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4-6

 暗い夜の世界を照らすのは、屋敷の明かりと、玄関につけられた照明だけ。

 悪魔と契約したブライアンを前にして、クリスファーはただ剣を重ねた。

 正面から何合か打ち合い、距離を取った。相手はもちろんこちらを殺す気だろう。だけどクリスファーの覚悟は定まらない。

 悪魔が憑いているとはいえ、彼は人間だ。

 それに悪魔だからと言って、排するのは正しいのか。

 人とその他の種族が共存できるようにと、そう望んでいたはずだ。

 迷いを捨てきれないまま、クリスファーは叫ぶ。

「ハデス! リリィを頼む!」

 返ってきたのは苛立ちの交じる声だった。

「言われなくてもわかってる!」

 屋敷の傍で、ハデスは背後に困惑するリリィを庇ったまま二人の戦いを凝視する。

 クリスファーは自らの相手に向き直った。

 ブライアンは、思うように攻められずに舌打ちする。

「しつこい奴だ」

 彼の瞳が不自然に輝く。

 クリスファーは顔をしかめた。

「これ以上、力を使うと……戻れなくなるぞ」

 構わないとばかりに、ブライアンは笑みを深める。

 突如、彼の体が黒く染まっていく。黒く染まった髪からは二本の角が伸び、口は裂けて鋭く尖った牙が見えた。彼が伸ばした手には長い爪が伸び、手の平に浮かぶのは赤い玉。

 放たれた火球を、クリスファーは小さく呪を呟いて生み出した青紫の影によって消した。

「面白い。ならばこれはどうだ?」

 遊び半分な言葉と共にブライアンの周囲に生まれたのは幾つもの火球。

 無差別に放たれたそれを消失させるために、クリスファーは小さく目を閉じて集中する。

 全てをさばききったクリスファーに送られたのは、無機質な拍手の音。

 ブライアンが冷めた目でこちらを見ていた。

 彼が本気になって攻撃してくれば、クリスファーに勝ち目はない。

「どうするんだ?」

 問いかけてくるハデスに、クリスファーは表情を硬くする。

「倒すしかない」

 しかし、その方法が思いつけない。力では負けている、かといって説得に応じる相手ではない。迷うクリスファーに、彼は淡々と告げる。

「私は雷獣の力を手に入れる。そのためにエクソシストを唆したのだ」

 ブライアンの振りをしているが、彼の声も口調も先ほどまでとはかけ離れていた。

「お前は悪魔だな?」

 問うと、男は面白そうに目を細めた。

「ふむ。貴様のことは知っている。同胞が世話になったな」

 クリスファーは、かつて悪魔に会ったことがある。人間に化けて、近づき、エクソシストの内情を探ってきた悪魔に、まんまと情報を渡した。

 苦い記憶がよみがえり、クリスファーは剣を構えると男へと斬りかかる。

「黙れ!」

 怒りのままの行動は単調で、ゆえに読まれやすい。

 余裕のある動作で迎え撃とうとする男だが、その前にクリスファーの剣が止まった。

 横から彼の剣を止めたのは、警棒を持ったハデスだ。

「冷静になれ! 奴の思うつぼだぞ」

 クリスファーははっとして頷く。

「……助かった」

 悪魔が面白くなさそうに睨んできた。

 再度、火球を生み出そうと手を上に向けた悪魔が、抑えきれないように笑いだす。

「くくくっ、この力だ! この力があれば、何だってできる! 没落貴族だと馬鹿にされることもなく、能力の差に嘆く必要もない」

 ブライアンだった。悪魔とブライアンの意識は歪に重なり合っている。

 そしてブライアンは、水から自分の意識を捨て去った。

「さあ悪魔! 僕の全てを持っていけ!」

 にやりと悪魔が笑った気がした。

 嫌な予感を覚え、クリスファーは剣で斬りかかる。

「駄目だ!」

 剣先は、ブライアンに届く前に、固い障壁に拒まれた。

 ブライアンを中心に衝撃波が発生して、クリスファーは呪を唱える。

「顕現せよ紫暗の煙、結界よ、四方に立ちて阻み拒め!」

 男の四方に発動した結界が衝撃波を封じ、屋敷を守った。

 砂煙が男の姿を隠す。

「何が起きたんだ?」

 ハデスは状況が呑み込めないように呟いた。

 砂煙が晴れた後、立っていたのは黒い体に二本の角、そして黒い羽をもった悪魔だった。

 悪魔は自らの体を見下ろし、感慨深そうに言う。

「素晴らしい。まるで、生まれ変わったようだ」

 そこにはブライアンの気配などなかった。

 完全に、人間ではなく存在へと変容している。

 クリスファーはかすかに目を伏せた。

「悪魔に魂を売ってしまったんだな」

 ハデスが警棒を悪魔へ向けながら皮肉気に言う。

「ならば、手加減する必要はない」

 二人で同時に飛び出して、悪魔の左右から攻撃した。

 だが、剣先は左手で、警棒は右手であっさりと止められる。

「遅い」

 悪魔はそのまま、武器と一緒に二人を投げ飛ばした。

 クリスファーは態勢を整えて、地面へと着地する。

 悪魔は呆れ気味に前へと進む。

「エクソシストといえ、所詮は人間か」

 屋敷へ向かう彼を止めようと攻撃するが、あっさりといなされた。ハデスが攻撃する隙にクリスファーが剣を突きだしたが、体にあたった剣とて傷つけるまでにはいたらない。

 それは実力が違いすぎるから。

 悪魔の手から発生した衝撃波がハデスを襲い、屋敷の壁へと叩きつける。

「ハデスさん!」

 悲痛な表情で叫ぶリリィに、悪魔が近づいた。

「女、雷獣は家の中にいるのか?」

 リリィは青ざめた表情で、だけと口は閉ざしたまま悪魔を見つめる。

「答えなければ、殺す」

 震える彼女の唇が、ぎゅっと引き結ばれた。彼女は、言わない。だからまずい。

「止めろ!」

 動けないままハデスが叫び、悪魔へと攻撃したクリスファーはあっさりと受け止められる。悪魔の左手に掴まれたまま、剣はまったく動かせなかった。

 無表情な悪魔の瞳がリリィを見据え、その右手が彼女に伸びる。

 不意に悪魔が振り返った。

 慌ててその場を飛び退いた悪魔の、先ほどまでいた場所を捕えたのは細い光。

 悪魔は警戒の視線を光の根本へと投げかける。

「この光はなんだ?」

 そこにいたのはマユラだった。彼女の拳から、細い光が伸びている。

 悪魔の視線を受けて、マユラは冗談めかして笑う。

「さあ、なんでしょうね。必殺秘密兵器で、あなたが木端微塵になるかもしれませんよ?」

 実はポケットに入ったままだったペンライトなのだが、その存在を悪魔は知らない。この世界の誰だって、知らないだろう。

「マユラ!?」

 クリスファーは現れた黒髪の少女の存在に虚を突かれた。

 目を瞬かせる少年に、少女は悠然と微笑む。

「クリスファーさん、しっかりしてください。か弱い乙女にここまでさせるなんて、ひどいですよ?」

 余裕さえ感じられる態度だが、彼女は無力な少女に過ぎない。内心では、怖れや震えを隠すのに精いっぱいかもしれない。

 クリスファーは悪魔からマユラを守るようにして立った。

「助かった。あとは僕に任せてくれ」

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