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1‐3

 十数分後、三人はカウザン地区の裏通りに来ていた。カウザン地区はモンスターの種族が多く集まる商業街。武器屋は小人用から巨人用まで数多くの店が並び、防具屋も安いものから魔法が込められた一級品まで様々だ。ノームの細工屋や、光石を利用したホビットのランタン店。色々な魔法道具を扱う店もあり、冒険者達御用の通りとなっている。

 エルフの薬屋から男が出てきたのを見計らって、マユラは足音を忍ばせて彼に近づいた。

「モンスターのおまわりさん、お暇なら私達とお茶しませんか? さっきはそちらから誘ってきましたよね」

 茶色の紙袋をもった巡査は表情を凍らせたが、次の瞬間に訝しげに眉を寄せた。

「何か勘違いをされているのでは?」

「生憎ですが、名探偵の推理で謎は解明されています」

 至近距離で眺めてみると、服が違うだけでナンパ男によく似ている。

 そもそも、いくら事件が解決したとはいえ、報告書も作らず持ち場へ戻る警察は不自然だ。現場へ駆けつけた速さといい、犯人の男が変装して何食わぬ顔で姿を現したと考えるのが妥当なところだろう。

 クリスファーが男の前へ進み出た。

「最近、女性を狙った窃盗事件が続いているらしい。それも君がリリィに使ったのと同じ手口でね。……犯人がグールだと知られるのは時間の問題だ」

 巡査は表情を消した。不穏な紫色の瞳がクリスファーを見つめる。

「とぼけても無駄のようだな。何が目的だ? 俺を逮捕するつもりか?」

「そんなことはしないさ。モンスター同士、お互いの苦労は分かっているつもりだ」

「お前がモンスター?」

「ああ。僕は高位の悪魔なんだ」

 そう言って肩をすくめたクリスファーは、少しだけ寂しそうだった。

 マユラは不審そうに彼を見つめる。二か月ほど一緒に暮らしているが、彼が悪魔なんて初耳だ。モンスター・カウンセラーの設立者だから、モンスターの可能性は十分にあるが……。

「まあ、クリスファーさん悪魔でしたの」

 リリィが呟く。彼女は畳んだ日傘に両手を添えながら目を丸くしているが、マユラも正直、同じ気分だ。クリスファーは二人を一瞥して軽い笑みを見せた。

「悪魔で探偵でモンスター・カウンセラーだなんて、かっこいいだろ? それはさておき、そんな汚い金で薬を買っていると知ったら、君の妹は悲しむだろうね」

 巡査が目を見張った。素早く紙袋を後ろに隠す。

「な、なぜ……俺に妹がいるとわかった?」

「簡単なことさ。袋から桃色の手袋が見えたよ。女性への贈り物だ。恋人ではないのはアキッドのアイスを勧めたところからも明白だ。それに君が持っている薬は、メデューサ病の治療薬だからね。その病は、魔物の子供が発病しやすい病気だ」

 年頃の女性がそばにいる男ならば、アキッドの噂を聞いているだろう。百年の恋も冷めるアイス――ナンパ目的には不自然な店だと。マユラはちらりとクリスファーへ視線をやる。得意気にふんどり返る少年の姿と、注意深い観察眼の持ち主、同一人物に思えないが、その両面を有するのがクリスファーだ。

(まあ、クリスファーさんのわかりやすい性格は嫌いじゃないですけど、彼って、致命的な弱点があるんですよね)

 マユラの冷めた黒瞳が、ぶるぶると震える巡査の拳を捉えた。

「お前は、俺の苦労がわかっていると言ったな。……わかるものか! 働こうにも、雇い主は俺がグールだと知ると首にする。五年もやっていた巡査だって首にされた! 信用ならないんだとよ。人を殺して屍骸を喰う屍食鬼なんてな! 俺はそんなことしないと言っても聞く耳持たない!」

 紫色の瞳がクリスファーを激しくねめつける。正面から敵意をぶつけられて、クリスファーはたじろいたように一歩下がった。

「あ、ああ……そうなのか。それは大変だな」

「大変だな、だと! 俺を馬鹿にしているのか!!」

「いや、馬鹿にした覚えはないが……」

 巡査は、今すぐつかみ掛からんほどの剣幕だ。

(クリスファーさん、思ったことを何でもすぐ口にするから……)

 致命的な弱点――端的に言うと空気が読めない。

 それをフォローするのは助手の仕事だろう。

「リリィさん、私はいいと思いますよ」

 さりげなくリリィの耳元で呟くと、はっとした紅の瞳がマユラを映す。マユラは彼女に向けて力強く頷いて見せた。

 リリィが巡査の前に進み出る。心配してくれた少女から金を巻き上げた後ろめたさがあるのか、巡査は少々バツが悪そうな顔になって、振り上げていた拳を降ろした。

「わたくしのお金を返してくれませんか?」

「……ああ。……薬は、あそこの店で買った。すぐに行けば返品できるだろう」

 観念したのか、素直に財布と買ったばかりの薬を渡してくる。リリィはにっこりと微笑んで、財布を握る巡査の手を両手で優しく包み込んだ。

「これはわたくしの屋敷で、あなたを雇う前金ですわ。まさか断りませんわよね?」

 巡査は何を言われたのかわからないという風にきょとんと眼を瞬かせた。しばらくして我に返ったのか、自分の手をつかむ白い両手へ視線を落として、わずかに顔を赤らめた。

「は? な、何を言ってるんだ……俺はグールだと言っただろう!」

 女性に免疫がないらしく激しく動揺している。リリィは不敵に微笑んで、バックからブラッド・チョコレートを取り出した。

「あら、わたくしは吸血鬼ですわよ」

 そう言ってブラッド・チョコレートを一つ、口に含んで見せる。

 いまいち決まっていない気がするのは、きっとマユラの思い過ごしではないだろう。

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