2-3
ライの件をさっさと解決するためにも、使えるコネは使い、手段は選ばず、こちらから行動していかなければいけない。ただ待っているだけなんてうんざりだ。
そんなわけで、ライを病室に残して、マユラとハデスはアプリコットに来ていた。
モンスター専用の店では、この前と同じくライオン頭が受付に座っている。ハデスはしぶしぶと言った感じに、ライオン頭へ話しかける。
「エギュトに取り次いでもらいたいんだが、いけるか? あいつと話したいって奴を連れてきた。ハデスが来たと言えばわかるはずだ」
ライオン頭は顎を引き、面倒臭そうに店の奥へ消えていった。
彼の背後にちらりと見えた店内は、数匹のモンスターが席についているだけで、やけにがらんとしていた。オイルランプの光も心なしか弱々しい。
「昼間はけっこう静かなんですね」
漏れ出た呟きに、ハデスがマユラへ目をやる。
「ここへ来たことがあるのか? お前は人間だろう」
「クリスファーさんが入らせてくれたんですよ。方法は知りませんけど」
疑問にそっけなく答え、マユラは置きっぱなしの名簿を開いてみる。よくわからない文字を斜めに眺めてみるが、クリスファーの名前らしき文字はない。もちろん見落とした可能性も残るが、なんとなくモヤモヤする。
もう一度、最初から見ていこうとページを戻したマユラだが、その前にライオン頭が戻ってきた。彼は手招きして、ハデスとマユラを店の奥へ連れて行く。
アプリコットの辛気臭いライトの下を横切って、奥の廊下に通される。三つ並んだ部屋の真ん中の部屋を示して、ライオン頭は役目を終えたとばかりに去っていった。ハデスはノックもせずに扉を開く。いいのかと思いながら、彼に続いて部屋に入ると、書類や机が乱雑に置かれた事務所らしき部屋に、リザードマンの姿。
緑色の頭の爬虫類は、大きな口をにやりと曲げた。
「久しぶりだなハデス。メルも元気か?」
人相とは裏腹にずいぶん優しい声だ。ハデスは妹の病気の事を話す気がないのか、少し後ろめたそうに頭をかいて、何気ない口調で返事する。
「ああ、まあな。お前は相変わらずか?」
「息災もなくな。相変わらず忙しいが」
ハデスと言葉を交わすエギュトの様子を見ていると、モンスタークラブを束ねてライを狙っている厄介者には思えない。根っからの善人の気がしてくるが……。
(思ったよりも、マトモな人っぽいですね、人じゃないですけど)
もしかして、彼はライを狙った黒服の男と無関係なのだろうか。ありえないことではない。しかし、それ以外に雷獣を狙う人間にも魔物にも心当たりはない。
彼らの背後に控えながら、ああでもないと考えていたマユラだが、エギュトの視線を感じて日本人らしい笑みを浮かべた。
「ところで、そのお嬢さんを紹介してくれないのかな」
エギュトが柔らかく問いかけ、ハデスに紹介される形でマユラも挨拶する。そしてふと彼と視線を交わして見れば、唐突な既視感を覚えた。
マユラの頭に今も残っている――この世界に来た最初の日。雨が降り出す少し前にぶつかったリザードマンが、エギュトだ。
「二か月前に、光の噴水広場の近くでお会いしませんでした?」
思い出したマユラは反射的に尋ねていた。
エギュトは目を丸くして、マユラをまじまじと眺めた。冷静になってみれば、リザードマンにじろじろ見られるのはなかなか不気味だった。
「いや、覚えていない。……会っていないというわけではなく、単に忘れただけかもしれないが、それがどうかしたのかね?」
「ええっと、なんでもないです」
つい聞いてしまったが、どうだっていいことだ。
マユラは視線を彷徨わせて、新聞記事を目にする。自然公園の写真を見つけて、当初の目的が頭に浮かんだ。
「今日は、エギュトさんに提案したい事があって、訪ねさせていただいたんですが……」
すまし顔で告げて、じっと上目遣いにエギュトを見た。彼の表情はわからない。しかし、笑顔の仮面をかぶったマユラの表情も、簡単には読まれまい。
事態が呑み込めないでいるハデスをよそに、マユラはエギュトに正面から対峙する。
「自然公園の取り壊しを巡って、人間と対立しているそうですね。それで、モンスター・カウンセラーとして協力させていただきたいんです。私は助手なんですけど、所長がぜひ力になりたいとおっしゃっています。いかがですか?」
モンスタークラブの代表として、話を聞いてほしい。そんな気持ちを込めた提案だ。真っ赤な嘘も混じっているが、クリスファーの許可なら後で取れるだろう。困っているモンスターを見捨てる人なら、最初からカウンセラーなんて開いておるまい。
協力を持ちかけられたエギュトは、胡散くさそうな顔を隠そうともしなかった。
「モンスター・カウンセラー? 聞いたことないな。なんだそれは」
「簡単に言うと、モンスターのお悩み相談所です。ハデスさんの悩みも解決したことがあるんですよ。ハデスさん、宣伝してください」
「なんで俺が……」
ハデスは呆れたようにため息をつきつつ、最低限の義理を果たしてくれる。
「まあ、一応、信用できるところだ」
友人の言葉もあってか、エギュトの不審が薄くなった、マユラはそこを見計らって、にっこりとした笑顔で微妙な釘を刺す。
「おりもしない雷獣を探すより、よっぽど効率的ですよ」
エギュトがはっとしたようにマユラを見る。
無機質な黄色い瞳に、小さなマユラの顔が映っている。いい感じに、得体のしれない笑みを浮かべる自分を目にして、マユラはますますにっこりと微笑んだ。
「調べはついているということか」
「なんのことでしょうか」
とりあえず、とぼけてみる。エギュトは小さく肩をすくめて、書類が積まれた机の前へ腰かけた。
「考える時間が欲しい。だが、問題を解決できるならば猫の手も借りたいとだけ言っておこう」
返事はまた後日といったところか。
しかし、少しでも歩み寄れるのなら上等だ。
「わかりました。では、また日を改めてうかがわせていただきます」
優雅に一礼し、マユラはハデスを従えるようにして部屋を後にした。