休日その1
何故か息苦しさを感じて目を覚ますと目の前に胸の谷間が見え一気に顔が熱くなる、もし今鏡を見たら間違いなくトマトの様に赤くなっているに違いない。
慌てて離れようとするけど力強く抱きしめられていて全く抜け出せない、それどころか少し隙間が空くとその分強く抱きしめてくるし、僕が抜け出そうともがけばもがくほどネグリジェがずれて胸元がはだけていく。
どんどん状況が悪くなっていき理性が擦り切れていく、僕の頭を抱きしめる腕は目覚めた時よりも強く足まで絡まって身動きが取れない上に、眼前にはもう半分以上露出している胸が鼻が触れそうな程の距離で呼吸に合わせて動いているのだ。
このまま胸に顔を埋めてしまった方が楽なのかもしれない、理性を捨てた僕は抱き着こうと腰に腕をまわした瞬間に違和感を感じた、セリアってこんなにスタイル良かった?
セリアの胸は小さ過ぎず大き過ぎずって感じだけど今僕が欲に負けそうになった胸は普通に大きい、腰もと言うよりお尻もなんか大きい気がする。
ハッとして僕は視線を動かし抱き着いてくる相手を確認して言葉を失う。
「抱き着いて下さらないのですね残念です。」
僕と目が合っても一切驚く様子もなく無表情の女性がそこにいた。
「サ…サーシャ…さん?」
「えぇそうですよ、おはようございますライオ様、今日も遅いお目覚めですね。」
なんでメイドのサーシャさんが僕のベットにネグリジェ姿でしかも抱きしめる様にして寝ているんだ!昨日はセリアが一緒に寝るって言っていたのに?
何とか状況を整理しようとするけど驚きと羞恥心で正常に思考が働かない。
「お嬢様は既に起床されて朝食を済ませてお仕事に行かれました、ですのでライオ様が目覚めた時に隣に誰もいないのは寂しいと思い私がお嬢様の代わりに添い寝をさせていただきました。」
頭がパンク寸前の僕にサーシャさんが説明をしてくれる。
怪我をして病み上がりの僕に気を使って起こさずにいてくれたのは分かる、だけど何故そこでサーシャさんが代わりに添い寝するという結論に達したのかが分からない。
「それでライオ様…あの…大変申し上げにくいのですが…。」
「どうしました?」
いつも無表情なのに珍しくサーシャさんが顔を赤らめている。
「さっきからずっと私のお尻を触っていらっしゃるので…ちょっと恥ずかしくて…。」
「ごっごめんなさい!今すぐ離れます!」
思えばずっとサーシャさんの腰に腕を回したままだった、慌てて腕を離して起き上がりサーシャさんに背を向けるようにして座る。
それからお互いに無言のまま時間が過ぎていくけど、僕は欲に負けた罪悪感に苛まれていた。
出来る事なら今すぐここから立ち去りたい気持ちでいっぱいだけど、サーシャさんの事を考えるとそういう訳にもいかず頭を抱えてしまう。
「ライオ様はもしかして胸よりもお尻の方がお好きなのですか?」
「え?、えっ!?何でそうなるんですか!!」
突然投げかけられた質問に驚きすぎて声が上ずってしまった僕にサーシャさんは追い打ちをかけてくる。
「私の胸を!見てもお嬢様だと気付かなかった割には、お尻を触って気付きましたので気になりまして。」
何故か胸をの所を強調しているけど実際事実だから何も言い返せない、だけど別にセリアのお尻に触ったことがあるとかそういう訳ではない、断じてない!
それでも一応僕も男なんでそういうところに目線はいってしまうよね!どうしようもないよね!男の性ってやつだもんね!
「それは…ですね…。」
心の中で開き直ったのは良いけど上手い言い訳が思いつかない、このままだとサーシャさんにお尻で女性を判別する変態だと思われるかもしれない。
「フフッ、冗談です気にしないで下さい。それでは私は着替えてお食事をお持ちしますので。」
「えっ?」
頭を抱える僕に軽く微笑んでから部屋を後にしたサーシャさんをきっと僕は気の抜けた表情で見送ったと思う。
「サーシャさんが笑ったの初めて見たかも。」
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その後10分ほどで着替えたサーシャさんが食事を持ってきてくれた、今日はパンとシチューでとても美味しかった僕は煮込まれて柔らかくなった肉が具の中で一番好きだ、でも今日のシチューに具は一切入っていなかった。
少し物足りない食事を終えてサーシャさんが食器を片付けてくれる、時計を見れば今もう昼過ぎ昨日あれだけ寝ていたのに良く寝ていたものだ。
「今日の予定はどうなさいますか。」
「食欲もありますし体調も悪くないので散歩にでも『駄目です。』行き…ですよね。」
せめて最後まで言わせてほしかった、でもベットの上にずっといてもする事も無いし正直暇だ。
「思いつかないのであれば読書でも如何でしょう、ご主人様から書斎の使用許可は頂いております。」
「本当ですか、じゃあ今日は読書して大人しくしてます。」
「分かりました、では少々お待ちください。」
サーシャさんの提案は嬉しかった僕はほとんど本を読まないから部屋には本棚すらない、だからいつもなら入れないチエーニさんの書斎にある本が読めるのはとてもラッキーだ。
それにチエーニさんはかなりの読書家で書斎には一万冊は超える大量の本がある、ジャンルも多種多様で書斎はもはや小さな図書館だ。
「紅茶と本をお持ちしました。」
「本もですか?」
数分で戻ってきたサーシャさんの小脇に抱えられた数冊の本を見て少しがっかりしてしまう、読む本くらいは実際に見て選びたかった。
心配してくれるのはありがたいけど流石に過保護すぎる気がする。
「ご主人様に事前にお話ししたところ是非ライオ様に読んでもらいたい本があると仰っていましたので、ご主人様おすすめの本をお持ちしました。」
端から僕を部屋から出さないつもりでいたのか、下準備が早すぎて時々サーシャさんが恐ろしく感じる。
「そうですか、それは楽しみです。」
手渡された本の表紙には『ジャンヌ・ダルク』『ジーク・フリート』『アーサー王伝説』『勇者ラクト・シルフィード』実話を元にした英雄譚で絵本にもなっている有名どころだ。
特に『勇者ラクト・シルフィード』という作品はリーメ王国に住んでる人なら知らない人はいない程有名だ、僕も大好きな作品でよくシスターに読んでとせがんでいたのを憶えている。
「絵本で読んだことはあると思いますが一度伝記として書かれている物を読んでみるのも勉強になるとご主人様からの伝言です。」
「ありがとうございます、ゆっくり読ませてもらいますね。」
早速『勇者ラクト・シルフィード』読み始める、この作品は絵本だと神に選ばれたラクト・シルフィードが勇者になって数々の試練を乗り越え聖剣を手に魔王を倒して最後は国王の娘と結婚して幸せに暮らすという話だ。
それにリーメ王国の騎士団の鎧は勇者が身に纏っていた鎧をオマージュしたっていう話はかなり有名で、それもあって騎士を目指す人も少なくは無いと思う。
だけど実際に読み進めていくと絵本の様に優しい内容ではなく、絵本では語られない勇者自身の苦悩と葛藤が生々しく表現されていて、今まで抱いていた勇猛果敢な勇者の印象が崩れていく。
絵本では母親と暮らすラクトが夢で神に会い勇者に選ばれるところから始まるけど、伝記では病にかかった母を治す手立てが無く悩んでいるラクトに神が治す代わりにと試練を出してくるのだ。
始めは喜ぶラクトだけどその為には母親を一人残して旅に出なくてはいけない、病でまともに動けない母を残す事に抵抗を感じていたけど、悩みぬいた末にラクトは恋人のザラに母を任せる事にしたそれは彼にとって苦渋の決断だった。
旅に出て神から与えられる数々の試練をたった一人で乗り越えていくラクト、幾多の敵を倒し数多の命を救っていく彼には神とは別の声が聞こえ、その声は常に彼を導き救いそして成長させていく。
遂に残る試練が後一つとなった彼の所に一通の手紙が届く、それは恋人のザラから物で手紙を読んだラクトは急いで母の元へ戻る、夜通し走り続け何日もかけて故郷へ辿り着き家の扉を開けると涙で目を腫らしたザラと穏やかな顔で眠る母が彼を待っていた。
「ライオ様、ライオ様、読書中申し訳ありません、お客様が来ております。」
読んでいる途中でサーシャさんに呼ばれ栞を挟み読むのを中断するけど早く続きが読みたい気持ちでいっぱいだった。
「ウィリアム・オーランドという少年ですが、お通ししてもよろしいですか。」
「ウィリアムが!ぜひお願いします。」
だけど来客がウィリアムだと知り僕は喜びで読書どころではなくなった。
「承知いたしました。」
はっきり言って僕は友達が少ない、教会にいるときは友達というより兄弟って感じだったし、シーベルト家に来てからも友人はいたけど招いたことは無い、それも僕の秘密に巻き込まないためなんだけど。
程なくしてウィリアムを連れて部屋に戻ってきたけど、なぜかウィリアムは言葉の通り開いた口が塞がっていない。
「では私はこれで失礼致します、後ほどお菓子と飲み物をお持ちしますのでどうぞごゆっくり。」
「はい、ありがとうございます。」
ウィリアムを案内し部屋を後にするサーシャさん、部屋にウィリアムと二人になるけど彼は扉の前で呆けていて微動だにしない。
「ウィリアム?どうしたの?とりあえず座りなよ。」
「あ?ああ…。」
気の抜けた返事をしてベットの横にある椅子に腰をかけるけど、なんだか心ここにあらずって感じだ。
「ライオ、お前貴族だったんだな、あんな美人なメイドさんに囲まれて生活してるなんて。」
「ウィリアムには言ってなかったね、皆優しくていい人たちだよ。」
なんか悔しそうに拳を握りしめるウィリアム、彼は自分で庶民って言っていたから少し憧れみたいなものがあるのかもしれない。
「そう言えば、どうやってここまで来たの?」
「ああ、留学生に教えてもらったんだよ、ライオのお見舞い行こうぜって誘ったら用事があるから一人で行けってさ薄情な奴だぜ、あと一応お土産も持ってきたけどメイドさんに渡したから、それで体調はどうなんだ?カレン先生は大丈夫だって言ってたけど。」
ウィリアムがポケットから小さなメモ用紙を取り出し渡してくる、そこにはこの屋敷までの地図が丁寧に書かれていた。
「そっか、わざわざありがとう、体調は僕の感覚だと万全なんだけど昨日丸一日眠ってたみたいでさ、今日は安静にして様子を見ろって言われたんだけど、外どころか部屋からも出れなくて暇だったんだ。」
「じゃあ来て正解だったな!でも元気で安心したぜ、お前が倒れた時は流石に焦ったからな。」
「心配かけてごめん、そういえば先生からはなんて説明をされたの?」
笑顔で気さくに「きにすんな」って言ってくれるけど、僕の質問に不思議そうな顔をする。
カレン先生からは僕がとても危険な状態だった位しか教えてくれなかったけど、その場にいた皆にはもう少し詳しく説明しているのかもしれない。
「急性の魔力蓄積症が原因だって聞いたぞ、先生から説明されなかったのか?」
「危険な状態だったってだけ説明されたよ。」
僕の予想通り皆にはちゃんと説明していた、でも僕やセリア達には調査中と言って説明しない理由は分からない。
それにあの時先生は僕を見てすぐレクリエーションを中断した、つまり僕の体のどこかに目に見えて異常があった可能性がある。
だとしたらウィリアムの場合は僕が倒れるのを目の前で見ていた訳だし僕の異常について思い当たる節があるかもしれない。
何故か不満そうな顔をしているウィリアムに今度は違う質問をする。
「じゃあ僕の姿に違和感とかあった?」
僕の質問にウィリアムは腕を組み俯いて唸り始める。
「いやぁ、特に普通だったと思うけどなぁ、う~ん、あ!そういえば。」
「なんか思い出した?」
顔を上げたと思ったら僕に近寄り急に服をめくってきた。
「なに!どうしたの急に!」
「いやさ、ライオが脇腹刺されたの思い出してさ、平然としてるから治ったのかと思ったけど、そう簡単に治るもんじゃないよなぁ。」
僕の腹に巻かれた包帯を見て笑いながら椅子に座りなおす、せめて行動する前に一言欲しいもんだけどウィリアムには言っても意味ないかもしれない。
「それで僕自身には特に違和感とかは無かったってことでいいの?」
ため息交じりで確認するとウィリアムは難しい顔をする。
「違和感というか、俺は何かライオが光に包まれてる様な感じに見えた気もするし、見えなかったような気もするしで確証が無いから何とも言えないなぁ、でも留学生は何か気付いてたみたいだぞ。」
「幸若君と美剣さんが?」
彼は首を傾げる僕の脇腹を指さす。
「だって脇腹刺したの幸若だし、治療も手伝ってたぞ。」
話の中で出てきたジャンヌ・ダルク等の作品は名前を使わせてもらいました。
ジャンヌ・ダルクは奴隷解放、ジーク・フリートはドラゴン退治だけ、アーサー王伝説は王国の復興の物語という設定になっていて、実際の歴史や作品の内容をこの物語に合わせて自分独自に変更しています。
ラクト・シルフィードは完全オリジナルで、今回の話で出てきた内容はかなり省略して書いています。
ある程度余裕が出来たらちゃんと書きたいと思っています。