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3-9

 マユラは黙ったまま、それでも嫌がるそぶりは見せなかった。

 クリスファーは言葉を続けようとして、口ごもる。何と話していいのかわからい。そして躊躇いの気持ちもあった。

 そのままに、言うしかない。決断して口を開く。

「僕はヴァレナの人間じゃない。ずっと東の、辺境に住んでいたんだ。そこでは、未だにモンスターと人間が対立していた。僕の父親はエクソシストで、ずっと父の背中を見て育った僕も当然のようにエクソシストになった。子供を攫うトロールを追い払ったし、レッドキャップを退治したこともあった。レッドキャップは何かわかるか? 血のように赤い帽子をかぶった老人の姿をした魔物だが、老人とは思えない身体能力を持っていて、見つけた獲物を瞬く間に追い詰めて、斧で惨殺するんだ。彼らには、説得なんて通じない。退魔するしかないんだ」

 エクソシストとしてモンスターを退治していた日々。偽りではない、本当の自分をさらけ出す。悪魔だと名乗ったのは嘘だ。自分は、どう取り繕ったって、モンスター側にはなれない。

 身も凍るような夜の中で、クリスファーの言葉が白い息となって、辺りに広がる。

 マユラは無言で、彼の話を聞いてくれていた。冷ややかな瞳が、わずかに困惑に揺らいでいるのを感じる。

「僕は何人ものモンスターを追い払って、時には殺して、恨みを買ってかたき討ちに来た魔物をまた殺して、毎日が戦いの連続だった。それでもエクソシストとして、人の役に立てていると思っていた。……いや、思おうとしていた。だけど、思えなかった」

 人間に様々な性格の人がいるように、モンスターにも様々な性格のモンスターがいる。

 中には、人間と親しげにするモンスターもあった。

 だからクリスファーは、こっそりと、エクソシストと袂を分けた。

「相容れぬ者同士、殺し合うしかない。本当にそうなんだろうか? 疑問を持った僕は、エクソシストとして協会に属しながら、殺すべきモンスターを見逃し、彼らの相談に乗り、協力しようとした。屋敷からごっそりと食べ物を奪ったオーガがもうしないと泣けば許した。ドワーフとエルフの仲を取り持ったり、丸太を運んで家を造るコボルトを手伝ったり。鉱山で迷子になった子供達を探すのに、コブラナイの力を借りたこともあったな」

 友好的なモンスターと親しげにして、殺すべきと判断されたモンスターの誤解を解いて、積極的に人外種族と接触した。

「そうですか」

 マユラは相槌を打つだけで、ただ無言で耳を傾けてくれている。

 クリスファーは一つ頷いて、話を続けた。

「だけどそれが、父の耳に入った。退治すべき魔物を見逃し、人ならぬものと親しげにする僕を、父は快く思わなかった。それで済めば、よかったんだ。だけど僕は……反省しなかった。また同じことを繰り返した」

 雪が、クリスファーの外套を白く染めていく、手でそれを振り払った。クリスファーは白にはなれない。綺麗にはなりきれない、灰色の人間だ。

「僕はエクソシストだとばれないように、辺境から離れた街で、モンスターを手助けする仕事を始めた。ここなら父も、見つけられないと思ったんだ。そんな時、僕のやり方に、同意してくれる人がいた。彼は旅のエクソシストを名乗っていた。顔は思い出せないけど、本当に普通の人間に見えたんだ。僕は、エクソシストでありながら僕の行動を理解してくれる彼を信頼した。彼とならば、正しいことが出来ると思った。だけど、正しさなんてどこにもなかった。彼は僕を利用して、エクソシストの内部を探った」

 クリスファーは自嘲気味に笑う。

「彼は、悪魔と呼ばれる存在だった。人間の振りをしてエクソシスト内部に潜入していた、スパイだったんだ。父にばれて、僕は謹慎を言い渡された。僕は、意地になっていたんだと思う。辺境を飛び出して、ヴァレナに来たんだ。そして……それからは君の知る通りだ」

 悪魔として、モンスターを守るためにモンスター・カウンセラーを開いているなんて、嘘っぱちだ。モンスターの立場がわかるなんて、幻想だ。

 クリスファーはただ、エクソシストである自分から逃げたかった。

 モンスターを倒す側である限り、彼らと分かり合えないと感じたから。

「エクソシストとばれないように、悪魔であると名乗った。だけど……結局、嘘はばれて、同じことの繰り返しだった」

 エギュトもハデスも、クリスファーを拒んだ。エクソシストなど、信用できないのだろう。彼らは自分達の手で、未来を切り開こうとしている。

 マユラもまた、クリスファーを否定した。嘘つきだと。否定はしない。

「僕はエクソシストだ。だけど、偽ったのはそれだけだ。ライの母を探したいと思った、モンスタークラブを助けたいと思った、君と交わした言葉は、全て本当だ」

 だが、嘘の中にも、本当は埋もれている。全てが嘘なんて、それこそありえない。

 クリスファーは真っ直ぐにマユラを見つめた。

「信じてもらえなくても、それだけは言いたかった」

 それで話は終わりだと、苦笑する。

 マユラは無言で立ったままだ。能面のように無表情で、何を考えているのかわからない。

「黙って話を聞いてくれてありがとう」

 クリスファーは背を向けて去ろうとした。その時、後ろから声がかかる。

「待ってください、クリスファーさん」

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