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3-7

 ブライアンは近くにある小さな診療所に連れていってくれた。昔、大病院で働いていた知り合いが経営する病院とのことで、ブライアンは親しげに女性看護師と話をすると、ライを連れて奥の部屋に行った。

 マユラは待合室に座って、明るい部屋から、日が落ちて暗くなった外を眺める。雪はどんどんと降ってきて、地面に積もっていく。服を吹いたタオルを頭からとって、長椅子へぼすんと置いた。待合室の時計が、無関心に針を動かしている。

 がちゃりと扉が開いて、白衣姿の女性看護師が近づいてきた。

「どうぞ。ホットチョコレートです。落ち着きますよ」

 湯気の立つカップに入った飲み物を受け取る。甘い香りが、強張った気持ちをゆっくりと溶かしていく。

「……ありがとうございます」

 看護師はやわらかに微笑むと、また奥へ消えていった。

 マユラはカップの取手をつかみながら、ふうふうと冷ます。一口飲んでみると、甘ったるいチョコレートの味が舌の上に広がった。

 椅子にもたれかかって、小さくため息をつく。

「何をしているんでしょうね、私は」

 何もかもが上手くいかなくて、気持ちがぐちゃぐちゃだ。ライのことも、モンスタークラブのことも、モンスター・カウンセラーのことも、どうすればいいのかわからない。

 何の予兆もなく、気づいたらヴァレナという異世界にいて、還る方法だってわからない。耳に入ってきた話では、お客さんが元の世界に還った例はないらしい。日本の話をしながら国を渡り歩こうにも、自分の社交性を考えれば憂鬱になるだけだ。

 空っぽなマユラの中に残るのは、小さな雷獣の幼子だけ。ライの母親を、見つけてやりたいと思う。何もかも嫌になっても、自分を頼ってくる子供は見捨てられなかった。

 自嘲気味な笑みがこぼれて、マユラは立ち上がった。ブライアンに様子を聞こうと思って待合室を出ると、白い廊下を奥へ進んだ。

 診療室の扉の隙間から、明るい光が差し込んでいる。マユラはノックをしようとして、奥から聞こえてきた声に動きを止めた。

「あの少女は、何かわけありのような気がするよ」

 ブライアンが困ったように話を切り出す。

 隙間から覗いてみれば、看護師の女性が驚いたように口に手を当てていた。

「この子は、コルターが探していた子供だ。こういうことを言いたくないけど、彼女、何事か悩んでいるみたいだっただろう? もしかして、攫ってきた子供かもしれない」

「本当ですかっ?」

「おそらく彼女には、自分が保護者なんて証明できないだろうね」

 ブライアンが眠っているライへ視線をやる。

「可哀想に。こんな冷たくなるまで外に放り出されて、寒かったろう」

 マユラは自分の頭の芯が急激に冷えていくのを感じた。深く息をして、言われた言葉を整理してみる。

(ライ君を……コルターさんが探していた? どういう意味か分かりませんが、ライ君を探している人がいるのは厄介です)

 マユラがライを預かった証拠はなく、人攫いだと疑われても仕方がない。ライが目を覚ませば庇ってくれるかもしれないが、幼子の言葉に、どれだけの力があるだろう。

 ブライアンと女性看護師は、ライを心配するようにして話を続けている。

「わ、わたし、どうしましょう? 院長先生」

「彼女を下手に刺激しない方がいい。それとなく誘導して、おとなしくしてもらって。僕は警察に通報してくるから」

 警察に来られるとまずい。逃げないといけないと思って、マユラは急いで扉から離れた。待合室に戻って、立てかけてあった傘を引っ掴むと、雪の降る外へ飛び出す。

 身も凍るような寒さで、白かった息も、だんだんと薄くなっていく。外灯の明かりを道しるべにして、マユラは早足で歩いた。

(私は人攫いではないと言って、それを証明できるんですか? ライ君の親はエクソシストの女性で、私は彼女からライ君の世話を頼まれたと話して、信じてもらえますか?)

 雪の降る夜に外へ出ている人は少ない。誰ともすれ違わず、細い道を通り抜ける。住宅には明かりがともり、肉の焼ける匂いや、家族の団欒が漏れ聞こえてきた。

 振り返れば、雪の上に頼りない足跡が点々と続いている。マユラは急に心細さを感じた。自分は何をしていて、何をしようと思っているのだろう。

 大通りから、楽しげに話しながら歩く若い男女が歩いて来た、彼らはマユラに一瞥することもなく、軽い足取りで通り過ぎた。

 マユラはまた振り返って歩き出した。傘を傾けて視線をはるか上にやっても、見えるのは暗い雲だけだった。

(私は一人だ。……そんなこと、わかりきっていたはず、ですのにね)

 どこに行きたいのか、何をしたいのか、自分の望みもわからないまま、マユラの足はただ無意味に歩き続ける。

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