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1‐2

「黒服の男だし、あいつが犯人なんじゃねえのか?」

 何処からか聞こえてきた茶化し声にも、クリスファーは態度を崩さない。

「ははっ、名探偵に嫉妬とは見苦しいな」

「はあぁぁっ?」

 マイペースな様子に、マユラは今度こそ「はぁ」と息を吐きだした。

「クリスファーさん、相変わらずですね」

「褒め言葉と受け取っておこう。それでは現場検証だ。君達がここで何をやっていたか答えてくれないか?」

 人垣を抜けてマユラ達の傍へ来たクリスファーは、探偵よろしく大仰に腕を広げた。目を瞬いて反応できないリリィと巡査を放置して、マユラは説明を始める。クリスファーの意味不明の動作には、二か月ですっかり慣れてしまった。

「えっと、私とリリィさんが変な男にナンパされまして、断ったところでその男が突然倒れて苦しみだしたんです。男は黒服の男にやられたとあの辺りを指さしました。でも犯人はみつけられなくて、男の死体も消えていたんです」

「なるほど。では僕がナンパ男の役割をしよう。彼が君達を口説いていて、それで突然倒れたんだね。そのときリリィはどこにいたんだ?」

 問いかけられて、リリィははっとしてクリスファーへ向き直った。それから彼女は、地面にしゃがんだクリスファーに応じて、彼の傍へ膝をつく。

「わたくしは彼に大丈夫ですかと呼びかけましたわ、クリスファーさん」

「それからナンパ男はあの辺りを指して、黒服の男がと言ったんだね」

 マユラははっきりと頷いた。しかしそんなことを確かめて何になるのだろう。

「それがどうしたって言うんだ。そんなことして意味あるのか?」

 マユラと同じ疑問を持ったのか、野次馬の中から苛立った声が上がる。

 その言葉を待っていたとばかりに、クリスファーは野次馬に向き直って、得意気な顔で人差し指をちょいちょいと振って見せた。

「これは心理的トリックだよ。倒れた人間が震える指で犯人を指させば、周辺の視線はそちらへ行く。一瞬だけ、彼から視線が離れるんだ。裏路地へ逃げ込むのは簡単だったろうね」

「逃げ込むって……もしかして」

「そう。彼は初めからリリィに目をつけていた。高価な服、丁寧に整えられた髪。身分の高い者だと思ったんだろう。彼女の鞄に財布があることに気づいた彼は、死にかけた振りをして彼女を近づけさせ、鞄から財布を盗って逃げたってわけだ」

 リリィは倒れた男の傍へ膝をついていた。男が指し示した犯人に気を取られている彼女から財布を抜き取るのは、簡単だっただろう。つまるところ男が倒れたのは仮病にすぎず、黒服の男なんて最初からいなかったのだ。すべては、金を奪うための狂言。

「クリスファーさんのおっしゃるとおりですわ。わたくしの財布がなくなっています」

「まんまとやられましたね」

 マユラは小さい声で「あの糞野郎」と毒づく。おそらく男は、マユラにちょっかいを出して先に行かせ、リリィがそばに来たタイミングで倒れてみせたのだろう。……マユラではなく、リリィに介抱されるために。

「まあ、ざっとこんなもんさ。どうかな名探偵の推理は?」

「推理はわかりましたけど、財布を取り返せないなら何の意味もありませんよ。結局、犯人には逃げられたわけでしょう?」

「また同じことが起こった時に対策できるじゃないか」

「こんな事件、そう頻繁にないと思いますけどね」

 呟いてマユラは肩をすくめた。

 クリスファーの推理に納得したのか、一人、二人と集まっていた人が買い物に戻っていく。マユラは、道具屋に入っていく親子やおとなしく持ち場に帰る巡査を眺めた。

「で、これから何をするつもりですか? あんな茶番じみた推理をして犯人を見逃したのには、ちゃんと理由があるんでしょう」

 冷めた言葉に、リリィは目を丸くしてこちらを見返し、クリスファーは嬉しそうに口元をゆるませた。

「さすがは僕の助手だ。この僕の薔薇色の脳細胞を解き明かすなんて――」

「御託はいいのでとっとと話してください」

「……そうだね。君はもう察しているかもしれないが、この事件の犯人はグールだ。グールは知っているだろう。自由に体の色を変えられるモンスターだ」

 グールは砂漠に潜む悪魔だ。遭難者の死体を喰うことから人間に嫌われており、子供や旅行者を騙して殺し、その死体を喰うという悪評まで流れている。

 マユラにも知識はあったが、今回重要なのはグールの情報ではない。事件の犯人がわけありらしいモンスターで、クリスファーが彼に関わる気が満々ということだ。

(やっぱり、タダ働きになりそうですね)

 ナンパ男にアイスくらい奢ってもらえばよかったと、いまさらながら思うマユラだった。

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