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4-5

 近づいてきたのは白衣に身を包んだ男。亜麻色の髪に青い瞳のブラインが、普段とは全く違う冷たい表情で佇んでいた。彼の正面に小さな太陽のようにまん丸い発行物体が浮かんでいる。術か何かで出した照明らしい。

「ブライアン、どういうつもりだ?」

 クリスファーが鋭い視線で彼を見据える。

 対するブライアンは、冷たい表情のまま肩をすくめた。

「まさかコルターの息子がこの街に来ているとはね。いやはや、驚いたよ」

 ブライアンとコルターが親しげだったのを思い出す。クリスファーとも知り合いでもおかしくはないだろう。

「ライくんを狙ったのは、あなたですね」

 マユラが睨みつけると、ブライアンは悪びれることもなく笑った。

「雷獣の子供は、良い金で売れるんだ」

「最低ですね」

 モンスターの子供たちを閉じ込めていたのも、同じ理由からだろう。

 クリスファーがすっと前に出て、ブライアンに対峙する。

「どうして、こんなことをする? お前は、メデューサ病の子供を死んだと偽って、裏で売りさばいていたんだろう」

「どうして? そんなのは決まっている。金のためだよ」

 ブライアンは落ち着いた佇まいを崩さない。

「役に立たないモンスターでも金になれば、役立てるだろう? モンスターと結婚したいと言った時は馬鹿かと思ったが……ベロニカは我が愚昧ながら、雷獣の子供を産んだことだけは評価できる。半獣とはいえ、金には十分だ」

「ライとベロニカを襲撃したのはお前か?」

 クリスファーの詰問に、マユラは目を瞬く。初耳だ。どういうことですか? という視線に気づいたのかは定かではないが、クリスファーが補足する。

「おそらくだが、ベロニカはエクソシストとして働いていた。そして、雷獣と恋愛関係になったのだろう。それから彼女は姿を消した。だけど、何者かに見つかって追われる身となり、ライを手放さなければならなかった」

 ブライアンは唇を曲げて酷薄な笑みを浮かべた。

「駆け落ち当然に家を出た妹を、兄として探したよ。彼女の子供は当然、僕の身内でもあり僕の所有物だ、僕がどうしようとかまわないだろう? 邪魔をした雷獣は殺してやったよ。生きて捕えられればよかったのだけどね」

 クリスファーは目を細めて、剣を抜いた。

「然るべき裁きを受けてもらう」

 落ち着いた口調にはまぎれもない怒りが宿っている。マユラは黙ったまま対峙する二人を見つめていた。ハデスも、子供たちがいるせいか動けないでいる。

 ブライアンは余裕たっぷりで、口元に笑みさえ浮かべる。

「残念ながら、半人前に、僕は捕まらないよ」

 ブライアンが指を鳴らす。彼の傍で照明の役割をしていた光が膨らんで、まばゆい閃光を放って弾ける。クリスファーは素早く障壁を作った。

 目くらましの後の、攻撃を防ぐために。

 だけどブライアンはもとより危害を加えるつもりはなかった。

「さて、雷獣の子供はリリィという子の家にいるのだね。リリィ……吸血鬼の娘か。なるほど、教えてくれてありがとう」

 言葉を残して、彼の気配がすっと遠ざかっていく。

 ようやく目が慣れてきたマユラは通路の奥を見据えるが、白衣の男の姿はどこにも見つけられなかった。クリスファーがわずかに顔をしかめ、駆け出した。

「追うぞ!」

 幸運なことに、病院では騒ぎになっていなかった。もしかするとブライアンが人を遠ざけたのかもしれない。誰にも見つからずに、マユラたちは病院から抜け出した。

 リリィの家に戻らなければいけないが、少し躊躇いがあった。

「子供たちはどうしますか? 連れていくわけにはいかないでしょう?」

 クリスファーに問うと、彼はしばらく悩んだ後、ハデスへ目をやる。

「……エギュトに任せよう。頼んでもいいか?」

 ハデスは嫌そうに唇を曲げて、顎でマユラを示した。

「どう考えても、俺よりもこいつのほうが戦闘力ないだろ」

「つまるところ何を言いたいんです?」

 嫌味を返しつつも、マユラは今の状況を知っている。時間がないので、彼が言いださなければこちらから言うつもりだった。

 だがハデスも心得ているのか、言葉をぼかした自分を悔いているようだった。

 今度はマユラへと、はっきりと口にする。

「俺はこいつとあのブライアンって男を追う。子供たちは任せた」

 意外だったのか、クリスファーが目を瞬く。

 マユラは小さく笑みを浮かべると、涼しい表情で頷いた。

「了解しました」

 病院からモンスタークラブへ行くには、リリィの家とちょうど反対の方向になる。クリスファーたちと別れて、マユラは子供たちを誘った。

 不安そうにしながらも、彼らはマユラの指示に従ってくれる。メルが協力してくれたのも大きかった。彼女たちは同じ病院に入院していたので、顔見知りらしい。

 ブライアンは、病気が完治したモンスターの子供たちを、亡くなったと偽って裏で売りさばいていたのだろう。許されないことだ。

 モンスタークラブにはまだ明かりがついていた。マユラがほっとして地下の店におりる。中に残っているのは、エギュトだけらしかった。

 帰り支度をしていた彼は、マユラの背後にモンスターの子供たちを見止めて、黄色い目で探るようにマユラを見る。

「この子たちは……?」

「手短に説明すると、ブライアンという悪い男に捕らわれていた子供たちです」

 マユラは大雑把に、病院から逃げてきたのだと話す。

 そんな説明でエギュトが理解したとは思えないが、彼は奥の広場への扉を開けて、店内に入れてくれる。

「とにかく中に入りなさい。そこは寒いだろう」

 暖房に火をともして、子供たちがその周りに集まる。エギュトは温かい紅茶を入れてくれた。クラブだけあり、コップは多くあるようだ。

 一息ついたところで、マユラはメルへと囁く。

「メルさん、説明を頼みますね」

 真面目な表情から、メルはマユラがどうするつもりか悟ったのだろう。こくりと頷いてくれた。エギュトも、事情を知らないようだが止めはしなかった。

「お姉さん……気をつけてね」

 マユラは微笑みを返す。気をつけたところで、どうしようもない可能性をはっきりと視野に入れつつも、行動せずにはいられなかった。

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