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未来の卵  作者: 小田島静流(seeds)
第九章 それぞれの戦い
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第九章:それぞれの戦い [5]

『すいません、今から伺ってもよろしいですか?』

 唐突に鏡がそう喋ったのは約束通り、あれから三日後のことだった。

「……あぁ? ……なんだどこだ」

 書斎でいつの間にか眠ってしまっていたラウルは、突然の声に眠りを邪魔されて、不機嫌そうな顔で声の出所を探す。そして、棚の上に置かれていた鏡を見つけると、乱暴にそれを取り上げた。

「こんな時間に連絡よこすなよ、ったく……」

 鏡を覗き込むと、そこにはアルメイアではなく、先日彼女らと共にエストを訪れた金髪の魔術士の顔が映っている。そう言えば、先ほどの声はあの二人のどちらでもない、不思議な声色ではなかったか。

「リファ、だったか。なんであんたが?」

『アルメイアから頼まれましてね。今、大丈夫ですか? よければそちらにお邪魔したいのですが』

 何を馬鹿なことを、と言いかけて、相手が転移魔法の使い手であることを思い出す。

「ああ、構わない」

『それでは』

 ふ、と鏡の中の顔が消え、そして次の瞬間、ラウルの目の前に金の髪が揺れていた。

「夜分にすいません、お久しぶりですね、ラウルさん」

「あ、ああ……」

 初めてではないとはいえ、この転移魔法にはどうにも慣れない。思わず身構えてしまったラウルに、リファは柔らかな笑みを向ける。

「驚かせてしまって申し訳ありません。とにかく急ぐように言われていたものですから」

「ああ、別に構わないが……蝕の資料、持ってきてくれたのか?」

「資料ではなく、結果を持ってきましたよ。十二の月十五日、朝の四の刻十六分からです。皆既日蝕になります」

 すらすらと言うリファの言葉を聞き流しそうになって、慌てて言われた日付を復唱するラウル。

「十二の月十五日、朝の四の刻十六分、だ? こりゃ……きついな」

 書き物机の上に置かれた暦に目をやって盛大に溜め息をつく。あと十五日。移動を考えるとかなり時間がない。

「ええ、そうなんですよ。最初は資料だけお届けする予定だったんですが、試算してみたら、かなり差し迫っていることが分かりまして、急遽きちんと計算をしました」

 そう言いながら、リファは近くの椅子にそっと腰を下ろす。

「太陽が完全に遮られるのは、ほんの少しの間。長くて五分といったところです」

「五分間の全き闇、か……」

 太陽を覆い尽くす影。それは、まさに闇が光を打ち消し、圧倒する瞬間。光を制して闇が世界を支配する。

「アルメイアからの伝言があるんです」

 唐突にリファが言った。へ? と顔を向けるラウルに、リファはそっと目を伏せて言葉を紡ぐ。

「『ごめんなさい。手を貸せるの、ここまでだわ。あとはなんとかしなさいよ』……だそうです」

 わざわざ声色まで真似て喋るリファに、ラウルは顔を引きつらせつつも尋ねる。

「何かあったのか? そうだ、大体なんであんたが来た。あいつは……」

「彼女は、いえ、正確にはあの二人は、ですが。現在謹慎中です」

「はぁ? なんでそんな……」

「三賢人の名を笠に着て、その力をみだりに振るったことに関しての謹慎処分だそうです。どうもローラ国の王立研究院から苦情が来たみたいですよ」

(あのチョビひげ……)

 憤るラウルは、ふとあることに思い当たる。

「おい、それっていつのことだ? もしかして、こないだ……」

「ええ、謹慎中でしたが、見張りの魔術士、といっても私なんですけどね。私の目を盗んで連絡を取っていたんですよ」

「……すまないことを……」

 沈痛な面持ちで呟くラウルに、リファは首を横に振る。

「伝言がもう一つあります。『勘違いしないでよね。わたしはただ、竜に関する情報が得たいために力を貸しているに過ぎない。つまりは自分のために動いてるだけよ』これがアルから。そして『私も、姉と同じで竜について知りたいだけですから、どうかお気になさらず』これはユラから」

「けっ……言ってくれるぜ」

 言いつつも、心の中でそっとアルメイアとユリシエラの二人に感謝の意を呟くラウル。そんな彼を穏やかに見つめていたリファは、それで、と言葉を続けた。

「彼女達に頼まれまして、私が代わりに来ました」

 にっこりと笑うリファ。金の髪が揺れて、さらり、と静かな音を立てる。

「私は『塔』に所属してるわけじゃありませんから、あなた方への助力を惜しむ理由などありません。と言っても、私がここにいることを『塔』に知られると、またあの二人がどやされますからね。あまり目立ったことは出来ませんが。何かお手伝い、出来ます?」

 頭を掻く。まったく、なんでまた、この辺りにはこんなお人よしが揃っているのか。土地柄だろうか。

「なんであんたまでそんなに協力的なんだ? なんだか薄気味悪いぜ」

 そう言ってやると、リファはちょっと困った顔をした。

「そうですね……。まあ、半分以上は好奇心だと思って下さい。あとは……同情ですね」

「同情?」

 これはまた、思いがけない言葉が出てきたものだ。

「あなたにではなくて、彼らを束ねている悲しい女の子に、です」

 何気なく紡がれた言葉に、はっとラウルはその場を飛びのき、鋭い眼差しでリファを見つめる。その右手は腰の小刀に伸ばされ、いつでも引き抜ける体勢だ。

「あんた……なぜそれを知ってる?」

 アルメイアやユリシエラにもそれは伝えていなかったはずだ。

「あれ? カイト君からお手紙が来たんですよ?」

 途端に脱力するラウル。なるほど、分かりやすい情報源だ。竜に関することだけでは飽き足らず、事の顛末まで事細かに報告していたわけか。

「いつの間に……」

「ユラと気が合ったようで、ずっと手紙のやりとりが続いているんですよね」

 のほほんと言っているリファに、しかしラウルは疑いの眼差しを引っ込めてはいなかった。

「なぜ、同情なんだ? 答えによっては、俺はあんたでも容赦なく輪廻の輪に送り返すぜ」

 おお怖い、と両手を上げてみせるリファ。そして、くすりと笑いを浮かべた。

「ご心配なく。私は邪法によって不当に生かされている哀れな人間ではありませんよ。でも、なんでそんなことを?」

「……あんたからは、人の気配を感じないからだ」

 それは、廃村であった時から感じていたことだ。この魔術士からは、凡そ気配というものを感じない。まるで風か光のような、そこにあると分かっていても掴むことの出来ないものであるかのように。

「なるほど……。あなた、それだけ鋭敏な感覚を持っているのに、なぜ神官どまりなんでしょうね?」

「余計なお世話だ」

 これは失礼、と笑いながら、リファはふと、こんなことを言ってきた。

「こんな話を聞いたことがありませんか? 永遠の時を旅する魔術士のお話です。その魔術士は決して年をとらず、ファーンのあちこちで数々の伝説を残しているとか……」

「……聞いたことがあるな。おとぎ話だと思ってたが」

 腕組みをするラウルに、リファもまた肩をすくめてみせる。

「おとぎ話ですよ。永遠に生きるものなど存在しません。ただ、神の気紛れで永遠に近い命を与えられたものなら、結構いるもんです。例えばあなたに宿る竜も」

 そうだ。竜は神に作られ、その息吹を世界に行き渡らせるもの。竜は何度も生まれ変わり、永遠の時を生き続ける。

 ふと、ラウルはこの金髪の魔術士に初めて会った時のことを思い出した。

 一千年前に廃墟となった村を、リファは荒らされたくないと言った。歴史の中に埋没したはずの村の名前を知っていた。それは何を意味することか。答えはすぐに閃いた。

 しかしそれを確かめることはせず、ただラウルは問うた。

「……長い時を生きるのは、苦痛か」

 にこり、と笑ってリファは答える。

「時にはね。でも、辛いばかりじゃありません。それにこれは私が望んだ生き方です。誰に強要されたものでもありません。だからこそ、あの少女が不憫でならないのですよ」

 恐らくは、自ら望んで不死を手に入れたのではないだろう、銀の髪の少女。彼女が望むのは、全ての終焉。

「だったら何で、あんたが出て行かない?」

 至極当然な疑問に、リファは自嘲気味に笑う。

「制約があるんです。私は、自分のために力を使うことが出来ない。誰かから依頼を受けなければ、この力は振るえない」

「それじゃ、あの時は……?」

「あの程度なら別に問題ないんですよ。それにあれは、結果的に助太刀という形になったでしょう? ああ、今日ここに来たのもアルから依頼されてのことですから問題はありません。逆に言えば、依頼さえしていただければいくらでも力をお貸し出来ます。対価はそれなりに頂きますけど……いかがです? 私、結構強いですよ?」

 自分でそんなことを言ってのける美貌の魔術士に、ラウルは珍しく、屈託のない笑みをこぼした。

「ったく、それが伝説の魔術士様の言うことか?」

「とんでもない。私はただの、ちょっと年齢不詳な魔術士なだけですよ」

「性別不詳も付け加えるんだな。あんた、一体どっちだ?」

「ご想像にお任せしますよ。さて、どうします?」

 はぐらかされたラウルはやれやれ、と肩をすくめ、少し考えた後、

「そうだな……こんなことを頼めないか?」

 そっと声を潜めて耳打ちをする。すると、リファはすぐに頷いた。

「ええ、お安い御用ですけど、その程度でよろしいんですか?」

 拍子抜けしているリファに、しかしラウルは、充分すぎるくらいだと笑う。

「分かりました。それでは、決行の日を教えて下さい。それに合わせてもう一度こちらに伺いましょう」

「ああ、頼む。決行の日は……」

 暦に再び目をやるラウル。そこに描かれた月の満ち欠けに、ひょいと口の端を持ち上げて見せた。

「新月の夜、だな」


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