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2-8

 翌日の早朝から対人外防衛機関の入り口を見張ることになった。

 左右対称の二階建ての建物は灰色で、一見は普通の役所に見える。最初に見知らぬ男性が鍵を開けて中に入ってから、ぽつぽつと人が訪れだす。マユラは向かいの建物と建物の間にある細い隙間から観察しているが、ライの母親らしき女性はいない。

 こそこそ見張るよりも、聞きに行った方が早いのではなかろうか。写真はエギュトに預かってきたし、無害な人間であるマユラの質問なら、エクソシストも答えてくれるだろう。

 見張りだして一時間が過ぎた頃、マユラはそっと道路を渡って、対人外防衛機関の建物に近づいた。窓から中を覗き込もうとするが、カーテンがかけられて確認できない。

 面倒臭さを前面に出して嘆息し、一歩後ろへ下がったマユラは背中に衝撃を感じた。

「あっ、すみません……」

 反射的に謝って振り向き、柔和な男性の視線とぶつかる。

「こちらのほうこそごめんね。大丈夫だった?」

 柔らかな声音で尋ねたのは、三十代後半くらいの男性だった。短い亜麻色の髪に、青色の瞳。どこにでもいそうなサラリーマンの印象の彼は、黒いエクソシストの制服を身につけている。

 黙って観察するマユラをよそに、彼は背後の男性へ話しかける。

「お手伝いさんかな? コルター、せっかくだからぱっと彼女に協力してもらおうよ」

 コルターと呼ばれた男は褪せた金髪に、はしばみ色の瞳をしている。なんとなく、どこかで見たような顔だが、思い出せない。人の顔を覚えるのは苦手だ。

 コルターは冷たい視線を亜麻色の髪の男性へ向ける。

「おまえは何を考えているんだ?」

「だって、会議の内容を記録する係は必要だろう。ねえ、コルター、ぶつかったのも何かの縁だよ。今日の星占いでは僕、最初に言葉を交わした女の子が重要って書かれていたし」

「ブライアン、新聞記事の星占いなんて役に立つか。それに、部外者を会議に混ぜるわけにはいかないだろう」

 会議に記録……つまるところ二人はこれから行われる貴族会議のことを話しているのだろう。もしかするとうまくその場に潜り込めるかもしれない。

 マユラは人畜無害の笑みで優しげに話しかけた。

「私に出来る事なら、どうぞおっしゃってください」

 ブライアンは助かったとばかりに明るい笑顔になる。

「僕達はエクソシストなんだ。今から会議でね、話を記録してもらう係りの人がいるのだけど、手を怪我してしまったようなんだ。代筆を頼めるかい?」

 マユラに話しかけ、それから自分の右手にはめられた指輪を示した。指輪についた黒い紋章は、エクソシストの身分を表している。

「お安いご用ですよ」

「危険ではないのか。こんな、どこの者ともわからない女」

 警戒を隠しもしないコルターに、ブライアンは何とも軽そうに背中を叩いた。

「まあ、いいじゃないか。彼女は悪人には見えないし。ねえ?」

「そうですね。当方、誠実さと謙虚さには自信がありますよ」

 建物内に入れるなら、ライの母親も楽に探せるだろう。

 下心を隠して自分を売り込むマユラに、コルターが鋭い視線を向けてくる。日本人根性で笑顔を崩さずいると、彼は諦めたようにそっけなく告げる。

「……どうせ、聞かれて困るようなことは話さない」

「よろしくね。きちっと頼んだよ」

「はい。まかせてください」

 マユラは二人に案内される形で対人外防衛機関に入った。整然とした室内には役所の受付のようにカウンターがあって、出席名簿が置かれている。彼らはそこへ自分の名前を記入して、奥の部屋に向かった。

 円卓の机に腰掛けた人間は、ほとんどがエクソシストの制服を着ていた。ヴァレナ国のエクソシストには貴族が多く、それゆえに彼らの会議を貴族会議と言っている。もちろん、エクソシストではない普通の貴族の姿もある。

 マユラは部屋の隅に用意された小さな机で、発言をメモするように頼まれた。

 腰を掛けてペンを手に取る。円卓には、モンスターらしき種族もいる。黒きマントをまとった吸血鬼はおそらくリリィの父親だろう。

 時間になり、コルターが口火を切った。

「自然公園の開発についてだが、反対を示すモンスターが増えている」

 鋭い眼光がゆっくりと円卓の人間を見回す。マユラも視線を追ってみるが、目的の人物の姿は見受けられなかった。だが帰るわけにはいかず、ペンをくるりと回した。

「エクソシスト殿としては、モンスターの意志も考慮するべきではないかね?」

 吸血鬼の男性が面白そうに発言する。彼はエクソシストではなく、一貴族として参加しているようだ。モンスター側の意見に、ブライアンが軽く手をあげて立ち上がる。

「でも、病院の開発は必要だよね。最近は、メデューサ病が流行っているのもあって、どこの病院もきついんだよ」

「ああ、自然公園の取り壊しは必要なことだ」

 コルターは深く頷いた。マユラは発言をメモしながら、続く話に耳を傾ける。

「ここ一年ほど、ネウ地区でモンスターと人間の間に起きる事件が増加の傾向にあるそうだ。モンスターがネウ地区を好むのは自然公園の存在があるから。事実事件は自然公園で多く起こっている。つまり自然公園を取り壊せば、モンスターが起こす問題も減るだろう」

 自然公園を取り壊すことによって、病院が作れるだけでなく、モンスターと人間の争いに対する問題も同時に解決できる。

 それを意識させることによって、場の空気は取り壊す側に傾く。

「問題は、どうやってモンスターを説得するかについてですね」

「噂では工事を邪魔するモンスターがいるらしい。偶然の事故らしいが、怪しいところだ」

「やつらを裏で操っているモンスターがいるのかもな」

 彼らにとって反対意見は邪魔者以外の何でもなさそうだ。自然公園の取り壊しはもう決定されていて、覆るはずがない。その辺のいざこざはクリスファーやモンスタークラブの面々に任せておくことにする。

 マユラは引き続き、ライの母親を探そう。ペンを走らせながら注意深く観察するが、やはりそれらしき姿はない。本当に彼女はエクソシストなのだろうか。

 そうするうちに、時間が過ぎてほどなく会議も終わったようだ。

「お疲れ様。ありがとうね、おかげで助かったよ」

 マユラが席を立つと、ブライアンがねぎらってくれた。

「いえいえ、私も勉強になりましたから」

「コルターがごめんねー。彼、愛息子に家出されて不機嫌なんだ。許してやって?」

「うーん、まあ、警戒する方が普通だと思いますよ。お役に立てたなら幸いです」

 エクソシスト側の意見が聞けたのは収穫だが、当初の目的は果たせていない。今日は欠席者がいるのかそれとなく尋ね、返ってきた答えはノーだ。

 マユラは思いついて、ブライアンにポケットの写真を見せた。

「ところで、この女性に見覚えはありませんか?」

 エギュトから預かったものだ。ライに質問して、彼女がマーマであることは確認済みだ。

 写真を眺めて、ブライアンは目を瞬かせた。

「ないけど……この女性がどうかしたのかい?」

「ええ、わけあって探しているんです」

「僕は知らないけど……う~ん、そうだね。もし困っているなら、時間がある時にでも他のみんなにも聞いてみるよ。この写真を預かってもいいかな?」

「はい、よろしくお願いします」

 早く解決できることを願って、マユラはぺこりと頭を下げた。

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