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3-1

 全く面倒な依頼だと、ヴィクトール・ファインドは舌打ちしたくなった。しかし舌打ちがあまりに紳士らしくないことに気づいて、顔をしかめるにとどまった。

 彼は今、ザンテ地区の通りからネウ地区へ入ったところを歩いている。

「くそっ、たかが人探しに、なんでこんなに苦労しなきゃいけないんだ」

 事務所を見つけたところまではいい。だが、そこはもぬけの殻だった。仕方なく近所の人に話を聞いて、そこに住んでいる人物の存在を割り出して、目的の探し人も彼女らと一緒にいるのだろうと見当つけた。それもいい。

 事務所から消えた人間達を探すことにして、ある夜に偶然、事務所の少年と少女が歩いているのを見つけて後をつけた。途中で少女に気づかれたらしく、念のため追いかけるのをやめたのだが……あの時に彼らの今の居場所を見つけるべきだったか。

 幸運は二度続いた。またしても偶然、街を出歩いていて見つけた少女と幼子を尾行して、病院で幼子に今どこに住んでいるのかと探ってみた。だが、有力な情報を得られなかった。幸運もあり案外に簡単に解決しそうな依頼だっただけに、ここまでの難航は悔しくある。

 子供と一緒にいた少女は、ヴィクトールをあからさまに怪しそうに見ていた。彼女から話を聞くのは難しそうだ。

「ああ、くそっ。だから失せ者探しは嫌いなんだ。まったく! どうして現実には華麗に事件を解決する探偵がいない! 探偵小説は、詐欺かあれは」

 山荘で起きる殺人事件。謎は過去まで広がり、一つの真実が浮かび上がる。探偵は物語の最後に犯人を当て、自らの推理で真相を解明し、事件は無事に解決する。

 ミステリー小説とは、たいていがそういうものだ。だけど、現実の探偵はどこまでも地道で地味だった。やれ、浮気調査や、やれ、飼い猫がいなくなったや……殺人事件に巻き込まれるよりも、新聞で顔を隠して寒空の下に張り込みを続ける方がよっぽど多い。

 そもそも、ヴィクトールが殺人事件に巻き込まれたことなど、生まれてから三十五年余り、一度もない。ため息をつきたくなった。就職を誤ったかもしれない。

 曇った空からぽつりぽつりと雨が降り始めて、ヴィクトールは目についた建物へ足を踏み入れた。ほのかな電灯の下に広がるのは、いくつもの本の群れ。ネウ地区の図書館は二つあり、こちらは小さい図書館だが、様々な資料が置かれている。

 探偵小説の事を考えていたからか、懐かしくなって奥に進んだ。

 カウンターの女性司書は、客の対応をしているようだ。

「こちらの資料は、一般の方にはお見せできないことになっています」

「一般の方じゃない。エクソシストだ」

 妙な単語が耳に入り、何気なく顔を向けた。カウンターの前にいたのは黒い服を着た金髪の少年で、ヴィクトールの視線に気づいたのか、くるりとこちらを振り向いた。

 驚いたような緑の瞳が、こちらを見つめる。ヴィクトールははっとして彼に近づいた。

「おまえは……」

 しかし、ヴィクトールが触れるよりも早く、少年は背を向けると図書館から飛び出す。

 女性司書が注意する声を背後に、ヴィクトールも外へ駆けだした。雨が髪を濡らし、服を冷たくする。通りの向こう側へ走っていく少年を、ヴィクトールは慌てて追いかける。

「おい! 待て! モンスター・カウンセラー!」

 探し人を目前にして逃がすわけにはいかない。水たまりを足で弾きながら、少年の背を折ったが、細い通りに入られて見失ってしまった。

 頬に張り付く髪を払いながら、ヴィクトールは裏路地で地団駄を踏んだ。

「くそっ、若いっていいな、ちくしょう!」

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