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未来の卵  作者: 小田島静流(seeds)
第十章 終わりと始まり
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第十章:終わりと始まり [9]

「終わったな……」

 血に濡れた体を奮い立たせ、すっかり明るくなった空の下、ラウルは歩き出した。すでに体力も気力も限界に近い。それでも、彼は歩みを止めない。

 待つものがいる。帰る場所がある。

 それだけで、心が熱くなる。体の奥から力が湧き上がる。


 そして。

 ふと空を見上げたラウルの目の前で、それはゆっくりと始まった。


 闇が、世界を黒く塗り潰していく。

 太陽が影に覆い隠され、黎明から一転して闇夜へと、空が塗り替えられる。

 地上を走る、ざわざわとした波のような模様。まるで闇が地上を撫でるかのように、彼らの足元を駆け抜けていく。

「始まったか……」

 闇が光を圧倒する時。それは、少女が待ち望んでいた瞬間。

(なあ、見えてるか?)

 今はもういない少女に、そっと呟いてみる。

 太陽が影に覆い尽くされる瞬間、最後の閃光が眩い光の矢となってラウルの目を射る。

 瞼を閉じたその先に焼きついた、鮮烈なる光の輪。

 それは金剛石の嵌まった指輪のようであり、また光で編まれた花冠のようであり。

 そして、魂が還る場所、そして旅立つ場所。この世界を巡る輪廻の輪のようだと、ラウルは思った。

 地上に生まれし命は、いつかはそこへと還る。その日が来るまで、ラウルは辛くとも歩み続ける道を選び取った。

 あの、幼い日に。そして、今この瞬間、もう一度。


 ――と。


 不意に、心のどこかで、殻の割れる乾いた音が聞こえた気がした。

 はっと立ち尽くす彼の脳裏に、閃光が過ぎる。


 ――らう!――


 懐かしい声が力強く響き、そして光が彼を包んだ。

 それは、天をつく光の槍。影に覆われ真の闇に包まれた世界を切り裂き、強く激しい光を放つ。

 真っ直ぐに空を衝く光は、彼の全身から溢れ出た光。

 あまりの眩さに目を開けていられない。まるで光の洪水の中に叩き込まれたような、全身を光の粒子が駆け抜けていく感覚。

 風とも水とも違う清廉な流れが、足元から空へと駆け抜けていく。

 その流れの中へ、彼の体からするり、と抜けて飛翔していく、一際眩い光のうねり。

 眩しさに目を細めながら、空を見上げる。頭上に舞い踊る光は、まさに竜の形をしていた。

(竜――光の竜だ!)

 黄金に輝く鱗。優美な線を描く体。力強く羽ばたく翼。その竜は一度天高く舞い上がったかと思うと、急に向きを変えラウルを目指して降りてきた。

 近づくほどに眩しさを増すその体に、思わず目を瞑る。

 そして次の瞬間。

 何かが上から降ってきたような衝撃に、ラウルの体は見事なまでにすっ飛んで背中から床に叩きつけられた。

「ぐぁっ……!」

『らう』

 背中の痛みに顔をしかめながら目を開けると、目の前に眩い笑顔があった。

 まるで内側から光り輝いているかのような、喜びを満面に湛えた笑顔。

『らう!』

 小さな腕が伸びてきて、ぎゅっとラウルの首にしがみつく。その腕の温かさに、そして押しつけられた頬の柔らかさに驚く。

「って、おいっ!」

 はっと我に返って、ラウルはその場に飛び起きた。当然、首に縋りつ いていた「それ」も一緒に起き上がった形になって、きょとん、とラウルを見つめている。

『らう?』

「だーっ! なんでそのままなんだっ!」

 痛みも驚きも喜びも感動も、全てすっ飛ばして、ラウルは頭を抱えた。

『??』

 そんなラウルを面白そうに見つめているのは、輝く髪の少女だった。

 人間で言うなら、五、六歳ほどになるだろうか。透けるような肌、緑の双眸。柔らかにうねる髪は、金というより白に近い。

 光の神ガイリアをそのまま縮めたような、あどけないながらも神々しい雰囲気を持つ少女。白い服に身を包み、小さくふっくらとした手でラウルの顔をぺちぺちと、それはもう面白そうに叩いている。

「やめろ……」

 怒鳴る気力もないラウルは、その手を力なく払う。と、少女はふと思い立ったようにラウルから離れ、その前で気をつけの姿勢をとった。

「あ? なんだ?」

『るふぃーり』

 にぱっと笑って少女は言った。唐突にもたらされた『らう』以外の響きに、戸惑うラウル。

『るふぃーり』

 今度は自分を指差して、同じ響きを繰り返す。

「ルフィーリ?」

 ラウルが何気なくその言葉を返すと、少女はそれは嬉しそうに笑って、そしてラウルを指差した。

『らうっ』

「違う! 俺はラウルだ、ラウル!」

『らうる?』

「ああ、そうだ。ったく……半年以上一緒にいて、人の名前もちゃんと覚えてねえのか、お前はっ!」

 そう。

 紛れもなく、それはあの卵の中で眠っていた、光の竜。

 彼が守り通した命。

『らうっ!』

 びとっと足に飛びつく少女を、気紛れに抱き上げてみる。まるで羽のように軽いその体は、健やかな太陽の匂いがした。

 いきなり目線の高さまで抱き上げられて、少女は喜びの声を上げる。そしてまたラウルの顔に手を伸ばしてきた。

「お前、ルフィーリっていうのか」

『るふぃーり!』

 嬉しそうに繰り返すその姿は、人の子供と何ら変わらない。これが本当に、大いなる力を秘めた竜なのかと疑いたくなるような、無邪気な声と笑顔。

「孵ったら大人の竜になるんじゃないのかっ!? ……ったく、勘弁してくれよ」

 想像とは大分違った竜の姿。片手で楽に支えられるほど軽く小さな体は、それでも確かにラウルの腕の中にいる。同じ風の中で、言葉を交わしている。

『らう?』

「ラウルだっつーの……」

 もう呼び慣れてしまっているのだろう。直しても直しても、ルフィーリは「らう」と彼を呼ぶ。 観念したように、ラウルは笑ってみせた。

「もういい、好きに呼べ」

『らうっ!』

 そして、その白い手が汚れるのも構わずに、ルフィーリは血と泥と汗にまみれたラウルの顔を触ってきた。それは好奇心から来る行動なのだろうが、まるでよしよし、と撫でられているような気がして、ラウルはその手をまじまじと見つめた。

 小さな白い手。汚れを知らない、滑らかな子供の手。

 いや、それはきっと、ただそう見えるだけなのだろう。このルフィーリもまた、悠久の時を見つめてきたもの。その長い歩みの中には、数々の苦しみや悲しみがあっただろう。多くの出会いと別れを繰り返しただろう。そんな過去を胸に秘め、そして今、ここに再び生まれ出でたもの。

 その過去を知ろうとは思わなかった。今、この瞬間ここに存在することこそ、何よりも確かな生の証。

『らうぅ』

 不意にルフィーリがラウルの腕の中で身をよじった。何事かと慌てるラウルに、小さな手が指し示すのは、半ば崩れかけた階段を駆けて上がってくる仲間達の姿。

「ラウルさーん!」

「おーい、生きてっかー!」

 口々に叫びながらやってくる彼ら。エスタス。カイト。アイシャ、そしてシリン。

『らぅっ!』

 大きく両手を振るルフィーリ。ラウルも付き合って手を振ってやる。

 そして。

 彼らがラウルとの再会を果たしたその時。

 光が、戻ってきた。


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