心の変化
「今日は時間をとらせて悪かったなもう帰って良いぞ。」
「あ、先生ちょっと良いですか?」
学園長室から出てそれだけを言い残し僕に背を向け歩き出すカレン先生を呼び止める。
「どうした?私はこれから会議があるから手短に頼むぞ。」
「どうしてクラスの皆には急性の魔力蓄積症って説明したのにシーベルト家の人たちには監督不行届きって言ったんですか?」
振り返り最初は困ったような顔をしていたカレン先生の表情が僕の質問を聞いてから真剣なものに変わる。
「あまり聞くのはおすすめしないがどうしても知りたいか?」
やっぱり何かしらの理由があったのだろう、カレン先生から意味深な雰囲気が漂っているのを感じ萎縮してしまう、でも自分の事だからはっきりさせときたかった。
「はい、教えてください。」
「わかったでは場所を変えるぞ、他人に聞かれたくないからな。」
何とも言えない緊張感に包まれるなか先生が向かったのは空き教室だった、先生に促されるまま中に入ると先生は外に誰もいない事を確認し扉を閉める。
「最後にもう一度聞くが本当に良いんだな?聞いてから後悔しても遅いぞ?」
「はい。」
小さくため息を吐いて机に腰を下ろし真っ直ぐ見つめてくるるカレン先生、僕は期待や不安から鼓動が速くなり冷や汗までかいてきてしまう。
「そのなんだ…シーベルト卿には一人娘がいるだろ?」
「セリアの事ですよね、彼女も関係あるんですか?」
流石にセリアが関係あるとは思えない、でも訳を知ったセリアが暴れるとか想像出来なくないから怖い。
「いやぁなんていうかぁそのだなぁ、絶対に笑うんじゃないぞ。」
「はぁ…。」
笑うという言葉を聞いて僕の頭の中に?が浮かんでくる、それに物事を遠慮せず率直に述べる印象の強いカレン先生が、今は必死に言い訳を考える子供のように頭に手を当て唸っていて余計に混乱してしまう。
「気を失ったお前をシーベルト家に運んでシーベルト卿に説明をしていたらだな、その…途中からきたセリア嬢がものすごい剣幕で質問攻めにしてくるもんだから怖くてとっさに…。」
「はい?」
思わぬ答えに呆気にとられてしまい上手く反応が出来ず無言の時間が過ぎる、頭をかきながらばつの悪そうにするカレン先生の顔が時間と共に赤くなっていく、それを笑うなと言う方が無理な話でどうしても笑いが込み上げてきてしまい必死に堪える。
「ライオお前笑ってるだろ。」
「笑ってません。」
出来るだけ先生の顔を直視しない様にそっぽを向いて返事をする、だけど先生は立ち上がり僕に近づいて顔を覗き込んでくる。
「だったら何故顔を合わせようとしないんだ?笑っていないと言うなら私に顔を見せてみろ。」
「いや!それは!」
何度も顔を逸らして回避していたけど最後にはがっちりと顔を掴まれて強引に先生の顔が視界に入ってくる、その時には赤みは取れていてしばらく無言で見つめあっていたけど真っ赤になっていた先生の顔を思い出して不意に笑ってしまった。
「ほらやっぱり笑ってるじゃないか!だから話したくなかったんだ絶対笑われると分かっていたからな!」
そう叫ぶ先生の顔はまた赤くそして涙目にもなっていた、こんな言い方は失礼だと思うし怒られそうだけど、最初は怖いイメージが強かったカレン先生がとても可愛らしく思えてしまう。
今だって頭を抱え蹲り『私のイメージが崩れてしまう』なんて言っていて、普段見ている姿とは全く違う一面を知れてちょっとだけ得した気分になった。
「つまりセリアが怖くて説明するのを忘れてしまったって事で合ってますか?」
「まぁ大体は合っている。」
その後も笑った笑わないの押し問答を続けていたけどしばらくしてお互いに落ち着きを取り戻し椅子に座って話を整理する事にした、それにしても年下のセリア相手に怖がるとは思いもせずまた笑ってしまいそうになってしまう。
「一応シーベルト卿にはちゃんと説明したんだぞ、ただセリア嬢の威圧感がすごくてな質問されていく内にどんどん申し訳ない気持ちが大きくなって、それで監督不行届きですと言ってしまったんだ。」
セリアが言っていた先生に対する不信感はこれだったのかもしれない、でも理由としては少しアレな気もするけど特に深い事情もなくて安心した。
「それじゃあセリアには僕から伝えておきますよ、調べたら急性の魔力蓄積症だった言えばいいんですよね?」
「本当か!それは助かる!お前が説明すれば私が行く必要はないからな。」
セリアに会わずに済む事に満足げに頷くカレン先生、そこまで先生を怖がらせるなんてセリアは何をしたのだろうか。
「そんなに怖かったんですか?僕にはちょっと信じられないっていうか。」
「怖いなんてレベルじゃなかったぞ、今までいろんな貴族と会ってきたがあれ程威圧感があって人に有無を言わせぬ雰囲気のある人を私は知らない。それにシーベルト卿に視線で助けを求めたんだが苦笑いをするだけで、私を残して逃げるように部屋から出て行ってしまったんだ。」
「そう…だったんですね…。」
凄く悲しそうにするカレン先生に苦笑いしか出来なくなる、シーベルト家の当主はチエーニさんだけど発言力は女性陣の方が強い、その上セリアは少し気が強い節があるから尚更逆らえないからチエーニさんに同情する。
「まぁその事は今はどうでもいい、とりあえずこの件に関しては納得してくれたか?ていうか納得しろ、それとこの事は誰にも言うなよ恥ずかしさで死んでしまう。」
目付きを鋭くするカレン先生だけどそんなに話すのが嫌ならわざわざ空き教室に来なくてもその場でそれっぽい嘘でも吐けばいいのに、それを素直に全て話してしまうなんてカレン先生はちょっと天然なのかもしれない。
「わかりました、フフッ。」
「だから笑うなと…!」
さっきまでのやり取りを思い出してまた笑ってしまった僕にカレン先生は恥ずかしそうに少し大きな声を出して立ち上がる、それと同時に閉めていた扉が勢いよく開かれ先生と同じローブを着た青髪の眼鏡をかけた女性が息を切らしてこっちを睨んでくる。
「やっと見つけたわよカレン!会議にいつまで経っても来ないから探しに来てみればどうしてこんなところにいるのよ!」
カレン先生に早足で詰め寄る女性はメチャクチャ怒っていてその強い口調に先生はたじたじ、そういえばカレン先生も会議があるって言っていたのを思い出し申し訳なくなる。
「ミラすまん!すっかり忘れていた!」
「はぁ…しょうがないわねぇ、それじゃ行くわよ。」
顔の前で手を合わせて謝るカレン先生にため息はついて困った顔で頭に手を当てる女性、『ほんとに変わらないわね』と言いながら振り返る途中で僕と目が合う。
「あら?あなたは確かカレンのクラスのライオ・シーベルト?だったわね、初めまして私はミケラ・アデオン1年生のAクラスを担任しているのよろしくね。」
「あ、はい…。」
優しく微笑むミケラ先生があまりにも魅力的で見惚れてしまう、とても美人というのもあるけどなんというか大人の女性という感じドキドキが止まらなかった。
「ライオ入学式の日に言っただろ、そいつはパラクの姉だぞ。」
「え゛っ!!」
カレン先生の一言で反射的に一歩下がってしまった、確かにあの時Aクラスの担任をしているのはパラク君の姉だってカレン先生は言っていたけど、だけどこんなに綺麗な人がパラク君の姉だと思えなかったというか思いたくなかった。
「はぁ、よそ様に迷惑かけてないか心配だったけど早速しでかしたのねあの子、ごめんなさいねライオ君、あの子無駄にプライドが高くてすぐ人を馬鹿にするようなこと言うけど、別に悪い子じゃないのだから嫌いにならないであげて。」
「はい、」
呆れ混じりにため息を吐くミケラ先生だけどパラク君を大切に想っているのが伝わってくる。
「ありがとう、それじゃあライオ君はもう帰りなさい、カレンは会議よ。」
「分かってる、じゃあなライオ遅刻するなよ。」
二人を見送り教室に一人になった僕はパラク君を心配するミケラ先生をみて家族がいるのが羨ましく思ってしまった。
この事を聞けばきっとパラク君は恥ずかさと嬉しさが入り混じったような気持ちになるのだろう、それに比べて僕は心配されるとどうしても罪悪感に駆られてしまう、だから一度でいいからそんな気持ちになってみたいそう感じてしまった。
その後すぐ教室を出て一人帰路についた僕の気持ちは沈んでいた。
僕はお母さんの顔も名前も今生きているのかすら知らない、それに国王が僕の父親だって事を知ったのも僕がシーベルト家に引き取られる前日の夜だった。
「はぁ。」
深いため息を吐いて乱暴に頭をかく、家族の事を考えるといつもこうだ、余計なことを考えて気持ちが沈み体が重く感じて最後には無気力になってしまう。
だから出来るだけ考えない様にしていたんだけど、このままだとまた心配をかけてしまう、だからどうにかして気持ちを切り替えないといけない。
「お帰りなさいませライオ様。」
少しでも気を紛らわしてから屋敷に戻るつもりだったけど上手くいかず、気分は晴れる事無く戻ってきてしまった。
「はい戻りました。」
相変わらずの無表情のサーシャさんが出迎えてくれるけど少しだけ眉をひそめた、僕の作り笑いに気づいたのだろう。
「ライオ様顔色が優れないようですが、」
「すいませんサーシャさん、僕また出かけなくちゃいけないので失礼しますね。」
サーシャさんの言葉を遮って部屋に戻り荷物だけ置き制服のまますぐ屋敷を出た、かなり強引だったけどこうでもしないとすぐセリアに伝わってちょっとした大事になってしまう。
「さぁどうしようかなぁ。」
正直出掛ける理由なんてあの場を回避する以外ない、だから行く当てもなくただ重い体を引きずるように歩き続ける。
意味も無くとりあえず思いついた場所に足を運びまた別の場所へ、それを何度か繰り返しているうちに僕は海に辿り着いた。
リーメ王国は海に面しているため漁業が盛んで夏になれば海水浴に来る人たちでいっぱいになる、だけど今はまだ春だから海水浴客は当然おらずそれどころか見る限り僕以外誰もいない。
「はぁ、どうしようかなぁ」
適当な場所に座り膝を抱えため息を吐く、どうせ屋敷に戻ったところでセリアに伝わっていて二人にまた余計な心配をかけてしまう、それを分かっているのにどうしても嘘を吐いてしまう。
「あっ、アップルパイ忘れてた。」
屋敷に戻ってからどうするかを考えていたらふと思い出す、予定では下校のついでに買って帰るつもりだったのにすっかり忘れてしまっていた。
それも学園に入学してから色々あり過ぎて一日一日が驚きと衝撃のオンパレード、息つく暇もない感じだからしょうがない気がする。
国王からの紹介状から始まり突然の留学生にグラーシア、国王の意図も雷電さんの護衛の意味も精霊王の加護もよく分からないけどセリアにこれ以上心配を掛けたくない、僕はゆっくりと水面に近づいていく太陽を見ながら頭の中を整理しながら考えていた。
「よし!アップルパイ買って帰ろう!」
暗い空には星が輝き波の音しか聞こえない砂浜で勢いよく立ち上がりズボンに付いた砂を掃う。
国王や留学生については時間をかけるしかないと思うし、グラーシアは変化も実感もないからなんかあればカレン先生に相談すれば大丈夫だろう、そして何よりセリアを安心させるために僕がしなくてはいけない事が少しだけだけど分かったような気がする。
我ながらかなり雑な結論だとは思うけど静かな場所で考える時間のお陰で気持ちも考えも整理できた。
後は帰りにアップルパイを買って感謝と謝罪をして明日に備えて寝るだけ、帰りが遅くなった言い訳は思いつかず怒られるんだろうなとは思いつつも歩く僕の足取りは軽かった。
「ちょっと間に合わないかもしれない。」
通り過ぎるほとんどの店の扉に掛かるcloseの札を見て危機感を感じた僕は街灯に照らされた石畳の上を走っていた。
今のペースで走っていれば5分もせずに店に辿り着くとは思うけどもう既に店が閉まっている可能性もある、魔法を使えばもっと速く移動出来るけど人通りの多いこの場所では周りに迷惑をかけてしまう為使う訳にはいかなかった。
「ハァハァ…着いた!」
目的地であるパン屋に辿り着いた僕はまだ明かりのついた店の扉に掛かるopenの札を見て安堵した、乱れた呼吸を整えてドアノブに手をかけた瞬間に扉が勝手に開き僕は驚きの声を上げ一歩後ずさる。
「うわっ!」
「おぉすまん気が付かなくてな…って、ライオじゃねぇか。」
「ハハハ…、どうも。」
店に入れてもらいこのパン屋『フレデリカ』の店主であるキースさんが用意してくれた椅子に座る、店内はパンの香りがしてお腹がなるけど綺麗に片付けられていて棚には何も並んでおらず、僕は店を閉めるタイミングで来てしまった様で少しがっかりしてしまう。
「いやぁ久しぶりだな!お前が教会を出てから全然顔出さないから心配してたんだぞ。」
「まぁいろいろあって。」
スキンヘッドにTシャツがピチピチになるくらいムキムキな体でパン屋というより鍛冶屋か冒険者を連想させるキースさんとはまだ僕が教会にいた頃から知り合いだ。
シスターの手伝いでよくここフレデリカに買い出しに来ていて月に何度も来ているうちに親しくなり、ここ数年は全く会っていなかったけど僕をご飯に招待してくれたりと昔からとても懇意にしてくれている。
「まぁ元気ならそれでいいさで何を買うんだ?本当は今日はもう店じまいだが特別に売ってやる。」
キースさんの言葉に諦めかけていた僕は喜びで立ち上がり頭を下げる、キースさんの焼くパンは絶品で一度食べたら忘れられなくなってしまう程に美味しい。
「ありがとうございます!アップルパイってまだありますか?」
「おうあるぞ!カットされてる方が良いか?」
サーシャさんだけに買うつもりだったけどどうせだったら皆に食べてもらった方が良いだろう、シーベルト家に勤めてる人は確か15人位だから大きいのを二つあれば皆食べられるはずだ。
「いえカットしてないのを二つ下さい。」
「二つかぁちょっと待ってろ。」
一瞬難しい顔をして店の奥に入っていくキースさん、流石にこのタイミングで二つは無理な注文だったかもしれない。
そんな不安を持ちながらもキースさんが戻ってくるのを待っていると、しばらくして戻って来たキースさんはカウンターに白い箱を置く。
「良かったなライオ、ちょうど二つ残ってたぞ。」
キースさんが笑顔で見せてくれた箱の中には確かに綺麗な焼き目のついた美味しそうなアップルパイが二つそこにはあって僕は小さくガッツポーズをする。
「二つで1000ルビだ。」
「はい!」
慌てて財布を出そうとポケットに手を突っ込んだ瞬間に冷や汗が止まらなくなる。
「どうした?」
制服に付いているポケット全部に手を当ててから固まる僕に優しく声を掛けてくるキースさんに小さな声で答える。
「財布…忘れてきちゃいました…。」
大きな口を開けて呆然とするキースさんは文字通り開いた口が塞がらないといった感じになっている、そして財布を忘れた僕は恥ずかしさショックで項垂れ地面に四つん這いになってしまう。
急に思い出して買いに来たから部屋に置いて来た鞄の中に財布を入れたままなのを忘れていた。
「ガハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
しばらく続いていた静寂を切り裂くようにキースさんの笑い声が響く、笑われてしまい恥ずかしさが増した僕は顔を上げられずにいた。
「それじゃあしょうがねぇな無料で良いぞ、ついでにこれもだ。」
「えっ?」
驚きでつい顔を上げるとキースさんがクロワッサンを片手に満面の笑みで僕を見下ろしていた
「その制服ライネル魔法学園の制服だろ?少し遅いがこれは俺からの入学祝いだ金はいらねぇ。」
「でも良いんですか?流石に申し訳ないです。」
カウンターから出てきて遠慮する四つん這いの僕を片手で立ち上がらせると、キースさんは僕の肩に手を置き目線を合わせる。
「祝いなんだ素直に受け取っとけ、子供が大人に遠慮なんてしなくていいんだよ特にお前はな。」
「はい、ありがとうございます。でもクロワッサンはどうして?」
「何年パン売ってると思ってんだ一目見れば腹減ってるかどうかくらい分かるんだよ、それとたまには顔を出せよ嫁も娘もお前に会いたがっているからな。」
「はい…。」
泣きそうになっていた僕はキースさんの顔を見ることが出来ず俯いていた、こんなに良くしてもらう嬉しさと何もお返しの出来ない自分の不甲斐なさで。
「本当にありがとうございました、僕はこれで失礼しますねまた来ます。」
クロワッサンをご馳走になった僕はお礼として店の片づけを少し手伝った、長居しすぎてしまったけどここまでしてもらっておいて何もせずに帰る事は出来なかった。
「おう!手伝ってくれてありがとうな、今度は時間ギリギリじゃなくて昼間に来いよ。」
「分かりました。」
笑顔キースさんに手を振りアップルパイの入った箱を片手に店を出た僕は屋敷に向かって走り出した。
転ばぬように箱の中のアップルパイが崩れない様に慎重になおかつ迅速に走り続ける事十数分、何とか転ぶこと無くアップルパイを守りながら屋敷に辿り着くこと出来た。
時計を持っていないから具体的な時間は分からないけど多分夕食は食べ終わっているだろう、正門を通り屋敷の玄関を前にして僕は立ち止まりゆっくりドアノブに手をかけ出来るだけ音が鳴らない様に回し静かに扉を開ける、徐々に広がる隙間から顔を覗かせて誰もいない事を確認し最小限の動きで中に入る。
「大丈夫かな?」
食堂から何も聞こえないという事は案の定夕食はもう済ませて寝室に戻ったのだろう、出来るだけ物音を立てずに厨房へ向かうとサーシャさんを含めた数名のメイドさんと料理人が後片付けをしていた。
気付かれない様に一番近い机にアップルパイを置いて部屋に戻ろうと細心の注意を払いながらゆっくり近づく、体勢を低くして身を隠しながら息を殺し焦らず落ち着いて机に近づきアップルパイの箱を置くことに成功した僕はそのままの動きで部屋に戻る。
厨房ではうまくいったけど部屋に戻る途中の方が気が抜けないシーベルト家の屋敷は食堂や厨房に客間等は一階だけど寝室は全部二階にあり僕の部屋に向かう為にはセリアの部屋の前を通らないといけないからだ。
「フゥ…よし。」
階段の踊り場に来て一度深呼吸をして気合を入れる、一階も気にしながら上り切り廊下に出て周りを確認ながらゆっくり自分の部屋に向かう。
だけど僕の不安とは裏腹に案外あっさりと誰にも見つからずに自分の部屋に辿り着いた、拍子抜けしてしまったけど何事もなくて安心して部屋に入ることが出来る。
明日の朝何を言われるか分からないけど今はそんなこと考えたくない、太ももはパンパンだし汗もかいて服との肌ざわりが気持ち悪いから早くシャワーを浴びて着替えて寝たいからだ。
「今日はしょうがないから体を拭くだけにしよう。」
タンスからタオルと着替えを取り出し僕は一階の洗面所へ向かった、一度気付かれなかった安心感からあまり警戒せずに移動していたが何も問題なく頭を洗い体を拭いて着替えてから部屋に戻る事が出来た。
それにしても屋敷があまりにも静かで何とも言えない気持ち悪さを感じてしまう、部屋の時計は九時過ぎを指しているから帰って来たのは多分八時半頃、寝るにはちょっと早すぎるしいつもなら食堂で雑談をしてるくらいの時間だ。
「………」
あまりにも気になった僕はもう一度厨房へ向かった。
厨房はまだ明かりが付いていて話し声が聞こえてくる、僕は姿勢を低くして中に入り会話がはっきり聞こえる位近づいて身を隠す。
「このアップルパイ凄く美味しいですね、誰からの差し入れなんですか?」
「さぁ?分からないけど皆食べる分あるんだから良いじゃない。」
少しだけ顔を出して覗いてみるとメイドさんたちがアップルパイを食べている、だけど僕の見える範囲にはサーシャさんの姿が見えなかった。
「それにしても今日のセリアお嬢様は凄かったですね、怒ったセリアお嬢様初めてみましたよ。」
セリアが怒った?僕と接しているときはちょっとあれだけど普段のセリアは決して怒るようなことは無い、人当たりもよく優しいセリアが怒る理由なんてあまり考えられないけど僕が関係している可能性もあるためちょっとした危機感を感じてしまう。
「私もそれ思ってた、今日はライオ様の帰りが遅くて助かったね。」
「ですね、お嬢様にはあの事はライオ様に秘密にしといてって言われましたし、それにご主人様もひどいですよねセリアお嬢様の気持ち知っているのに。」
どうしてこんなに屋敷が静かなのかは大体わかったけど肝心の怒った理由が会話に出てこない。
「でもメイド長遅いッスね、お嬢様の代わりにライオ様を探してくるって言って結構経ちますけど何処まで探しに行ったんスかね?早くしないとアップルパイ無くなっちゃうッスよ。」
「あんた食べ過ぎよ、ダイエット中じゃなかったの?」
「良いじゃないですか、たまにはそんな事気にせずに食べたって。」
「そうッス、今日だけ特別ッス。」
会話の内容が雑談に変わったところで部屋に戻ろうと動き出すと廊下から足音が聞こえてきた、今廊下に出ると鉢合わせになるかもしれない、そう考えた僕は厨房の入り口と楽しんでいるメイドさん達から見えないよう机の影に隠れる。
僕が身を隠してから程なくして足音が厨房の前で止まり一言言い放った。
「あなた達何をしているのですか?」
「「「「メ、メイド長!!」」」
その一言にメイドさん達が一斉に立ち上がる音が聞こえる、声の主は勿論サーシャさん危うく僕も立ち上がりそうになってしまった。
「アップルパイのいい香りがしますね、誰から頂いたのですか?」
「厨房でお夕食の片づけをしておりましたら、いつの間にか机の上に置いてありました。」
「そうですか、つまり誰から頂いたのか分からないという事ですね?」
「はい。」
「ではライオ様にお礼を言わなければなりませんね。」
「「「えっ?」」」
メイドさん達が声をそろえて驚くそれもそうだ僕だって驚いて声を上げそうになってしまった、なんで僕が持ってきたのが分かったのか不思議だけど流石に僕がここにいるのは分からないだろう。
「あのメイド長、どうしてライオ様だと分かったのですか?」
「そこにライオ様が隠れていらっしゃるからです、ねぇライオ様?」
「は、はい!」
「「「ラ、ライオ様!!」」」
驚きで反射的に立ち上がる僕にサーシャさんを除く全員が驚く、小さい体を縮こませて息を殺し隠れていたのにどうして?
「それではライオ様言い訳は後日聞きますので今日はもうお休みください、それとセリアお嬢様も心配されておりましたのでお声を掛けて頂けますか?お部屋で休まれていますのでお願いします。」
「は、はい。」
「そしてあなた達にはお話があります。」
「「「はい。」」」
緊張しているメイドさん達の顔を見てそそくさと厨房を後にした僕はサーシャさんに言われた通りセリアの部屋の前にいた。
なんて声を掛ければいいか分からず扉の前を右往左往してしまう、ここで言葉を間違えると後が怖い僕は無難な選択をする。
「セリア?起きてるかな?」
ノックをしてから声を掛けるけど反応が無いのでもう寝てしまったのかもしれない、でもあのセリアが怒るほどの事があったのだから誰とも会いたくないと考えるのが妥当だと思う。
「夕食一緒に食べれなくてごめんね。」
返事のない扉に向かって僕は独り言を始めた。
「学園に入学してから一週間も経ってないのにさ心配ばかりかけてるよね、帰りも遅いし気を失って運ばれたり、そういうえば僕が倒れた理由は急性の魔力蓄積症だってさ調べてたら分かったんだって。」
「それでさ僕は大丈夫だから、今の僕に大丈夫とか安心してって言われても無理かもしれないけど、だけど安心してもらえる様に頑張るから、だからさもう少しだけ待っててほしいんだ僕が強くなるまで。」
自分で言っていて急に恥ずかしくなってきた。
「ごめんね突然変な事言って、それじゃあ僕寝るねおやすみ。」
僕は走って部屋に戻り入ってすぐベットに飛び込んで枕に顔を埋めた、セリアから反応が無かったのがせめてもの救いだと思う、でもあんな告白じみた事を言ってしまったのはメイドさん達の話を聞いてしまったからだ。
セリアが怒った理由考えたくないけど大体予想はついてしまう僕としてはその予想が当たらない事を信じたい、でももし予想が正しかったら僕の気持ちを伝える為にセリアを安心させるために僕は一刻も早く強くならないといけない。
そう強く感じた今あの告白が僕の中で決意表明に変わり幸若君に言われて躊躇していた雷電さんとの修行を真剣に考えていた。
投稿が大変遅くなってしまい申し訳ないです。
これからは投稿頻度を下げて一話に一日分の話を書く事にしました。
なので一話当たりの文字数が今とは比べ物にならないくらい増えます。