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当然ながら、夜に開いている病院は少ない。マユラのいた世界ならともかく、ヴァレナには皆無と言ってもよい。
ブライアンの病院も、灯りが消されて入口が閉ざされていた。クリスファーは術を使って扉を開ける。つくづく、エクソシストとは便利なものだ。
真っ暗な廊下をランタンで照らして、クリスファーは剣の鞘で床を叩きながら、ゆっくりと進んでいく。
不意にクリスファーが足を止めた。
「この辺りが怪しいな」
クリスファーは座り込んでランタンの光を廊下へ近づけると、丹念に調べ始める。マユラはしゃがみこんで、彼を見つめていた。
やがてクリスファーは取っ手のようなへこみを見つける。
開いてみれば、下へ続く階段が現れる。
「地下か」
病院に隠された地下がある。きな臭い話だ。
「誰か、警察の人とか呼ばないんですか? エクソシストでも構いませんし」
「敵に気づかれたら厄介だ。とりあえず、様子だけでも見てみよう」
降りていくクリスファーの後にマユラも続こうとした時、こちらに迫る足音が聞こえた。
「待ってくれ。俺も一緒に行こう」
「ああ、ハデスさんですか。驚かせないでくださいよ」
戦力は多いほうがよさそうなので、マユラは異論なくハデスを受け入れる。クリスファーも特に何も言わず、地下へと階段を降りていく。
地下の通路は奥に続いているようだ。固まった地盤は天然の洞窟を感じさせ、照明の一つもなかった。クリスファーは灯りを掲げて前を照らしながら、ゆっくりと進んでいく。
やがて見えてきたのはやけにアンバランスな扉だった。
ノブに手をやって開く。鍵はかかっていない。
「部屋があるみたいだな。それも複数の」
灯りをあげて遠くを照らす。左右にずらりと並んだ扉が見えた。鉄製の扉は上部分にわずかに格子窓がついているだけ。
扉の一つに近寄って中を確かめたクリスファーは、驚きを顔にした。
「モンスターが捕えられているのか!?」
マユラが反応するより先に、飛び出したハデスがクリスファーを押しのけるようにして扉の格子窓を覗き込んだ。
「おい、お前! 大丈夫か?」
心配する声が投げ込まれ、中から弱々しく肯定が返ってきた。
マユラは反対側の扉の中を確かめた。背伸びをすれば、格子窓から中を見られる。光源のない小さな部屋に、背に翅をもつ子供が閉じ込められていた。灯りに気づいたのか、その子が視線を向けてくる。諦めの交じった、空虚な瞳だ。
言葉もないマユラの背後で、ハデスが激昂を露わにする。
「どういうことだ! 人間は一体、ここで何をして――」
「お兄ちゃん……?」
細く澄んだ声は、扉の一つから聞こえてきた。ハデスが信じられない物を見るような目で声が聞こえてきた扉に近づく。
「メル? メルなのか?」
「お兄ちゃんなの?」
確かに声はハデスの妹のメルとよく似ている。
「マユラ、これを頼む」
ランタンを押し付けられて、マユラは持ち手を握り込む。
クリスファーは瞬きより少し長い程度目を閉じ、何かを受け取るように右手を上に向けた。
「紫煙よ、塊へ擬して、鍵と化せ」
彼の周囲に沸き上った紫色の煙が、牢屋の鍵穴に吸い込まれた、それからクリスファーの右手に向かって戻ってくる。煙はどんどん黒凝縮されていき、やがて小さな鍵になる。
クリスファーはそれで牢屋を開けた。
「メル!」
ハデスが彼を押しのけるようにして牢屋の中に入る。閉じ込められていたのは間違いなくハデスの妹のメルだ。ランタンの明かりに照らされて、銀色の髪が輝いてみえた。陰りを帯びていた瞳が、ハデスを見つけて明るくなる。
立てないでいるメルの傍に膝をついて、ハデスが彼女を優しく強く抱きしめた。マユラはなんとなしに眺めながら、ほっとした気持ちもある。メルが無事で、喜ばしく感じた。
クリスファーは先ほどと同じようにして鍵を作ると、次々に牢屋を開けていった。マユラは助手として、ランタンで開ける扉を照らしていく。
全ての扉を開けて子供を解放する。モンスターの子供の数は十四人だった。
「こんなに閉じ込められていたのか」
クリスファーが難しい顔になった。
マユラも疑問を持った。あらためて見ると異常な事態だ。
「ここって、病院ですよね? どうして……」
クリスファーはハデスに子供達を任せて、距離をとると、声を落として教えてくれる。
「おそらくは、人身売買だ。いや、モンスターだから人身ではないか。しかし、それと同じことが行われていたのだろう。これが、自然公園を狙っていた理由か」
いきなり自然公園の話が出てきて驚く。
「どういう意味ですか?」
「あの公園の地下には、街の外へ出るための秘密の地下通路があるんだ。その存在を証明して建物を建てるのに不安があると示せば、工事は中断すると思ったんだけど……ああ、今はこんな話は関係ないか」
クリスファーは首を振って話を中断すると、ハデスへと向き直った。
「とにかく脱出しよう。リリィとライが待っている」
ハデスは頷いて、背後の子供達を見やる。
「こいつらも、リリィの家にいれば安全か」
リリィの家は広いし財力もあるので、少しの間だけ子供を匿うくらいは苦にならないだろう。とりあえずは子供を助けるのが先だと思い、来た道を戻ることにする。
しかし、道の先に明かりが見えた。
「困るんだよね、勝手なことをされたら」