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病院からリリィの屋敷に戻る途中に、モンスター・カウンセラーの事務所の前を通りかかった。ふと懐かしくなって視線が建物に向き、マユラは意外な人物を見つけた。
くたびれた茶色いコートに、茶髪の中年の男。
「……あれは」
少し前に、ライに話を聞いていた怪しい男だ。もしかすると、彼がライを狙う人物と何か関係あるかもしれない。
彼は今、事務所の前で通行人と話をしているようだ。若い女の子二人は、中年の男に話しかけられて、訝しげに顔を見合わせていた。彼に声をかければ、また逃げられるだろう。
「リリィさん、すみませんが、少し協力してもらえませんか?」
使えるものは使おうと思って、リリィにある頼みごとをする。
それからマユラは男の観察を始めた。そっと近づいて聞き耳を立ててみると、比較的有効そうな会話が聞こえてくる。通行人の女性たちは、怪しい男に好印象を持ったようだ。しばらく、最近の時勢とかの世間話が飛び交う。
ややあって、男が事務所を指さした。
「ここの事務所だが、いつから人がいないのかわかるか?」
女性は顔を見合わせた。
「さあ? っていうか、ここ事務所だったの? 何の事務所?」
「モンスター・カウンセラーだが……看板にも書いてあるぞ」
男が階段を上がったところにある小さな看板を示した。置き場所も相まって、まったく看板としての役目を果たせていない。クリスファーがどうやって客を集めているのか、つくづく謎である。
「なにそれ? モンスターのカウンセラーなんてしているの?」
「いや、まあ……そうらしい。それより、ここで暮らしているのは十代の少年と少女、それから幼い男の子で間違いないか?」
「へえ、何かわけありっぽい面子ね」
「おじさんは、その三人を探しているの? どうして?」
しばらく女性たちの質問が飛び交ったが、男は無言で、彼女らを制するように手を動かした。疲れた顔で、わずかに微笑む。
「……ありがとう。参考になった」
全く参考にならなかったが、そう答えるしかなかったという顔だった。
女性たちと別れてからも、男は事務所の周りに留まったまま、何か考え事をするように顎に手を当てて道を行ったり来たりしている。
怪しさ全開だが、人通りが少ない道なので目立ってはいない。
建物の陰に隠れたまま、マユラは彼の見張りを続けた。すると、道の向こうから見知った人物が手をあげて反応をくれる。彼の傍にはリリィの姿。それを確認し、マユラは男へ近づいた。こちらに気づいた男が慌てて身を翻して逃げようとする。
しかし、道の向こうから来たトカゲの紳士が男を捕まえた。
「なっ……! くそ!」
「これでいいのか、お嬢さん」
男の腕を背後で縛り上げている。マユラはエギュトの傍に駆け寄って、笑顔で頭を下げた。
「オールライトですよエギュトさん。リリィさんもありがとうございます。助かりました」
リリィに頼んでモンスタークラブのエギュトを呼んできてもらい、道を塞いで男を捕まえてほしいと頼んだのだ。
マユラたちは男をモンスタークラブに連れて行き、部屋の奥で椅子に縛り付けた。
動きを封じて、マユラは余裕の笑みで宣言する。
「捕まえましたよ、不審者さん。覚悟してください」
男は嫌そうに顔をしかめた。マユラの背後にはエギュトとハデスが控えている。リリィには屋敷に戻ってもらった。これから始まることを、彼女には見せないほうがいいだろう。
「誰に頼まれてライ君を探っていたんですか?」
男の頬に鞭を突き付けて尋ねる。男は意外なことにきょとんと目を丸くした。
「何の話だ?」
「はあ。とぼける気ですか。お仕置きが必要ですね」
この状況が、まだわかっていないらしい。そう思って鞭を振り上げたマユラの背後で、エギュトとハデスは目を見合わせていた。正直、引いているのかもしれない。
だがマユラは行動をあらためることなく、あっさりと鞭を振り下そうとする。
さすがの男も停止の声を出した。
「待て! 私は確かにあの子供から情報を聞き出したが、何も後ろめたい話はない。私はヴィクトール・ファインド。探偵だ。上着のポケットに名刺もある」
マユラは舌打ちしつつ、鞭を降ろして男のポケットを探る。証言の通り、何枚か名刺が出てきた。探偵、と記されている。
「本物かわかりますか、エギュトさん?」
トカゲの紳士に見せてみると、彼は難しそうな顔で唸る。
「うむ、偽造だとすれば相当に優秀な腕前だな」
「くそっ、本物だ!」
偽の名刺を入れておく理由がつかめないし、エギュトの言葉もあって、マユラは本物だと推定する。しかしヴィクトールがこそこそ探りまわっていたのは事実だ。ライを狙っていた不審な人間と何らかの関係があるかもしれない。マユラは半眼で彼を眺めた。
「で、誰に頼まれていたいけな幼子の周りを探っているんです? ショタコン犯罪者予備軍の不審者さん?」
「違う」
「はあ? 今更言い逃れできると思っているんですか?」
呆れ気味の声に、ヴィクトールは固い表情で首を振った。
「私が探っていたのは幼子ではない。君の連れの……モンスター・カウンセラーを開いているというエクソシストの少年だ」
しばらく反応できなかった。
マユラだけでなく、エギュトとハデスもきょとんと眼を瞬かせる。
「何を……言っているんです?」
モンスター・カウンセラーを開いているのは、マユラの雇い主であるクリスファーだ。彼は自分の事を悪魔だと言っていた。悪魔がエクソシスト? ありえない。
しかしヴィクトールは大真面目に続ける。
「クリスファー・スティーヴンス。この名前に聞き覚えがあるだろう」
エギュトが口を挟んだ。
「スティーヴンス? もしやコルター・スティーヴンスの息子か」
「そうだ」
「息子がいるのは知っているが……故郷の辺境に住んでいると聞いていた」
「住んでいた、過去形だな。私は辺境から彼の足取りを追って、ここまで来た」
無言で佇むマユラに、ヴィクトールは若干、勝ち誇った顔で断言した。
「何も怪しい話じゃない。私は彼の父親に頼まれて、居場所を探っていたんだ」
ヴィクトールは、ライではなくてクリスファーを探していたのだと言う。だから、ライと接触した時に彼を攫わなかったのだろうか。確かに、ライを狙った不審者とつながっていると推理するより、関係のない可能性の方が高い。
だけど、マユラはまだ信じられなかった。クリスファーは、自分をエクソシストとはいっていない。そもそも、エクソシストならば、モンスタークラブに協力するのは不自然だ。
右手の鞭を、脅すようにそっと男の頬に触れさせた。
「およそなことを言って、かく乱させるつもりですね。エクソシストの回し者ですか?」
言葉とは反対に、その声は弱々しく、動揺を隠しきれていない。
ヴィクトールは何の嘘もないといいたげな、自信に溢れた声を出した。
「それならば、確かめてみればいい。近日中に、彼は図書館に現れるだろう」