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4-1

 雪はもう、止んでいる。

 クリスファーがマユラを連れてきたのは、先ほどまでいた図書館の近くだった。外灯の光に照らされながら、くたびれたコートを着た中年の男が歩いている。

「まだ探していたのか。案外に律義な男だ」

 クリスファーがぽつりと呟いて、彼に近づく。外灯の下まで行くと、クリスファーの姿に気づいたのか、男が驚いたように目を丸くした。

 クリスファーは両手をあげて、戦う意思がないことを表す。

「ヴィクトール、一時休戦と行こうか」

 話しかけられた男は、眉を寄せて不審を露わにした。

「どう言う意味だ、モンスター・カウンセラー」

「言葉通りだよ。なんなら、君の探偵事務所に依頼という形をとってもいい。幼子が攫われたのを、取り戻すのを手伝ってほしい」

「それは警察の仕事だろう」

 困惑を含んだ言葉に、マユラは内心で確かにそうだろうと同意する。

 クリスファーはしかし、狼狽えることなく告げる。

「細かいことはどうだっていい。僕は果たすべき仕事が終わったら、おとなしく君に従おう。君にとっても、悪くない話だと思うが?」

 ヴィクトールは考えるように、しばし思案を見せた。

「ふむ、信用はできないが……お嬢さん、幼子が攫われたというのはどういうことだ? お嬢さんと一緒にいた子供のことで合っているか?」

 問いかけられて、マユラは肩をすくめる。

「ええ、そうです。あなたと別れてから色々と合ったんですよ。まあ不幸なすれ違いと言ってもいいかもしれませんが、人攫いから保護する形をとられました。こんな人畜無害な少女を人攫いだなんて、笑っちゃいますよね」

 飄々とのたまってみると、ヴィクトールはわずかに目を眇めた。

「……人畜無害?」

 彼を鞭で脅したこともあったが、それはそれ、マユラは自分を比較的穏やかな部類の性格だと認識している。

 ややあってから、ヴィクトールは諦めたように首を振った。

「わかった。何よりまず、幼子を保護しなくてはな」

 話がまとまり、マユラは夜道を先導して、ヴィクトールとクリスファーを病院へ連れてきた。小さな診療所からは、白い灯りがもれている。

「マユラはここで待っていてくれ」

 頷くマユラを一人残して、クリスファーとヴィクトールはガラス張りの扉を開いて診療所へ入る。室内に照明はついているが、人気はない。

 音で来客を知ったのか、白衣姿の女性が小走りで近づいてきた。

「なんのご用でしょうか? もう時間ですので、申し訳ありませんが診察のほうは……」

 ヴィクトールが進み出る。

「ここに金髪の子供がいるだろう。私はその子の保護者だ。返してもらいたい」

 堂々とした態度で告げられた言葉に、看護師は躊躇いがちに迷いを口にする。

「でも、あの子はコルターさんが探している子供だと」

「コルター? 間違いないのか?」

 クリスファーが口を挟んだ。看護師は仮面をつけた少年に不審そうな視線を送ったが、彼がまだ少年と言っていい年齢だと知ると、訝しげにしつつも頷く。

「はい」

 彼女の答えにクリスファーは笑みを浮かべた。

「ならば何も問題ない。コルター・スティーヴンスは僕の父親だからな」

 クリスファーが指輪を見せると、看護師ははっとして姿勢を正した。表面に妙な文字が刻まれた黒い指輪はエクソシストの身分を示すと、子供だって知っている。

 ヴィクトールが、怯む看護師に言葉を重ねる。

「コルターに代わって、その子を引き取りに来た。とりあえず会せてくれないか?」

 あくまでも腰を低くして伺えば、看護師はしばしの躊躇いの後、奥へ歩きだした。

 小さな部屋のベッドの上に、金髪の幼子が寝ていたが、彼は入ってきた少年を見て嬉しそうに起きあがった。

「あ、クリスにーちゃ。それに知らないお――」

「ライ! 病気の具合はどうだ? マユラが心配していた」

 知らないおじちゃん、と言いかけたであろう言葉を遮って、クリスファーはライの傍に来る。病気だと聞いていたが、顔色はずいぶんと良い。

 ライは満面の笑顔で大きく頷く。

「大丈夫。マユねーちゃは?」

「ああ、外で待っているよ。だから帰ろうか」

 病み上がりの雷獣の子供を抱き上げると、看護師が戸惑ったように声をあげた。

「待ってください! 院長に許可を貰わないと」

「診察料はいくらかね」

 すかさずヴィクトールが問いかける。面食らった看護師にもう一度同じ質問をして、答えられた金額を、財布から取りだした。

 それを看護師の手へ握らせる。

「これでこの子は患者ではなくなった。さて、それでも引き止めるというなら、誘拐未遂か恐喝か、好きな罪状を選ばせてやろう」

 看護師の女性は困惑を隠せなかった。困ったままクリスファーとヴィクトール、そしてライを見やり、それから時計を見上げる。

「院長がもうすぐ戻ってくると思いますが、それからではいけないでしょうか?」

 クリスファーは苦笑した。もう夜も遅いし、本当にコルターが来たら面倒なことになる。

「診てくれてありがとう。子供はクリスファーが連れて行ったと話してくれ。これを見せればわかるはずだ」

 黒い指輪を看護師に渡し、クリスファーはライを抱き上げたまま、診療所の外へ出た。

 こちらに気づいたマユラがすぐに近寄ってきて、かすかに表情を和らげた。

「クリスファーさん、それにライくん。無事でよかったです」

 そんなマユラを目にして、ライが嬉しそうに口を開く。

「マユねーちゃ、クリスにーちゃと仲直りしたの、よかったね!」

 マユラは虚を突かれたように目を丸くして、それから小さく微笑んだ。

「そう、ですね。ライくんにも心配をおかけしてすみませんでした」

「仲良しなら、いいの。クリスにーちゃ、ハデスにーちゃとも仲直りした?」

「それは少し、難しいかもな」

 苦笑するクリスファーに、マユラは励ますようにそっと肩に手を置いた。

「クリスファーさん、大丈夫ですよ。リリィさんの家に行きましょう」

「若いって、眩しいな」

 蚊帳の外のヴィクトールがしみじみと呟く。それを聞いたライが不思議そうにしていた。

「夜なのに、眩しいの? おじちゃん」

「おじちゃんはやめてくれ。ヴィクトールだ」

 ライは目を真ん丸にして、ヴィクトールを見上げる。

「ビートー、う?」

「いや、おじちゃんでいい。君ぐらいの年ごろの子にとっては、そうだろうしな」

 がっくりと項垂れたヴィクトールを見て、マユラとクリスファーはこっそりと笑みを交わし合った。

 それから四人は、夜道を急いで大きな屋敷へとやって来た。屋敷の門で呼び出しのベルを鳴らしたマユラは、出てきた使用人にリリィを呼んでくれるように頼む。

 まもなくして不思議そうに顔を出したリリィは、マユラたちを見つけて顔を明るくした。

「マユラ先生、それにクリスファーさん」

 ぱっと近づいてきたリリィは、門を開けると満面の笑顔を向けてくる。

「よかったです」

 短い言葉には気持ちが溢れていて、心からの発言だと理解できた。

 マユラは微笑しつつ、ぺこりと頭を下げる。

「ご心配をおかけして、すみません」

 リリィは気にしないでというように首を振ってから、子供のように無邪気に微笑む。

「やっぱり、二人一緒が素敵ですわ」

 それから彼女は、クリスファーに抱きかかえられたライに視線を合わせる。

「ライくんも、こんばんは」

「リリねーちゃ、こんばんは!」

「立ち話もなんですから、どうぞお入りください。歓迎しますわ」

 門を開いたリリィだが、ヴィクトールへ疑問の視線を投げかける。

「そちらの方は……?」

 クリスファーも小さく首をかしげた。

「そう言えば、君はどうしてついてきているんだ?」

「お前が逃げないか見張っているんだ、モンスター・カウンセラー」

 ヴィクトールは渋面で答えた。

 リリィがはっとした顔になり、躊躇いがちに口を開く。

「クリスファーさん、大変ですの。モンスターギルドの方々が、明日の朝、自然公園の開発への抗議に、エクソシスト協会を強襲するらしいですわ」

「なんだって?」

 マユラとクリスファーが疑問の視線を交わす。モンスターギルドの二人とは、昼過ぎに図書館で別れたきりだ。彼らは、自分たちのやり方でやる、と言っていた。

 彼らの気持ちを思うと当然だろうが、強襲というのは平和的ではない。リリィも気がかりなのか、心配そうにしている。

「今日はその作戦を、モンスタークラブで練っているらしいんですの。だからハデスさん、まだ帰ってきていませんのよ」

「ライを預かっていてくれないか?」

 クリスファーはライを地面に下した。彼が何をするつもりなのかピンと来たマユラは、すかさず口を開く。

「ついていきますよ、クリスファーさん。私は助手ですから」

 すまし顔で告げると、クリスファーはかすかに表情を緩めた。

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