四話
この四話目にて終わらせていただきます。(四話目が一番性的描写が濃いです。ご注意)
久しぶりにオリジナルを書けて楽しかったです。
短い連載でしたが、読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
去ろうとした太一の腕を掴んだ幸樹は、そのまま引っ張って再び中に入れた。
彼は、戸惑いながらこちらを見る太一と、同じ目線までしゃがむ。
そして、しっかりとその目を見て断言した。
「気持ち悪くない」
太一がその言葉に息を飲む。
「別に気を遣わなくても」
「気ぃなんかつかうかよ。お前は気持ち悪くなんか無い。それに、その辺の男子よりも、それこそ俺よりも、ずっとお前は男だ」
幸樹は目を逸らさず、頭の中で考えながら、ゆっくりと言葉を大事そうにつむいでいく。
「なんでそう思うんだよ」
「男子校の雰囲気に飲まれず、男でありたいってずっと思ってるからさ。あと、今お前感じたからって言ってショック受けたみたいだけど……それは多分、俺の勢いに当てられたんだよ。だから勃っちまってもおかしくないんだよ」
「え?」
「俺は、お前の目がすごく綺麗で、涙が出そうになるのを見ると、変な気分になるのが怖かったんだ。だから、涙を取るために舐めたんだ。お前のためじゃなく、俺のためにやった」
太一は彼の真意を測りかねる。
だが次に、あのクラスの奴らと同じ気持ちがあるのかと思い不安になった。
さ迷う目の動きでそれを察した幸樹は、すぐに釈明する。
「誤解するなよ。自分でもやっちまったことは変態っぽいなと思うけど、お前を女として扱ったわけじゃない。男のお前を綺麗だと思った」
「……どういうこと」
ますます太一はわけがわからない。
「だから、そのー…なんていうんだ。俺はお前ほど賢くないから、上手いこと言えないんだけど」
一方の幸樹も、自身ですら整理しづらい頭の中のことを言い表そうとし、唸る。
間違った解釈をされたくはない。
自分の本心をちゃんと理解して欲しい。
腰を浮かせていたままではイマイチだったので、湿り気が増えてきた地べたに座った。
そして必死に考えた結果、出てきた答えは。
「”太一”っていう人を、綺麗だと感じたのかな」
名前を呼ばれて、太一が目を見開いた。
「男とか、女とか、そんなん抜きにして太一という奴が綺麗だなって。それで多分、俺も……興奮した」
「興奮した? お前が?」
「そうだよ。太一が正直に話してくれたし、俺も言うぞ。俺だってお前を見て興奮したし、感じた。性的対象ってやつだと思う。あ、でも勘違いしないでくれよ。俺は女役としてのお前じゃなくて、太一としてのお前を見ているんだからな!」
クラスメートとは一緒にするな、と幸樹は語尾を強める。
自分は太一という存在に興奮し、感じて、目の中に舌を入れた。
それはもう理性などこれっぽちも無い、本能での行為だ。
頬にへばりついた艶やかな黒髪や、涙で潤ませた瞳、陶器のような白さを持つ肌など、興奮した原因は女みたいな部分ばかりだが、それでも女としては見てない。
他の女ではなく、太一がそういった姿をしていたからこそ。
そんな強い思いで必死に訴える幸樹を、太一は暫く見つめ返す。
不安な表情は無い。
だが、どこか震える目で、睨みにも似た視線で、太一は幸樹を見る。
雨が止まないまま、辺りは既に日が暮れて、影が消えていこうとしていた。
その影が、消えるか消えないかの寸前で。
「そう、か。俺だから、太一だから、なんだな」
ついに太一は笑った。
少しだけだったが、頬を緩め息を吐いた。
「ああ」
笑った彼の顔を見て、幸樹も緊張の糸が切れたように、肩の力を抜く。
「男に綺麗だって言われて、今初めて嬉しいと思ったよ」
頭をかきながら、視線をうろつかせて太一は言う。
照れたらしい。
「そう言われると、俺も嬉しいかもしれない」
「かも、かよ」
「俺だってまだ気持ちの整理がついてねーんだ」
二人して、笑い合った。
恐らくそれは、友達同士としての笑い。
幸樹はやっと、一年前の頃のように心が通じ合った気がした。
そしてその短い笑いが途切れた頃。
太一が再び真顔になった。
言いにくそうに俯いたが、すぐに顔を上げる。
「あの、さ」
幸樹が何だ、とこちらも神妙な顔つきになる。
「お前まだ俺見て……欲情するのか」
一瞬の間。
心を理解したからこそ、太一は問うた。
聞かれた幸樹は即答する。
「する」
開き直り、と言っては語弊があるかもしれない。
しかし自分の感情を悟った幸樹に取って、その答えは当然だった。
一方性的対象で見られた太一も、逃げない。
「もし、今いいよって言ったら触るのか」
この問いに、幸樹は流石にぐっと詰まる。
だが、ここまで来て躊躇いは必要ないと思い直す。
「さわ、る」
目はあわせたが、どこか情けない声に、彼は内心後悔した。
相手も男とはいえ、自身の男としての本能を告白するのは勇気がいるようだ。
対する太一は、少し考える素振りを見せた。
幸樹はこの答えは正直すぎたかと焦る。
しかし、彼が次に出した言葉はそんな不安を大きく覆す効果を持っていた。
「じゃあ、いいよ」
穏やかな顔でまさかの肯定。
かえって幸樹は戸惑った。
「いいのか」
「ああ。お前だったらいい。お前にどういう風に扱われても、それは太一としてだから」
まっすぐに、すがすがしく言う太一の姿は、先ほどの涙を浮かべた時よりも更に綺麗に見える。
思わずつばを飲み込みそうになったが、自制心を働かせ、幸樹は一つ咳払いをする。
何せ、太一は男子校で女として扱われ心に傷を負っていたのだ。
心を理解し合ったとはいえ、急に変なこと、それこそ性的行為をしたら違う意味で傷つくかもしれない。
太一を大事に思うからこそ、幸樹は我慢する。
「無理するなよ。お前も男だけど、俺だって男なんだぞ。どういう意味かわかるよな」
「わかってるから言ってるんだ。……ああ、お前だったら、じゃないな」
少し目上にある幸樹の顔を、太一は上目に見ていった。
「お前が、いい」
その言葉に、幸樹は必死に残していた理性を捨て去った。
彼の肩を強く引き寄せ抱きしめる。
この状態で我慢するほうが、二人にとってマイナスだと思った。
どうにでもなってしまえ。
幸樹は幼馴染で、男で、誰よりも男でありたいと思う”太一”をかき抱いた。
太一も背中に腕を回し互いにきつく触れ合う。
息遣いが荒くなっていき、白い息が暗闇に溶け込む。
そうして、そのままゆっくりと胸を離し、見詰め合う。
引き込まれるように、二人の唇が重なり合った。
太一の舌を幸樹の舌がねっとり絡ませる。
そのまま歯の裏側をざらりとなぜた。
太一の、鼻から抜けるような息遣いが聞こえてきて、幸樹は更に興奮してくる。
思わず彼のシャツをたくし上げて、わき腹に手を這わせた。
ひくん、と太一の肩が震える。
しかし彼は嫌がるそぶりを見せず、一層密着するように幸樹の背中に腕を回した。
自分の背に太一の手のぬくもりを感じた幸樹は、先ほどよりも無遠慮に肌を撫で回す。
腹から胸へと手のひらを這わせると、胸の突起に引っかかった。
その二つの突起を両手の親指で押してみる。
「――ぁっ」
唇を離して、太一が小さく鳴いた。
その声が思った以上にか細くて、色っぽくて。
もっと聞きたいと幸樹は思い、今度は人差し指も使ってきつくつまんだ。
すると瞬間、太一の口から息を吐き出すような喘ぎ声が出てきた。
背中がぞくぞくするような震えを幸樹は感じる。
もう止まらない。
彼は左手をそのまま突起で弄ばせたまま、太一の太ももに右手をやった。
太ももをせわしなく撫でる。
太一の足の間に彼は座っていたので、太一が快感に耐え切れず足を蹴ってもあたらない。
太ももの次は、足の付け根にさらりと触れた。
その時、太一は焦ったように腰を引こうとしたため、彼がそれを左手で捕まえた。
「そういやお前、もうヤバかったんだよな」
ついさっき、眼球を舐めたせいで太一の性器は勃起しかけてたのを、幸樹は思い出す。
今改めてみると、それはもう完全にズボンの上からでもわかるくらい熱く膨張していた。
男に興奮させられていることに、やはりまだ少し後ろめたいものを感じているのか、太一はぷいと横に顔を向ける。
そんな反応に、幸樹は可愛く思いつつ苦笑で返す。
「いじけるなよ。俺だってもうこんなんだし」
彼は太一の右手を自分の股間に持ってきて当てさせた。
太一は、手に感じる熱さに驚く。
固く猛る彼の性器は、太一と変わらぬ快感を示している。
「男だからとか、女だからとか、そんなんじゃなくて、お前だから俺は興奮してるし、お前も俺だから興奮するんだ」
快感で濡れた、低い静かな声を出して彼は言う。
「そりゃ俺だって女の子と付き合ったことあるし、その時もキスとかして興奮した。でも、こんなに熱くなったのはお前が初めてだ」
「それって、好きってことなのか?」
「……わからない。お前はどうなんだよ」
「俺も……わからない。でも幸樹が特別だってことはわかる。触られても嫌じゃない。女みたいに触られて興奮しても、幸樹が相手なら嫌じゃない」
「じゃあ、それでいいじゃんか。今は」
「うん」
そのまま二人で、互いの性器に触れた。
我慢できずに、ズボンも下ろして直接こすり合いもしてみる。
直に感じる熱さは本物だ。
先からほとぼしる蜜は性器を濡らし、彼らの手を伝う。
幸樹が太一のそれの先端に爪をかけると、また喘ぎ声が出た。
「やばい、幸樹……っ俺、マジで感じる」
「俺も」
その言葉と共に、彼はぐっと強く握る。
太一も息を詰めらせながら、同じように幸樹の性器を触る手に力を込める。
二人を同時に襲った痺れは頭を真っ白にさせた。
幸樹も太一も、短い声が自然と出たが、太一のほうがやはりか細くて壊れそうな色気を持つ声だった。
タイチ。
快感を吐き出す瞬間、幸樹は彼の名を呟いた。
その名の通り、彼はとても太く真っ直ぐな心を持っていると思う。
だが反面、真っ直ぐすぎて危うさも存在する。
危うさは、一直線上直でちらほら見え隠れしている。
男としてありたい、男として勃起したい、男として幸樹と感じたい。
危険と隣り合わせの欲望が、そこにある。
でも、そんな様子はとても男らしいんじゃないだろうか。
名を呼ばれ幸せそうに微笑む彼を見て、幸樹は思った。
二人を本能で繋がせた雨は、まだなお続いている。
まっすぐに、しとしとと。