美容室にて
止まってくれないエレベーターのおかげで2階まで来てしまった。
「それではごゆっくりどうぞ」的なことを言われた気がしたがもう覚えていない。
頭の中は石原さとみ(仮)とのラブストーリーが何パターンも始まっていてそれどころではなかったのだ。
しかしながら石原さとみ(仮)とはここでしばしのお別れである。
エレベーターの扉が開く前に「お客様」と言われて何かメモのようなものをポケットに入れられた気がしたが、ポケットには何も入っていたのは糸くずだけだった。おかしい。
消えたメモの存在を不思議に思いながらエレベーターの前で迎えてくれたのはいつもお世話になっているお兄さん。
このお兄さんが実に丸い。
肥満というよりはもともとこのフォルムでDNAが設計したんじゃないかと思うくらいトトロ体型なのだ。
そう、トトロなのである。明らかに太ってはいるのだが余分な肉がついているという感じではない。
デフォルトでこの体系だと思わざる得ない。
そしてデブなのにおしゃれ。これは見習わなければならないし、少しの憧れと嫉妬も入っているのだが、残念ながら吾輩には致命的に同じ道を歩めない理由がある。
トトロのお兄さんに案内されて椅子に座る。
何度来てもこの美容室のおしゃれ空気には馴染めない。
だが、このお兄さんに髪を切ってもらうためには耐えねばならないのである。
そのくらいセンスが合うというか信頼している。
椅子に座るとトトロのお兄さんが聞く「今日はどんな髪型にしましょうか?」
吾輩はいつもこう答える。「イケメンにしてください。」
気分は魔女に願い事をするシンデレラなのだがどうにも絵面が似ても似つかない。自分でも無理難題なことくらいは分かっているのだがトトロお兄さんの持つ雰囲気がそれを言わせてくれる。
トトロお兄さんは少し笑いながらいつものようにこう答えるのだ。「分かりました。」と。