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2-7

 モンスタークラブが中心となっている妨害作戦には、ハデスも幾場か協力してくれている。ときおり自然公園に現れて、得意のエセ病人の振りで工事を中断させるのだ。そう何度も通じない手だが、ないよりもマシだろう。

 彼の勇姿を見届けた後、一緒に並んで歩きながら、マユラは久しぶりにまともな女性の恰好をしていた。クリスファーの話によれば、今日は襲撃者の心配はないらしい。

「なあ、あんまり厄介なことにリリィを巻き込むなよ」

 隣から話しかけられて、マユラは首を動かしてハデスを見上げた。

「はあ? 惚れているから心配なんですか」

「おっ、おまえな、そういうネタでからかうのはやめろ」

 目を逸らして固い声で告げる青年に、マユラはやれやれと首を振った。あからさまな狼狽が面白いが、これ以上やれば怒られそうだ。二人はスネール地区の歩道を歩いていた。晴れ渡る空の下、楽しげにいきかう人や魔物の姿が見える。何気なしにアキッドでアイスクリームを買う親子を眺めながら、口を開く。

「心配ないですよ。リリィさんを巻き込まないように気を付けていますし」

「ライも、預かっているんだろう。ちゃんとしてやらないと親御さんに怒られるぞ」

 預かっているというか押し付けられたわけで、その押し付けた親はあれ以来連絡の一つも取ってこない。内心で金髪の女性に文句を言いつつ、とりあえず頷いた。

「そうですね。わかっていますよ」

 モンスタークラブに帰ると、会場にモンスターが集まって今後の対策を練っていた。聞こえてきたつぶやきから推測するに、内容は、どうやって偶然の事故に見せかけて故意に公園の工事を邪魔するか、だ。

 ハデスも話に加わるらしく、マユラから離れていく。マユラは魚人とサキュバスの間を通り抜けて、丸机で書類を整理するエギュトを後ろから覗き込んだ。ぱらぱらとめくられていく書類を眺めていたマユラは、ふと意外なものを目にしてエギュトの手を押さえた。

 訝しげに振り返るエギュトをよそに、書類の写真をまじまじと見つめる。長い金髪の髪に、不思議な金色の瞳。屹然とした雰囲気の女性は、生身で会った時とそっくりだ。

 ライの母親が、そこに写っていた。

「エギュトさん、この女性は何者なんですか?」

 エギュトは目を半眼にして、トカゲの顔を嫌そうに歪めた。

 書類を整えながら、小さく息を吐き出す。

「モンスタークラブはモンスターが多く集まる。だから、あちらとしては把握しておきたいらしい。それで、こんな風に特別な形で調査員を登録しておくんだ」

 説明らしいが全く意味が分からない。マユラは容赦なく追及する。

「いったい何の話です? 何の調査員ですか?」

「その女は、エクソシストの回し者だ」

 エギュトはあっさり答えた。エクソシストが調査するために、名簿にいくつかその名前が記載されているという。つまり、彼らはモンスターでもないのに出入り自由なのだ。

「この女性以外にもいくつかあるようだが、我々には把握できていない」

 また書類に向き直るエギュトの頭を見つめたまま、マユラの頭の中に困惑が広がった。エクソシストとはモンスタークラブの敵で……モンスターからの防衛機関だ。

 それがどうして、雷獣であるライの母親と関係する?

 まったく理解できなかったが、確実にわかることが一つ。ライの母親は、エクソシストの機関に所属している。きっと、今も。ライを放置して仕事をしているのだ。

 劇場に帰るなり、マユラは夕食の準備をしているクリスファーに問いかけた。

「クリスファーさん、どうにかしてエクソシストに会う方法はありませんか?」

 戸棚から皿を出していたクリスファーは、その言葉に目を丸くする。

「今、なんて言ったんだ??」

 驚きを隠しもしないクリスファーに、マユラは重ねていった。

「エクソシストですよ。ライ君のお母さんが、そうらしいんです」

 マユラはモンスタークラブであったことを報告した。写真の事を話すと、クリスファーは納得がいったように頷き、皿を調理台に置いてマユラに向き直る。

「エクソシストが集まるのは、貴族会議だ」

「なんですそれ?」

 お決まりの疑問にクリスファーは沈黙を返した。そのまま無言で、部屋の中を歩きながら考え事をしている。ややあって、彼は複雑そうな表情で顔をあげた。

「貴族会議は、週に二日――ちょうど今日と明日だな……スネール地区の対人外防衛機関の建物で行われる。もしライの母親がエクソシストならば、出席するだろう。気になるなら見に行けばいいよ」

 さすがに中には入れないだろうが、建物の前で観察すれば、ライの母親らしき女性がいるかどうかわかるはずだ。マユラとしては、さっさと女性を見つけてライの事をちゃんとさせたい。我が子を持つ母親が子供をほったらかしにするなんて、言語道断だ。

 マユラの両親はマユラが幼い時に事故で他界した。自分に親という存在がいないからか、逆にその重要さがわかる。親がいれば、リリィやライのように普通の愛情を持った愛されるべきものとして生きられるだろう。マユラのように、愛を信じられない化け物にはなるまい。

(そう……私は、愛なんて当てにならない者は信じられません。人と人を繋ぐのは、利用価値ときまぐれです。相手がどう思っているのかわからないのに、絆を信じるのは馬鹿だと思います。だけど、他の人にとっては違うのでしょう)

 唇に自嘲的な笑みが浮かぶ。結局、世界は関わりによってできていて、他の者と関わろうと思わないマユラは、世界から外れるしかない。日本ではそうだった。だけどヴァレナ国では、ほんの少しだけ、関わりを持ちたいと思える存在がいる。

 愛がわからない悪魔だと言う少年。彼ならば、自分の気持ちをわかってくれるのではないだろうか。わずかにそう期待するのを、止められない。

 マユラは自嘲をさっぱりとした笑顔で覆い隠す。

「貴族会議ですが、クリスファーさんは来ないんですか?」

 クリスファーは空虚な笑みを向けた。

「エクソシストのいる場所へ? 冗談だろう」

 マユラがふいに覚えた違和感を形にする前に、調理場の扉が開いて小さな子供が姿を出した。ライは額の角をさらけ出して、金色の瞳でマユラを見上げた。

「マユねーちゃ、どうしたの?」

 マユラはしゃがみこんで、ライの頭を撫でてやる。孤児院で育ったから、子供の扱いには慣れている。もっとも、子供に向けるのは形だけの優しさなのだが。

「なんでもありませんよ。明日は用事があるので、ライ君はクリスファーさんと遊んでくださいね」

 ちなみに、ライの相手と食事の準備は一日ごとの当番制と決めていた。今日、明日と連続でクリスファーに任せることになるが、貴族会議が明日を逃せばまた来週なので仕方がない。

 クリスファーはとくに不満も見せずにライに向き直った。

「明日は久しぶりにリリィの所にでも行くか?」

「うん! リリねーちゃに会いたい」

 嬉しそうに頷いたライがクリスファーの方へ駆けていく。楽しげに言葉を交わす二人にそっと視線をやって、マユラは部屋を後にした。

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