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退魔師藤代兄弟シリーズ

裏野ドリームランド

作者: 一本坂苺麿

 どこかで猫の鳴き声が聞こえた気がした。

 美穂は隣を歩く有馬の方へ少し寄った。


「なに美穂ちゃん、俺を誘ってんの? それとも怖くなった?」


 いかにもチャラそうな見た目の有馬はニヤニヤ笑いながら言った。


「どっちも違います!」


 憮然とした様子で美穂は否定した。


「まぁまぁ美穂ちゃん、怖くなったって仕方ないよ。ここはホントに雰囲気でてるよねー」


 有馬は大袈裟に両手を拡げて周りを示した。

 彼らの周りには古びた観覧車やジェットコースター、メリーゴーランドなどが夕陽に照らされている。


「これならいい動画が取れそうだわ」


 スマホを片手に満足そうに言う有馬。


 活動の一環として動画投稿サイトに心霊スポットの探険動画をアップしている。

 今回彼らが訪れているのはS県T市にある裏野ドリームランドという廃遊園地だ。

 今から30年前、経営者の裏野正志の謎の失踪によって閉園して以来、ずっと放置されてきた。時が経つにつれて様々な噂が囁かれ、いつしか心霊スポットとして有名になっていた。


「ほら、アレが噂のドリームキャッスルだよ」


 有馬が指差した先に大きな城が建っている。この遊園地の中心であるドリームキャッスルだ。


「噂によれば、あの城から男の叫び声が聞こえるらしいんだな。だから城には秘密地下室があってそこで拷問を受けているらしい」


 有馬は声を潜めて言った。


「一体誰がそんなことをしているんですか?」


 美穂が尋ねると有馬は首を傾げた。


「さぁ、サド気質の殺人鬼か悪霊とか」

「叫び声を聞いたのなら警察に通報したんじゃないですか?」

「んー、どうなんだろうね。俺もそれは知らないや」


 2人は巨大な怪物が大きく口を開けているような城の門を超えて城内へと入った。


 壁には幻想的な絵が飾られている。

 彼らはその暗い通路を進んだ。

 談話室のような部屋に入ると、奥の壁に暖炉が見えた。その暖炉の中が不自然に暗く見える。


「あれ、何だコレ?」


 有馬は暖炉に近づいていった。

 美穂もその後をついていく。だが、彼女の目は不安に満ちていた。

 何だか嫌な感じがする。


「お、階段があるじゃん!」


 有馬が喜々として様子で美穂を見返した。

 彼の示す先、暖炉の下の部分がポッカリと穴が開いており、その下に階段があった。

 階段の先は暗くて良く見えない。まるで黒い邪悪な物質が詰まっているようだ。


「ねぇ美穂ちゃん、降りてみようか?」


 身を乗り出して下をのぞき込む有馬。


「えっ! ダメですよ! まだ優子たちも来ていないのに――」


 それに正直言って怖かった。

 この階段の下には何か恐ろしいモノがある。彼女はそう直感していた。


「ほんの少し覗いてくるだけだよ。あいつらが来るまでまだ時間があるからさ」

「や、やめた方がいいですよ」


 有馬は大儀そうに手を振った。


「美穂ちゃんはここで待っててよ。すぐ戻って来るからさ」


 そう言って彼はさっさと階段を降りていった。


 美穂はスマホを取り出すと同じサークル仲間のである優子に連絡を入れた。

 早く有馬に戻ってきて欲しい。

 彼女は不安な面持ちで有馬を待った。


 と、突然、階段の下から悲鳴が聞こえた。有馬の声だった。


「あ、有馬先輩っ!?」


 美穂は階段の下に呼びかけた。しかし、返事はない。

 彼女はスマホを取り出し、有馬に電話してみた。ところが有馬は電話にでなかった。


「ど、どうしよう……」


 美穂はその場に立ち竦む。頭の中が真っ白になっていた。

 背後で何か動く気配がした。


「ひっ!」


 美穂は咄嗟に後ろを振り向いた。

 部屋の入り口に黒猫が佇んでいた。黄色い目で美穂のことを見あげている。

 普通の猫なのになぜかとても恐ろしいモノに思えた。

 思わず後退る。

 だが、彼女が下がった暖炉から、さらに異様なモノの気配を感じた。濃い闇がどんどん迫って来る。

 階段の下から何かが上って来る。

 美穂はその場に尻もちを突いた。


 その何かが闇から姿を現した。


 美穂の絶叫が城中にこだまし、消えた。



 美穂たちが城内に消えてから数時間後。

 廃遊園地の門の前に2人の男が立っていた。


「遊園地なんて何年振りだろうなぁ。最後に行ったのは中学生の時か?」


 がっしりした体型に男前だが気難し気な顔つきの男が言った。


「正確には廃遊園地だけどね」


 もう一方の男は対照的で背が高く線が細い体型。銀縁の眼鏡の奥の瞳は涼し気だ。


 がっしりした体型の男の名は藤代タケル。

 スマートな体型の男の名は藤代ヤマト。


 彼らは兄弟であった。

 彼ら藤代兄弟は対魔師である。

 この世の裏側に潜む魔の者たちを滅することが兄弟の仕事だ。


「どうやら先客がいるらしい」


 ヤマトは門の周辺に停められた車を示した。彼らが乗って来た車を除いて2台ほど停まっている。


「ややこしいことにならないといいがな……」


 2人は門を超えて園内へと歩を進めた。


 懐中電灯の明かりを頼りに2人は廃遊園地を進んだ。

 明かりに照らされるメリーゴーランドの馬が何か異形の怪物のように思われた。

 どこかで金属がキィキィと鳴っている。周囲には不気味な雰囲気が流れていた。


「まったく、遊園地ってのはもっと楽しい場所じゃなかったのかよ」

「廃遊園地だからね」

「そりゃそうだけどよ」


 彼らは園の中心にそびえ立つドリームキャッスルに向かっていた。

 噂の根源はこの城だと聞いていた。


 彼らが城の中へと入ろうとした時、ふと右の案内板の近くに動くモノがあった。

 2人は咄嗟に身構えライトを向けた。


「きゃあ!」


 懐中電灯の明かりに照らされたのは恐ろしい魔物ではなく若い女性だった。

 2人はライトをそむけて女性に近づいた。


「すいません、大丈夫ですか?」


 ヤマトが女性に手を貸して立たせた。


「あ、あの、あなた方は……」


 女性は怯えた視線を2人に向けた。


「僕たちはお恥ずかしながら心霊スポット巡りに来ただけなんです。それよりあなたはこんな所でお1人でどうされました?」


 怖がっている女性を宥めるヤマト。ガサツな性格のタケルにはとても真似できない。


「いえ、連れがいるんですがはぐれてしまいまして」


 彼女は優子という名前で、大学のサークルメンバーとここに来たらしい。


「私は先輩と2人でここに来ました。私たちより先にここに来ているメンバーが2人いて、4人でこの廃遊園地を見て回るつもりでした」


 ところがいざ着いてみると、先に来ているはずのメンバーの有馬と美穂の姿はどこにも無かったらしい。


「連絡しても2人とも出てくれませんでした。だから私たち、ドリームキャッスルに向かったんです」


 優子たちが廃遊園地に向かっている途中、美穂から連絡があったらしい。


「有馬先輩がドリームキャッスル内の秘密の階段を降りて行ってしまったらしいんです。その時の美穂はとても怖がっているようでした。だから私心配で……」


 城に向かった優子たちはそこで美穂の言う通り暖炉の中の階段を発見した。


「先輩は様子を見てくると言って階段を降りて行きました。でも、しばらく待っても戻って来なかったんです。私どうしたらいいかわからなくなって、怖くなって――」


 城から飛び出して来たところで兄弟とバッタリ出会ったとのことだった。


「警察には連絡されたのですか?」

「いえ」


 優子は首を振った。


「ここに来るまでにどこかで落としてしまったみたいなんです」


 兄弟は顔を見合わせた。


「ちょっとすみません」


 ヤマトはそう断ってタケルを連れて優子から離れた。


「で、どうするよ?」


 タケルが声を潜めて言った。


「優子さんの安全を確保しないと。ここはもう警察に通報して保護してもらうのが一番かもしれない」


 ヤマトは優子の様子を窺がいながらそう答えた。


「まぁな。だけど警察が入るとなるとしばらくここを調査することができなくなるぜ」

「仕方ないさ。彼女を命を危険に晒すわけにもいかないだろ?」

「そうは思うけどよぉ……」


 兄弟たちの作戦会議を遮る形で優子が口を開いた。


「あのっ! 私、美穂たちを探したいんです。一緒に探してもらえませんか?」

「それは、例の階段を降りて探すと?」


 優子はコクリと頷いた。

 兄弟たちは再び顔を見合わせた。


「わかりました。ただし、決して僕たちから離れないでください」


 ヤマトたちは城の中へと入って行った。


 暖炉がある部屋へとやって来たヤマトたち。

 彼らは暖炉の下の通路を照らした。


「行こうぜ」


 タケルを先頭に彼らは階段を下り始めた。


 階段を下りきった先は広い部屋になっていた。

 タケルは壁にライトを走らせた。部屋の電灯用のスイッチが見つかった。


「ま、点くことはないだろうけどよ。一応な」


 彼はスイッチを押した。

 すると、天井に付けられた白熱電球が光を放った。


 薄暗いながらも部屋全体がはっきりと見渡せた。

 本棚や書き物机、簡易ベットなどが置かれている。


「書斎だね」

「裏野正志のか?」

「おそらく、ね」


 ヤマトたちは書斎を調べてみた。

 本棚にあるのは実用書や辞典などの普通の書籍、書き物机に置かれているのは会社関係の書類だった。


「先輩たちはここからどこに行ってしまったのでしょう?」


 周囲を見回しながら優子が言った。

 この部屋には上に通じる階段以外に他に通じる所は見当たらない。


 ヤマトは周囲に視線を走らせ、ふと簡易ベットに眼をとめた。


「このベット……」


 ヤマトはベットの側にしゃがみ込んだ。


「ここに引き摺った跡がある。この下に何かあるみたいだね」


 ヤマトは簡易ベットを退かした。

 するとそこには木製の引き戸があった。開けると再び階段が下へと伸びていた。


「第2の地下室かよ」


 タケルは呆れたように呟いた。


「どんだけ金賭けてんだか」

「ここは目くらましの為の部屋だろうね。本当に裏野氏が隠してたがっていたモノがこの下にあるはずだ。そしてそこに優子さんの先輩たちは行ったのかもしれない」


 今度はヤマトが先頭に立って階段を降りた。

 そこにはまた同じような部屋に同じような書棚が並んでいる。

 しかし、そこに置かれている書籍が異様だった。


「すごいな、あらゆる呪術書が揃ってる」


 ヤマトは感心したように言った。

 彼の言葉通り、書棚には東西の呪術に関する書籍が並んでいた。


「特に使鬼神法、死霊の口寄せ、錬金術に関するモノが多いようだ」

「使鬼神法?」


 優子は首を傾げた。


「式神と言えばおわかりになりますか?」

「え、えぇ、陰陽師が使うモノですよね」

「主に動物霊を使役します。あとは管狐なども有名ですね」


 背表紙に指を走らせながら時折止めて本の中身を確認するヤマト。

 タケルの方は部屋の壁を丹念に調べていた。


「それで正志は何をやろうとしていたんだ?」

「まだはっきりとは言えないけど、なんとなくわかってきた気がするよ」


 ヤマトは困惑した表情で立っている優子に向き直った。


「優子さん、裏野氏がいつこの遊園地建設に着手したか知っていますか?」

「いえ」

「彼の娘、清美さんが交通事故で亡くなった翌年です。その10年後、彼は謎の失踪を遂げました」


 タケルは壁の一箇所を叩いた。


「あったぜ」


 頷くヤマト。


「僕は清美さんこそが正志氏がこの部屋を造った理由なんだと思います」


 優子はわからないと首を振った。


「その理由ってなんですか?」

「この壁ほ中に入ればおそらく確実な手掛かりがあるはずです」


 ヤマトのその言葉と同時にタケルの前の壁が鈍い音をあげながら開き始めた。


「優子さん、あなたの先輩方はこの先に連れ去られたはずです。正直に申しましょう、彼らは惨たらしい状態になっている可能性が高い。それでも中に入りますか?」


 優子は最初躊躇ったが、はっきりと頷いた。


「わかりました。では行きましょう」


 タケルを先頭に彼らは壁の中の隠し部屋に入った。

 この部屋の電灯もまだ生きていた。明かりを灯すとそこには凄惨な光景が広がっていた。


「こりゃ酷いな」


 タケルが思わず呟いた。


 部屋の中央付近には大きな手術台が設置してあり、その上に男のモノらしい腐りかけの死体が横たわっていた。

 そして、部屋の床や壁一面に血や肉片が飛び散っている。その中に衣服の切れ端のようなモノが混じっていた。


「あ、あれ、美穂の……」


 優子はその場にしゃがみ込んでしまった。

 タケルが彼女の側に駆け寄る。


 ヤマトは手術台の近くの棚に歩み寄った。

 彼は棚を漁り、一冊のノートを取り出した。中身を少しめくって確認する。


「これだ。もう出よう」


 壁を抜けて元の部屋に戻った。


「タケル、念のために上の様子を確認してきてくれ」


 ヤマトの指示でタケルは1人部屋の上と上がった。


「あの、美穂たちは……」

「贄にされたんです」

「贄?」


 ヤマトはノートを示した。


「裏野氏が作った呪法のです」


 ヤマトはぺらぺらとノートをめくっていく。


「彼はここで呪術の研究を行っていたようです。そして様々な呪術を組み合わせて新たな呪法を作ってしまった」

「それは、どんな……?」

「死者の蘇りです」


 優子は首を振った。


「そんなことって、あり得ない」

「普通ならそう思われるでしょうね。しかし、実際に裏野氏は蘇らせてしまったんです」

「一体誰を?」

「清美さん、あなたをです」


 優子は苦笑いを浮かべた。


「何を言っているんですか。私は優子ですよ?」


 ヤマトは首を振った。


「いいえ、あなたは裏野氏の娘の清美さんでしょう。本物の優子さんは他のサークルメンバーと同様に贄されたんじゃないですか?」


 優子は訳がわからないと言った様子でヤマトを見つめた。


「頭がおかしくなったんですか?」

「いえ、まだ正常です。これを見てください」


 ヤマトはスマホを取り出し、画面を優子に見せた。

 そこには男女が廃墟ではしゃぐ動画が流れている。


「優子さんたちが所属するサークルは動画投稿サイトを利用されていると言いましたね?さっき確認してみたんです。ここに写っているのが本物の優子さん」


 彼は手で動画に写っている女性を示した。

 今目の前に立っている女性とは明らかに顔が違う。


「今はこうしてすぐに動画を調べることもできるんです。便利でしょう?」


 それまで困惑の表情を浮かべていた優子の顔が一変して冷酷なモノへと切り替わった。


「あの男は勝手な事情で私を蘇らせてここに閉じ込めたのよ」


 彼女は嘲笑した。


「でも、自分の力を過信していたのね。こうして私に出し抜かれたわけよ」

「裏野氏はあなたに力を与えすぎたんですね。彼が失踪したのはあなたに殺されたから。そしてその後、あなたは彼を蘇らせた。手術台の遺体、アレは裏野氏なのでしょう?」


 清美は頷いた。


「そうよ、私が受けた死の苦しみを何度も味あわせたの」

「彼が失踪したのは20年前。それまで何度も殺しては蘇らせてを繰り返していたわけですか」

「報いを受けさせただけ」

「なるほど、この遊園地の噂の源はあなたに苦しまされた裏野氏の悲鳴なのかもしれませんね。それの為に一体どれだけの人間を殺めたのです?」


 清美は肩を竦めた。


「覚えてないわ。私がこの体を維持する為にはどうしても人肉が必要なの。あなたたちにも協力してもらわないと」

「僕らもあなたに喰われるわけですか」

「そうすれば私の正体を知るモノはいなくなる」


 ヤマトは哀れみの視線を彼女に向けた。


「あなたはずっとここに囚われたままでいいのですか?」

「死ぬよりはマシよ」

「贄にされた人々も同じく死にたくなかったでしょうね」


 清美は無言のままヤマトの方に近づこうとして立ち止まった。


「体が、動かない」


 すると彼女の背後の階段からタケルが降りてきた。


「裏野の野郎は保険として上の部屋に強力な結界を用意していたんだよ」


 タケルは上を示した。

 そこには奇怪な紋様が浮かび上がっていた。


「動きを封じれば、人肉を摂取できないあなたはいずれ体を維持できなくなる」

「私をこのまま放っておくき!?」


 清美の顔に恐怖の表情が浮かぶ。


「いえ、今ここでその魂を解放します」


 ヤマトとタケルは除霊の呪文を唱え始めた。

 清美はありったけの呪詛の言葉を吐きながら、その体は崩壊はしていった。


「終わったな」


 しかし、ヤマトはどこか浮かない顔をしていた。


「どうしたんだよ?」

「いや、彼女1人にここまでできたのか疑問に思ってさ。電気が通っていたのもおかしくないか?」

「協力者がいたってのか?」


 兄弟は崩れ去った清美の体を見つめた。

 その時、どこかで猫の鳴き声が聞こえた気がした。








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