傷と修行と団体戦
今日は久しぶりに穏やかな朝を迎えられたと思う、窓から差し込む朝日で目を覚まし時計を確認する、いつもより早く起きたようで二度寝さえしなければ遅刻することもないだろう。
軽くストレッチをして体の状態を確認するけど昨日以上に調子は良さそうだ。
「まだちょっと寒いな。」
まだ春先の朝だから少し寒いけど暖房をつけずに制服に着替えて準備を始める、あらかた準備を終えて鏡を見ながら身だしなみを整えていたら扉をノックされる。
「ライオ様おはようございます、包帯の交換に参りました。」
「あ、はい。」
サーシャさんの声が聞こえ昨日の夜に朝包帯を交換すると言われていたことを思い出した、僕の返事を聞いたサーシャさんが部屋に入ってきて制服姿の僕を見て見るからに不機嫌になる。
「ライオ様、私は昨日ちゃんと朝にもう一度包帯を交換するとお伝えしたはずですが、何故ライオ様は制服姿なのでしょうか。まさかとは思いますが忘れていたという事ではありませんよね?」
無表情で睨みつけられた僕は物凄い圧を感じて軽く体がこわばってしまう。
「ごめんなさい、今思い出しました。」
「ハァ…仕方ありませんね、お着替えがお済みになったとこ申し訳ありませんが上だけ脱がさせていただきます。」
苦笑いをして頬をかく僕を見てため息を吐くけど何とか許してもらえたようだ、サーシャさんはこういうとこまで厳しいし怒ると屋敷にいる間ずっと後ろについてきて監視されるからとても怖い。
「いえ自分で脱ぎま『駄目です』す…、はい。」
されるがままに制服を脱がされ上半身裸になる、そのまま昨日の夜に巻いてもらった包帯も取られ、新しいのを巻くため脇を広げて待つ、だけど古いのを取ったまま新しい包帯を巻いてくれない。
「サーシャさん流石に寒いんですけど。」
鳥肌が立ち体が小刻みに震え始める僕をよそにサーシャさんは右脇腹を触ったまま動かない。
「ライオ様、傷が治っています。」
「え?刺し傷がそんなに早く治るはずないじゃないですか。」
自分で確認するけど傷口どころか傷跡すら残っておらず肌が少し茶色く変色しているだけだった、サーシャさんの話では昨日の夜包帯を交換したときは治っていなかったらしい。
もともと傷自体は小さいもので縫合はしなかったみたいだけど、自然治癒で三日やそこらで治ったとは考えにくいし魔法でも怪我は治せない、痛みを緩和したり自然治癒能力を上げるくらいだ。
「包帯どうしましょうか?」
「そうですね。」
傷口は完全に塞がっていて出血の可能性はまずないというサーシャさんの判断で包帯を巻かずに様子を見て今日カレン先生に相談する事にした。
一応二人で考えてみたけど魔法で自然治癒を上げてもこの回復力は異常だという同じ答えが出たくらいでそれ以外は何も分からなかった。
「この事はご報告させていただきますがよろしいでしょうか。」
「いや夕食の時にでも自分で話します、カレン先生がなんて言うか分からないですし。」
「承知いたしました、では私はこれで朝食は準備出来ておりますのでお早くお願いします。」
少しだけ不服そうな顔をしつつも小さくお辞儀をして僕の部屋を出ていく、これ以上迷惑をかける訳にはいかないから出来る限り自分で何とかしようと思ったけどサーシャさんはそれが嫌なのかもしれない。
制服を着なおして忘れ物の確認を済まし鞄を持って食堂へ向かう、食堂では僕一人分しか準備されておらずチエーニさんとエリナさんはもう仕事へセリアは今日は休みでまだ寝ているらしい。
「それではライオ様、お気をつけて。」
「はい、行ってきますね。」
朝食を終えた僕は玄関でサーシャさんに見送られて屋敷を後にする、庭を歩いていると正門に見覚えのある眼帯の男性が立っていた。
「雷電さん!こんな朝早くどうしたんですか?」
「やぁ幸若から話を聞いてな様子を見に来たんだが、その様子なら大丈夫だな。」
「子供扱いしないで下さいよ。」
微笑みながら僕の頭を撫でる雷電さんの手を振り払う、確かに背の低い僕は子供に間違えられる事は少なくないけどプライドがある。
「でもどうして中に入らずに門の前で待ってたんですか?」
「あぁその事は歩きながら話そう、遅刻するわけにはいかないだろ。」
そう言って学園に向かって住宅街を歩く、横に並んで歩いているけどやっぱり雷電さんは背が高い、同じくらいとは言わないけどせめてセリアよりは背が高くなりたい。
「ライオ君幸若は仲良く出来てるか?あいつは友達少ないくせに敵が多くてな、誰彼構わず挑発したりとかしてないよな。」
「いやぁ挑発は分からないですけど、警戒心さえ何とかすれば打ち解けられると思いますよ。」
流石に挑発されましたとか話しかけられても無視してましたとは言えなかった、嘘を言ってしまったけど幸若君は素直になれば問題ないと思うのは本心だ、風間さん次第かもしれないど。
「そうか!そうか!それなら安心だ!それにしても警戒心とは、まるで動物だなあいつは!」
歩きながら響き渡る程大きな声で笑う雷電さんにすれ違う人たちの視線が集まる、その視線は隣を歩く僕にも向けられ恥ずかしくなってくる。
「雷電さん声が大きいです、皆見てますよ。」
笑い続ける雷電さんにだけ聞こえる位の声量で周りを気にしながら耳打ちをする、だけど身長差があり過ぎて耳じゃなくて肩に話しかけてる感じだ。
「あぁすまんなあまりにも可笑しくて、やはり君に任せて正解だったようだな。」
笑いすぎて涙目になった雷電さんに今度は頭をポンポンされる、余計に恥ずかしくなり慌てて雷電さんの手を防ぐ。
「、君は強くなりたくないか?」
「突然ですね、なれるのであればなりたいです。」
質問の意図は分からないけど今のままではまた迷惑をかけてしまうかもしれない、最低限度自分の身は自分で守り心配を掛けない位にはなりたいと思う。
「それなら俺が君を鍛えてあげようと思うのだがどうだ?」
「えっ!本当ですか!」
思ってもいない提案だあのカレン先生が敵わない雷電さんに鍛えてもらえればこんな僕でも少しは強くなれるかもしれない。
「あぁ君が望むなら『おらぁ!!』だけどな。」
話している雷電さん後頭部目掛けて叫びながら誰かが飛び蹴りしてきた、だけどそれを雷電さんは一切視線を動かさずまるでくる事がわかっていたかの様な動きで躱した。
「おっさん!何で避けれんだよ!」
「あんなに分かりやすい不意打ちなんて避けてくれって言ってるのと同じだぞ。」
驚きでただ茫然と眺めていたけど跳び蹴りをした本人を見て大きな声を出してしまう。
「ウィリアム!なにやってるのさ!」
「おうライオ!奇遇だな!」
慌ててウィリアムに駆け寄り両肩を掴み揺らす、雷電さんが避けたから良いもののこんな事して良い訳がない。
「奇遇だな!じゃないよ!いきなり跳び蹴りするなんて何を考えてるのさ!」
「お、落ち着け、ライオ、首、取れる。」
「まぁまぁそれくらいにしてくれ、これには理由があるんだ。」
雷電さんに説明され渋々だけど納得してウィリアムの肩を離す。
「驚かせて悪いなライオ。」
「本当だよ、せめて時と場面は考えなよ。」
昨日僕のお見舞いの帰りに雷電さんが暴漢に襲われた女性を助けたのを見て弟子入りをせがんだらしい、最初は断っていたけどあまりにもしつこいからどんな手段でも良いから雷電さんに一撃入れたら弟子にする約束をした、その結果が朝から飛び蹴り事件だ。
「だって凄かったんだぜ!相手は5人くらいだったんだけどさそれを片手で瞬殺!もうそれを見たら弟子入りするしかないだろう!本当にこんな感じでさ。」
かなり興奮しているウィリアムは身振り手振りを交えて説明してくれる、彼の話を聞いているうちにもう学園が見えてきた。
「じゃあ俺は仕事があるからこれで、ライオ君さっきの話は今度会う時にまたしよう。幸若達をよろしく頼む。」
「あ、はい。」
正門の前で雷電さんと別れてウィリアムと二人で教室へ向かう、鬼ごっこは僕が倒れたのが原因でしばらく中止になったらしい。
「さっきの話ってなんだよ。」
「ちょっとね、幸若君のいるときに話すよ。」
「もったいぶんなよ。」
唇を尖らせるウィリアムを宥めつつ教室に入ると幸若君達はもう既に自分の席に座っていた。
「おはよう幸若君美剣さん、心配かけてごめんね。」
「おう留学生!ちゃんと俺一人でお見舞い行ってきたからな!」
「ライオさん、もう体調はよろしいんですね良かったです。」
「おはよう、元気になって良かったな。」
「無視すんなよ!」
ウィリアムはまた無視されて悔しそうにしている、何故二人がここまで彼を無視するのか分からないけど流石に可哀想になってくる。
そんな彼を横目に早速本題にはいる。
「ねぇ雷電さんって極東でどれくらい強いの?」
「親父?どうしたんだ突然。」
幸若君と美剣さんに今朝の事を話をしたら物凄く驚いていた。
「ライオさん凄いじゃないですか!雷電さんは歴代最強と呼ばれる程の実力者で誰もが憧れる凄い方なんですよ!それに弟子を取らない事で有名なのにまさか雷電さんから声を掛けられるなんて!」
「嘘だろ!俺が駄目でライオが良い理由ってなんなんだ!」
今度は四つん這いになり床を叩くウィリアム、これには僕もあえて触れないようにした。
「それは凄いね、でも歴代って?」
「極東にはですねリーメ王国で例えるなら国王に当たる将軍様がおりまして、その護衛兼補佐として四刀武神と呼ばれる極東最強の4人がいるんです。四刀武神は本当に強い人しかなれないんですが、雷電さんはその歴代四刀武神の中でも最強と呼ばれているんです。」
メチャクチャ凄くて強い人じゃないかそれならカレン先生が勝てなくても納得できてしまう、でもそんなに凄い人が極東の使者をしているのは違和感を感じる。
「でもそんなに重要な役割を持っているのに使者やってて大丈夫なの?」
「それは…色々ありまして…。」
僕の一言に美剣さんは気まずそうにして幸若君に視線を動かす、僕も釣られて幸若君に視線を向けると険しい面持ち話し始めた。
「今はもう四刀武神じゃないんだ、色々あってな。」
「そうだったんだ、なんかごめんね。」
どんな事情があったか分からないけど結構デリケートな事のような気がして申し訳なくなる。
「いいさこっちの事情だからな、でも本当に親父に弟子入りするのか?」
「弟子入りっていうか、鍛えてもらうつもりではいるよ。」
顎に手を当てて考え込む幸若君をみて美剣さんが口に手を当てて慌てふためく、雷電さんに鍛えてもらう事になにか問題があるのだろうか。
僕はとしては是非とも雷電さんに鍛えてもらうつもりでいる、こんな機会はもう二度と来ないかもしれないし。
「親父はな弟子を取らないって言うより取れないんだ、死ぬかもしれないから。」
信じられない言葉に一瞬だけ気が遠くなる、頭の中で「死ぬかもしれないから」が連呼されて何故か正気に戻れた。
「いやいや、それは嘘だよね、死ぬかもしれないって脅しか何かだよね?ですよね美剣さん?」
「ごめんなさいライオさん私すっかり忘れていました、雷電さんに弟子入りして三日以上もった人は一人しかいないんです。」
美剣さんに助けを求めて話を振るけど勢いよく頭を下げられてしまう、僕だって多少の怪我くらい覚悟してたけど死ぬのは無理。
これは断った方が良いのかもしれないと雷電さんに断る言い訳を考えていると教室の扉が開く音が聞こえてカレン先生が入ってきた。
「全員席に着け大事な話がある。」
「この話はまた後でね。」
幸若君達が無言で頷いたのを確認してから自分の席に戻る、教卓に立つ先生は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「昨日生徒会長であるナミルから残念な報告があった、上級生達にもどっかの馬鹿と同じ考えの奴が数多く存在していて既にちょっとした問題になっているそうだ。」
一度大きなため息を吐いて右手で頭を押さえるカレン先生は呆れかえっているのが一目で分かってしまう、それくらいショックだったんだろう。
「簡潔に言うとだな、上級生も留学生が気にくわないらしい、だから明後日生徒会と留学生で模擬戦をせざるを得なくなった。せっかく来てくれた留学生の4人には本当に申し訳ない。」
教卓に両手をついて頭を下げるカレン先生をみて皆がざわめき始める、やっぱり極東の人たちが魔法が使えない事が理由になってしまうのだろう、貴族が多く通うこの学園だからこそパラク君みたいに魔力主義の考えが強いのかもしれない。
「それでこの模擬戦の目的はどっかの馬鹿とやった時と同じで実力で分からせる事だ、生徒会は一応学園最強だそいつらに勝てば嫌でも納得するだろう、だから生徒会の連中には全力を出すよう伝えてあるわかったな。では明後日は教室ではなく闘技場に集合だ、今回の観客は全生徒と全教員になる上に審判を学園長がしてくれるそうだぞ喜べ。」
頭を上げて説明するカレン先生はどことなく楽しそうにしている、切り替え早いだけだと思いたい。
生徒会は会長、副会長、会計、書記の4名で留学生と同じ人数だから団体戦になる、でも生徒会長でもあるナミル・ジル・オルディン王女は王宮騎士に匹敵する実力の持ち主らしく、学年次席のパラク君を無傷で倒した幸若君でも流石に勝てないと思ってしまう。
「それとライオ、お前は後で学園長室に来い、学園長が会って話をしたいそうだ。」
「えっ!?あっはい!」
「それでは授業を始める。」
学園長から突然の呼び出しに動揺が隠せない僕は何かの説明をする先生の声すら耳に入らない、反射的に返事をしてしまったけどもし退学なんて話しだったらなんて考えてしまい余計に落ち着かなくなってしまう。
「うるさいぞライオ!落ち着け!」
「うわっ!…えっ?」
先生の怒声と共に握りこぶし大の火球が飛んできて顔面にぶつかる、慌ててがむしゃらに手で顔を拭うけど熱くない事に気づき驚きで体が固まる。
ほんの数秒後急に冷静になり静かな教室を見回すと皆の視線が僕に集まっていた、ウィリアムは口を押えて笑いを必死にこらえているし美剣さんに至っては優しい笑顔を向けてくる、その笑顔が一番辛いからいっそのことウィリアムみたいに笑ってほしかった。
恥ずかしさで顔が熱くなった僕は小さくなって静かに先生の話を聞いていた。
急いで投稿したので誤字脱字があったらごめんなさい。
作中であまり説明出来なかった魔力蓄積症について説明します。
文字通り魔力の溜まり過ぎて起こり症状は発熱吐き気頭痛など風邪と同じようなものです。
これとは別に魔力欠乏症というのも一応あります。