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2-6

 二日後、マユラはピクシーを連れて自然公園に来ていた。

 もう工事が始まっており、いたるところに荷馬車や亀車が止まり、作業服を着た人間が立っている。彼らは鉈や鋸を手にして、森の木を見上げていた。一人が紙を見ながら、作業員たちに指示をしていく。しかし彼らが作業をする前に、唐突に少女が姿を表した。

 長い黒髪に赤い目をした少女は、灰色のマントを揺らして悲しげに口を開く。

「ご主人様が、私の洗った皿を褒めて下さるけど、私はとんでもない失敗をしてしまったの。皿を一枚、割ってしまったの!」

 髪をふり乱した少女が、ざめざめと皿の枚数を数えていく。ひとつ、ふたつ……井戸の底から響くような声が、やっつ……と呟いて止まる。

「一枚足りない!」

 主人の大切な皿を割ってしまったと、少女は泣き崩れた。

 森の陰に隠れたマユラは耳を押さえながら、給食の盆をひっかいてもあんな嫌な音は出ないだろうと思った。いくつもの叫び声や鳴き声を合わせたような不快音が少女から発せられている。少女はバンシーだった。

 作業員も手に持った荷物を地面において、耳を押さえながら悲鳴まじりな声をあげた。

「皿くらい買ってやるからさ」

「頼むから泣きやんでくれよ!」

 バンシーを宥める作業員に目をやりつつ、マユラは隣のモンスターに話しかける。

「ばれないように、やるんですよ。ピクシーさん」

「わかっているって。これは幽霊の仕業さ!」

 ぱちんとピクシーが指を鳴らす。すると荷馬車や作業員が放り出した道具がかたかたと激しく揺れ始めた。

「な、なんだ? これ……?」

 辺りに甲高い音が鳴り響き、揺れていた道具が宙を舞う。

 困惑に彩られる作業員たちの表情を見て、マユラはゆっくりと進み出た。

「ここで、亡くなられた女性の話をしましょう。彼女……とある平民の娘のリーナスティーナはその日、貴族の男とデートの約束をしていました」

 シャンッ、と鈴の音がする。マユラは振袖に鈴がつけられた着物を着ていた。赤と白のそれは東方の巫女装束だと言う。

 髪を降ろして薄く化粧をしたマユラは、さぞ得体のしれない異国の人間に見えるだろう。呆気にとられる作業員たちを前に、ゆっくりと平民の娘のリーナスティーナが貴族の男に騙されて転落していく様を話した。

 そしてこの奇怪な現象は彼女の無念が起こしたものだと説明する。

「彼女の男への恨みはまだ消えません。皆さま方も、その女性を弔ってあげましょう」

 厳格に告げると、作業員たちが震えあがった。

 現場を見に来た監督にもすがりつく始末である。

「監督! 監督もかわいそうなリーナスティーナを弔ってあげてください!」

「何をいっとるんだ貴様!」

 これで万が一咎められたとしても、バンシーの少女はお皿を割ってしまって、いつも散歩する自然公園の緑を見ながら泣いていただけ。そして、エセ祈祷師とはいえ人間のマユラを探っているほどエクソシストは暇ではないだろう。

 こういうふうな手段で、とっかえひっかえ、作業を遅らせるのがクリスファーの作戦だ。地味ながら、なかなかの効力を発揮しそうだった。

「どうだった?」

 劇場に戻るなり尋ねられて、マユラは正直に話す。

「工事の進みは悪いみたいですが……いいんですか? あれだけで」

「具体的な解決方法については、僕が今調べている。とにかく、君達には時間を稼いでもらいたいんだ。工事が進むと、何かと厄介だからね」

 クリスファーは椅子に座ったまま、ぺらりと本のページをめくった。

 調べているという言葉に嘘はなさそうだ。

「あの男は、まだライ君を狙っていますか?」

 クリスファーは一瞬動きを止めて、マユラを見てから首を振った。

「…事務所へは戻らないほうがいい」

 マユラは眉をひそめる。少し言い淀んだのを聞き逃さなかった。そういえば彼は、マユラやライが外出するのに、必要以上に注意をしなくなった。

「クリスファーさんは、襲撃者に心当たりがあるんじゃないですか?」

 襲撃者の行動範囲を知っているからこそ、最低限の注意で済むのではないか。

 クリスファーは目を逸らしたままそっけなく答える。 

「あの襲撃者は、たぶん、人間だ」

 本当だろうか? そう疑っている自分に気づいて、マユラはその場を離れた。

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