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近づいてきたのは白衣に身を包んだ男。亜麻色の髪に青い瞳のブラインが、普段とは全く違う冷たい表情で佇んでいた。彼の正面に小さな太陽のようにまん丸い発行物体が浮かんでいる。術か何かで出した照明らしい。
「ブライアン、どういうつもりだ?」
クリスファーが鋭い視線で彼を見据える。
対するブライアンは、冷たい表情のまま肩をすくめた。
「まさかコルターの息子がこの街に来ているとはね。いやはや、驚いたよ」
ブライアンとコルターが親しげだったのを思い出す。クリスファーとも知り合いでもおかしくはないだろう。
「ライくんを狙ったのは、あなたですね」
マユラが睨みつけると、ブライアンは悪びれることもなく笑った。
「雷獣の子供は、良い金で売れるんだ」
「最低ですね」
モンスターの子供たちを閉じ込めていたのも、同じ理由からだろう。
クリスファーがすっと前に出て、ブライアンに対峙する。
「どうして、こんなことをする? お前は、メデューサ病の子供を死んだと偽って、裏で売りさばいていたんだろう」
「どうして? そんなのは決まっている。金のためだよ」
ブライアンは落ち着いた佇まいを崩さない。
「役に立たないモンスターでも金になれば、役立てるだろう? モンスターと結婚したいと言った時は馬鹿かと思ったが……ベロニカは我が愚昧ながら、雷獣の子供を産んだことだけは評価できる。半獣とはいえ、金には十分だ」
「ライとベロニカを襲撃したのはお前か?」
クリスファーの詰問に、マユラは目を瞬く。初耳だ。どういうことですか? という視線に気づいたのかは定かではないが、クリスファーが補足する。
「おそらくだが、ベロニカはエクソシストとして働いていた。そして、雷獣と恋愛関係になったのだろう。それから彼女は姿を消した。だけど、何者かに見つかって追われる身となり、ライを手放さなければならなかった」
ブライアンは唇を曲げて酷薄な笑みを浮かべた。
「駆け落ち当然に家を出た妹を、兄として探したよ。彼女の子供は当然、僕の身内でもあり僕の所有物だ、僕がどうしようとかまわないだろう? 邪魔をした雷獣は殺してやったよ。生きて捕えられればよかったのだけどね」
クリスファーは目を細めて、剣を抜いた。
「然るべき裁きを受けてもらう」
落ち着いた口調にはまぎれもない怒りが宿っている。マユラは黙ったまま対峙する二人を見つめていた。ハデスも、子供たちがいるせいか動けないでいる。
ブライアンは余裕たっぷりで、口元に笑みさえ浮かべる。
「残念ながら、半人前に、僕は捕まらないよ」
ブライアンが指を鳴らす。彼の傍で照明の役割をしていた光が膨らんで、まばゆい閃光を放って弾ける。クリスファーは素早く障壁を作った。
目くらましの後の、攻撃を防ぐために。
だけどブライアンはもとより危害を加えるつもりはなかった。
「さて、雷獣の子供はリリィという子の家にいるのだね。リリィ……吸血鬼の娘か。なるほど、教えてくれてありがとう」
言葉を残して、彼の気配がすっと遠ざかっていく。
ようやく目が慣れてきたマユラは通路の奥を見据えるが、白衣の男の姿はどこにも見つけられなかった。クリスファーがわずかに顔をしかめ、駆け出した。
「追うぞ!」
幸運なことに、病院では騒ぎになっていなかった。もしかするとブライアンが人を遠ざけたのかもしれない。誰にも見つからずに、マユラたちは病院から抜け出した。
リリィの家に戻らなければいけないが、少し躊躇いがあった。
「子供たちはどうしますか? 連れていくわけにはいかないでしょう?」
クリスファーに問うと、彼はしばらく悩んだ後、ハデスへ目をやる。
「……エギュトに任せよう。頼んでもいいか?」
ハデスは嫌そうに唇を曲げて、顎でマユラを示した。
「どう考えても、俺よりもこいつのほうが戦闘力ないだろ」
「つまるところ何を言いたいんです?」
嫌味を返しつつも、マユラは今の状況を知っている。時間がないので、彼が言いださなければこちらから言うつもりだった。
だがハデスも心得ているのか、言葉をぼかした自分を悔いているようだった。
今度はマユラへと、はっきりと口にする。
「俺はこいつとあのブライアンって男を追う。子供たちは任せた」
意外だったのか、クリスファーが目を瞬く。
マユラは小さく笑みを浮かべると、涼しい表情で頷いた。
「了解しました」
病院からモンスタークラブへ行くには、リリィの家とちょうど反対の方向になる。クリスファーたちと別れて、マユラは子供たちを誘った。
不安そうにしながらも、彼らはマユラの指示に従ってくれる。メルが協力してくれたのも大きかった。彼女たちは同じ病院に入院していたので、顔見知りらしい。
ブライアンは、病気が完治したモンスターの子供たちを、亡くなったと偽って裏で売りさばいていたのだろう。許されないことだ。
モンスタークラブにはまだ明かりがついていた。マユラがほっとして地下の店におりる。中に残っているのは、エギュトだけらしかった。
帰り支度をしていた彼は、マユラの背後にモンスターの子供たちを見止めて、黄色い目で探るようにマユラを見る。
「この子たちは……?」
「手短に説明すると、ブライアンという悪い男に捕らわれていた子供たちです」
マユラは大雑把に、病院から逃げてきたのだと話す。
そんな説明でエギュトが理解したとは思えないが、彼は奥の広場への扉を開けて、店内に入れてくれる。
「とにかく中に入りなさい。そこは寒いだろう」
暖房に火をともして、子供たちがその周りに集まる。エギュトは温かい紅茶を入れてくれた。クラブだけあり、コップは多くあるようだ。
一息ついたところで、マユラはメルへと囁く。
「メルさん、説明を頼みますね」
真面目な表情から、メルはマユラがどうするつもりか悟ったのだろう。こくりと頷いてくれた。エギュトも、事情を知らないようだが止めはしなかった。
「お姉さん……気をつけてね」
マユラは微笑みを返す。気をつけたところで、どうしようもない可能性をはっきりと視野に入れつつも、行動せずにはいられなかった。




