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作者: 黒宮杳騏

「珍しいっすね、調べものっすか?」

 突然降ってきた声に、思わず手を止め顔を上げた。

「あ?何だ、お前か・・・驚かすなよ。」

「す、すみません!先輩がそんなに驚くとは思わなかったんで・・・。」

申し訳なさそうに後輩の眉尻が下がるのを見て、気分転換がてら話でもするかと隣の席へ座るよう促す。

「・・・で、これが何か気になるのか?」

俺は書きかけのレポート用紙を指して尋ねた。

「はい!」

「ただの宿題だよ。新しい兵器のアイデアを出すか、近代における兵器の歴史をまとめるか、という課題でね。資料をまとめながらアイデアが浮かべばいいんだけど、浮かばなくてもそのままレポートとして提出すればいいから。」

「へー、エンジニアってそういう事やるんすね。」

そう言うと、興味津々といった体で手元の資料を覗き込んでくる。

「威力や範囲を欲張れば機動性が落ちるし、遠隔操作はいざって時に使えなくちゃ困るから定期的に専門的なメンテナンスが必要になってくる。・・・両方をバランスよく、という欲張りな理想を実現するのは難しいな。」

 最後は最早独り言に近かったが、そこでふと違和感に気付いた。

「そういや、お前こそどうしたんだ?図書館で会うなんて珍しいじゃないか。」

「あぁ、オレは暇だったんで散歩がてら寄ってみただけっす。今、実技試験期間中なんすよ。まだ受けてない奴もいるけど、俺はもうパスしたんで、やる事なくて。」

「そうか、おめでとう。」

「はは、ありがとうございます。」

軽く笑って頭を下げた後、後輩は天井を見上げながらこう続けた。

「・・・オレ思ったんですけど、戦争が起きなきゃ、オレ達卒業してもずっと待機状態じゃないっすか。」

そこまで言って、さすがにまずいと思ったのだろう。自分の発言を慌ててフォローする。

「あ、戦争が起きて欲しい訳じゃないっすよ!やっぱり、暇でも平和なのが一番っす。戦争が始まれば、オレ達いつ死ぬか分からないっすから。」

「そんなに心配しなくても大丈夫だ。お前は俺より長生きするよ。」

「ははは、何すか、それ。」

軽く受け流すように答えを返してやれば、オレは真面目に言ってるんすよー、と、快活な後輩らしい笑い混じりの抗議が飛んできた。

「・・・お前が前線に出る頃には、多分俺は死んでるんだろうな。」

 天井を仰ぎながら吐き出した溜息に、思わず本音が混じる。

「え?何か言いました?」

 敵に強い武器を保有させない為にも、これから戦争が始まるって時、真っ先に狙うのは「敵国で武器を開発する人間」というのが定石だ。それに従うならば、俺が後輩より早く死ぬ確立は数段高い。

「・・・いや、別に。」

俺は話を逸らすようにして、後輩の肩を軽く数回叩いた。

「まぁ、演習中に死なないように気を付けろよ。俺も実験に失敗して死にたくはないからな。」

「任せて下さい!オレ、実技の成績はいい方なんで!」

そう言って誇らしげに胸を張る純粋な後輩を若干羨ましいと思いながら、俺は先輩らしい言葉を続ける。

「じゃあ、これからも精進してくれ。」

「はい!じゃあ、オレはこれで失礼します!」

半ば冗談交じりではあったが、まだ見習いとはいえ一応軍人らしく、最後にきちんと敬礼をしてから後輩は去って行った。


一番効率的なのは、やはり。

「・・・・・・人間兵器、か。」

深い溜息を吐きながら、指先でトントンと軽く額を叩く。


 遺伝子操作で産まれた俺に埋め込まれたチップには無い機能。

それは、スイッチ一つで情動を司る前頭葉から本人も気付かない程の恐怖や嫌悪、フラッシュバック、殺戮衝動といったマイナス要素、つまり「戦闘に不要なもの」を取り除いてくれる非常に便利かつ優秀な機能だ。

と言えば聞こえは良いが、つまりはどんな人間も文字通り「無感情で」敵を殺す人間へ「造り替える」装置に過ぎない。

 遺伝子操作をされずに産まれてきた人間に埋め込まれる「高機能な」チップは、緊急号令スクランブルがかかった瞬間、その人間を立派な「人間兵器」に仕立て上げる。

 そこに貧困などの諸問題があるにせよ、産まれる前から既に有事の際には「使い捨て」となる事が確定している「兵器エンジン」。

 そして、取捨選択を重ねた遺伝子操作実験の結果、産まれるべくして産まれる「技術者エンジニア」。


 ――――たった一つの「-er(機能)」の有無が、人間の運命を変えるのか。

不意に、個人情報しか入っていない筈の額が、暗闇へ向かって唸り声を上げる野犬の様に震えた気がした。

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