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未来の卵  作者: 小田島静流(seeds)
第七章 闇
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第七章:闇 [2]

 豪奢な部屋に、二人の人影があった。

 一人は立派な椅子に座り、そして一人はその前に膝を折っている。

「それは、どういう意味だ」

 椅子に座った男が、怒りを顕わにして言い募る。

「私の命には従えないと、そういうのか」

 苛立つ声に、跪いた人影はようやく顔を上げた。その顔は仮面に隠され、表情はおろかその人物が男か女か、また老人か若者かも判別がつかない。

「恐れながら、そのご命令は受諾しかねます」

 こもった声だけが響く。仮面のせいだけではない、わざと聞き取り辛くしているかのような、作りものめいた声。

「何だと!?」

 息巻く男に、仮面の人物は静かに続ける。

「我らは男爵様の依頼より以前に、別件でかの者と面識を持っています。その折に約束を致しました。決して、竜の卵には手を出さぬと」

「そのような約束、守ったところで何か得があるとでも言うのか? 私がお前達に支払う報酬よりも価値のある対価を、その神官とやらは払えるとでも言うか? そうではあるまい」

「……」

 沈黙を肯定と受け取ったか、男は機嫌を少々直して続ける。

「私の祖父と交わした契約を忘れてはいないな。ならば、私の命に従え。なに、それ相応の報酬は約束しよう」

「……では、このような案はいかがでございましょう」

 そう前置いて告げられた言葉に、最初渋面を浮かべていた男も、次第にその顔に笑みを浮かべていく。それは歪んだ欲望にまみれた醜悪な笑顔だった。

「ふむ……。仕方ないな。早急に取り掛かれ」

「はっ……時に、男爵様。一つだけ、お尋ねしてよろしいですか」

「なんだ」

「竜の卵を手に入れて、どうなさるおつもりで」

「そのようなこと、お前達が知る必要はない。しかし……そうだな。一つだけ教えてやろう。私が永遠を得るためには、それが必要なのだ」

「……永遠……ね」

 仮面の奥で呟かれた言葉を、果たして男は聞いていただろうか。

 いや、自らの欲望に酔いしれる彼の耳には最早、誰の言葉も届いてはいないのだろう。


* * * * *


 闇の中で、その硬質的な仮面だけが浮かび上がって見えた。

「いかがしますか」

 別の場所から問いかける声に仮面が揺れる。白く細い手が仮面にかかり、そしてそれを物憂げに引き剥がすと机の上に放り出した。カンッ、という金属めいた音が暗闇に響く。

 仮面の下から現れた顔は陰になり、窺うことは出来ない。ただ、すっきりとした顎の線だけが燭台の炎に照らされていた。

「先々代のした契約は守らねばならないだろう。しかし、今頃になってあんなものを持ち出されるとはな……」

 氷のような冷たい声は、明らかに嘲りの色を含んでいた。

「これまで疎遠になっていたものを今更、まったく虫が良すぎると思わないのか」

「しかし、長。『影の神殿』へは……」

 別の声が響くが、白い手がすっとそれを押しとどめた。

「分かっている。しかし、これはまたとない機会でもある。彼には少々、茶番に付き合ってもらうさ」

「茶番、ですか」

「なに、付き合いのいい彼のことだ。後できちんと話をすれば分かってもらえるだろうよ」

 暗闇の中、微笑が漏れる。

「さて、潜入している者達には、もう少し頑張ってもらわなくてはならない。今のところ、正体に気づかれている様子はないのだろうな」

「は……全て抜かりなく」

「よし……。さあ、しばし忙しくなるぞ」

「はっ……」

 一つ、また一つと気配が消える。

 そうして闇の中にただ一人残された人物は、揺れる蝋燭の火を吹き消した。

 全き闇が部屋を支配する。この部屋に朝が来ることは決してない。

 ここはそう、闇を疾駆する者達が集う場所。

「やれやれ。この年であれこれと動き回るのは些か辛いな……」

 闇の中で呟く声は、どこか楽しげな響きを含んでいた。


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