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3-10

 どうして去ろうとする彼を引きとめたのか、マユラは一瞬わからなかった。

 だけどすぐに理解する。

「私も、嘘つきですよ」

 こちらの嘘も教えないと、フェアでないと思ったのだ。

 足を止めて振り返ったクリスファーは、驚いたように目を丸くしていた。そうすると、自分と同年代の男の子だと思える。やはり、大人と対面する時は仮面をつけるべきですね、とぼんやりと思う。マユラは皮肉気に唇を曲げた。

「というか、クリスファーさん、話が長いです。本当に長いです。よくあれだけ喋って疲れないものだと感心するほどですよ。馬鹿らしくなりながら、それでもきちんと聞きました。寒い中、文句も言わなかったです。私の話も聞かないと、フェアじゃないですよ?」

 きょとんとする少年を見やって、少女は自分の身の内を晒した。

「ずっと自分を偽っていました。私はこの世界の人間ではないのに、当たり前の顔をしてここにいました。……クリスファーさんは、お客さんを知っていますか?」

 困惑まじりの頷きが返ってくる。

 マユラは話しを続ける。

「彼らは世界から外れたもの。ゆえに、旅をして異世界の話を伝道しなければならない。そう言う使命を受けている。馬鹿らしい、と思いました。どうして私がそんなことをしなければいけないのですか? だから、黙って、日常を送っていました。知っていますよね」

 マユラは自分が異世界の人間であると話さなかった。ただ、行く当てがないと言っただけ。それは、こりごりだと思ったからだ。やりたくもないことを、する気はなかった。

 モンスター・カウンセラーをはじめたのは、クリスファーの言葉に興味を引かれたから。ここへ来て、新しく何かをはじめてみたかったから。

 気まぐれで、自分勝手で、だけどそれがマユラという人間だ。日本ではおとなしく、素直にしていたけど、そんな生活にうんざりしていた。

 マユラは俯いて、日本での生活を思い出す。楽しみもなく、やりたいこともなく、空虚に日々を消化していくだけで、ただ生きていただけの自分を。

 不満を持っていても、変えようとしなかった。

 マユラが変わったのは、きっと異世界と、クリスファーのおかげ。嘘を知った時、彼に苛立ったのは、それだけ彼を信頼していたから。

「私は臆病者なのです。だから、クリスファーさんから逃げました。否定して、傷つけて、逃げました。一人では何もできないのに、考えなしですね」

 否定されるよりも前に、否定したかった。期待を裏切られる前に、期待なんてしていないと偽りたかった。

 だけど、それももうやめようと思う。

「あなたと離れるのは嫌です」

 正直な気持ちを告げる。

 クリスファーの青い瞳が躊躇いがちにマユラを見て、それから意志の光が宿る。

「マユラ……やり直させてくれないか?」

 クリスファーは一歩、マユラに近づいた。

「僕はエクソシストの、クリスファー・スティーヴンス。モンスター相手の相談業、モンスター・カウンセラーを開いている。君に、助手を続けてほしい」

 マユラは小さく微笑んだ。はじめる、という言葉も好きだが、やり直す、その言葉も嫌いではない。

 マユラは黒い傘を差しだして、クリスファーにかかる雪を遮った。

「私はマユラ。ここではない世界の名前は、長月真由良。あなたと一緒に、仕事をしたいです」

 二人の視線がぶつかる。

 どちらも躊躇いを含んで、だが、しっかりと相手を見据える。

「許してくれるか?」

「仲直りをしましょう」

 それぞれに告げて、それから小さく笑いあった。何を小さなことで悩んでいたのだろうとおかしくなってくる。こんなに簡単に、やり直せるなんて思わなかった。

 考えるほどおかしくなって、マユラは声に出して笑う。二人の笑い声が重なって、夜の街を少しの間だけ賑やかにした。

 やがて笑いの発作が治まると、マユラは目の端の涙をぬぐって、正面から雇い主を見つめた。

「クリスファーさん、早速ですが助けてください」

 自分が素直に助けを求めるのが不思議だと思う。

 人を信頼するなんて、理解できない感情だと思っていた。他人に何かをしてもらおうと思えば自分も他人のために何かをしなければいけない。信頼とは、相手に無責任な期待を押し付ける、くだらない行為だと。

 だけど、彼を信じたいと思った。もう一度、人を信頼して、頼る。弱くもあり強くもあるそんな行為に、縋りたいと思った。理解できなくても、逃げるのは止めようと決めた。

 他人と向き合おうと、決意した。

「ライくんを、取り戻してほしいんです」

 クリスファーは真っ直ぐにマユラを見つめて、心から微笑んだ。

「任せてくれ、マユラ」

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