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結局のところ、巡査が窃盗を繰り返していたのは妹の薬代のためで、酌量の余地は十分にあった。被害者のリリィが彼を雇ったこともあり、クリスファーもマユラも見逃すことになった。屋敷に帰るリリィとも別れ、二人は事務所への帰路へつく。カウザン地区を抜けて事務所があるザンデ地区へ入ったところで、クリスファーが急に足を止めた。
「用があるならさっさと姿を見せたらどうだ?」
(はい?)
内心で疑問符を浮かべるマユラを差し置いて、廃れた灰色の事務所が並ぶ通りの影から、若い女性が姿を出した。
「こっそり後をつけていたつもりなのだけど、ばれていたのね」
気配なんて全く気付かなかった。半年暮らしていても、こんな時のファンタジー人にはついて行けない。マユラは何とも言えない気持ちになりながら、女性へ目を向ける。
金の髪を肩で切りそろえ、きりっとした青色の瞳の女性は、カジュアルなスーツに身を包んでいた。年齢は二十代の後半ほどだろう。どこか洗練された雰囲気を感じる。
「何か御用ですか?」
乾いた問いかけに、女性はたおやかに微笑んだ。
「あなた達はモンスター関係の事務所を開いているのよね。私は依頼に来たの」
事務所を開いている以上、色んな依頼人が訪れるが、こう言った形で依頼を受けるのは初めてだ。クリスファーはただ黙って女性を見つめていた。それを促しと取ったのか、女性はよどみない口調で言葉を続ける。
「今晩、ネウ地区でモンスター同士の人質交換が行われるわ。あなた達はその立会人をしてくれないかしら?」
クリスファーとマユラが顔を見合わす。人質交換というが、新聞にそのような事件は載っていなかった。
「人質交換とは、何らかの組織の抗争に関係があるのか?」
「詳しい事情は言えないわ。あなた達はただ、立ち会ってくれればいいの」
「なぜ僕に頼む?」
「スネールの四番街道からずっと、グールの男に対応するあなた達を見せてもらって、興味を持ったからよ。別に無理にとは言わないけれどね。他の人に頼むから」
案外すぐに引き下がりそうな様子の女性だが、それだったら、ここまで念入りにこちらを観察するだろうか。マユラはなんとなく嫌な予感がした。
形のない不安を口にする前に、クリスファーが口を開いた。背筋を伸ばして女性と目線を合わし、しっかりと告げる。
「引き受けよう」
(怪しさ全開なのに、引き受けちゃうんですね)
「……ありがとう。時間は深夜三時。場所はネウ地区の森林公園の一番奥よ」
最後の囁きは不思議と耳に残る、優しい声だった。女性は透明な青の瞳でクリスファーを見つめ、それからマユラに目を向けた。不審を隠さず、胡散くさそうな眼差しを返す。女性は小さく苦笑してから深く一礼した。次の瞬間、埃っぽい砂煙を巻き上げて突風が吹く。目を閉じて、開けた時には女性の姿はもうどこにもなかった。