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マユラたちは、ヴィクトールをそのままにして廊下へ出た。男が嘘をついたとは思えない。だけど、クリスファーがエクソシストというのも、にわかには信じられなかった。彼はモンスタークラブに協力して、自然公園の開発をやめさせようとしてくれているはずだ。
ちらりと様子を窺って見ると、エギュトもハデスも黙り込んでいた。
「なあ、あの探偵の話は確かなのか?」
口火を切ったのはハデスだ。否定してほしそうにマユラを見ていたが、マユラにはどうすることもできない。助手とはいえ、マユラはクリスファーの事を何も知らないのだ。
「……明日、クリスファーさんを尾行してみましょう。それではっきりするはずです」
「私もついて行かせてもらう」
「もちろんですよ」
自分はどういう結果を期待しているのだろうと、マユラはふと思う。クリスファーが潔癖でヴィクトールが嘘をついていたというのが一番だ。だけど、それはあり得ないだろうと、なんとなくわかっていた。あの男は嘘をついていない。嘘つきなのは……。
「もしかして、あいつが裏で俺たちを誘導してきたのか? くだらないまやかしで、俺たちを騙して……」
ハデスの言葉が、マユラの胸に沁み込む。彼はいつから、何を偽っていたのだろう。あの日、傘を差しだして屈託なく笑っていた彼の笑顔の奥には、何があったのだろう。
(どうだって、いいはずです。私は誰にも期待しないし、他人の事情なんて、どうでもいい。そのはずです)
だけどマユラは、しばらくするとまた、クリスファーについて堂々巡りの考えをしてしまうのだ。劇場に帰ると、ライが笑顔で迎えてくれた。
「マユねーちゃ、おかえり」
「ただいま帰りました、ライ君」
くっついてくる幼子を抱き上げて、マユラは小さく微笑んだ。ライは子供らしい無邪気な笑みを浮かべている。嘘偽りないものだ。クリスファーは舞台の近くで資料に目を通しているようだった。マユラは何気なく問いかける。
「クリスファーさん、自然公園の件は順調ですか?」
こちらを振り向いたクリスファーはいつもと変わらない様子だった。
「まあね。君もハデスと様子を見に行ったんだろう」
「まったく進展している風には、見えませんでしたけどね」
「大丈夫だ。いい感じの、事実が見つかりそうなんだよ」
そう言って彼は資料をめくる。やはり、クリスファーはモンスタークラブに協力して、自然公園を取り戻そうとしてくれている。
「何も問題ない。期待していてくれ」
そんな彼が、エクソシストなのだろうか。マユラは心ここにあらずのまま、平坦に呟いた。
「へえ、期待していますね」
翌日、ライをリリィの家に預けてから、マユラは、劇場の向かいで張り込み中のハデスと合流した。彼の傍にはエギュトの姿もある。
クリスファーはまだ出かけていないようだ。劇場の前には取り壊し予定の空き家が立てられており、マユラたちはそこに侵入して、二階から劇場を見張っている。
「なあ、本当に、あの探偵の言っていたことは本当なのか?」
ハデスが出入り口から目を放さないまま呟いた。エギュトがそっけなく答える。
「確かめればわかるだろう」
マユラも同意の頷きを返した。それっきり無言のまま、気づけば昼の時間になっていた。クリスファーが出てくる様子はない。本当に彼が図書館に向かうのだろうか。探偵への不信が募っていく。
昼過ぎ、ようやくクリスファーが身支度をして屋敷を出た。マユラ達は慌てて追いかける事にする。すべて、これでわかるはずだ。探偵の言っている事なんて嘘っぱち――そう思いたいが、マユラは心のどこかで逆だと思っていた。
嘘つきは彼で……それは、自分達に対する最大の裏切りだ。
クリスファーは、スネール地区に入ると人目を気にするようになった。もしかすると、尾行に感づいているのかもしれない。マユラ達はある程度離れた場所から、クリスファーの様子を窺った。まもなく、彼が入っていったのは大きな紺色の建物――図書館。
「……探偵の男が、言っていた通りだな」
エギュトの呟きに誰も答えず、三人はそろそろと図書館へ入った。