうと思ってるの。
あっちに陸上部のジャージきた先輩いたから、一緒に行ってみよ」彼女は私と前川 ゆきを先導して陸上部のもとへと案内してくれた。
「私ね、細川君の跳ぶ姿が大好きだったの、まるで翼に羽が生えたように飛んでいくんだもの」
彼女は両手を大きく広げてクルッと回転をした。
「これからよろしくね。細川 健人くん」
彼女の人なっこい性格とその無邪気さに私が彼女を好きになるのにそう時間はかからなかった。