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B・アウトホームズ  作者: 癒遺言
第一章『Broken Day』
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第三話「センス -前- 」

B・アウトホームズの世界での時間

・5月14日 夜

『警察からの発表によると――――』


 家に戻った僕を迎えたのは、電気の灯っていない暗い廊下とリビング近くの壁に当たっている液晶ディスプレイの鈍い光、そして殺人事件のニュースを読むキャスターの声だった。

 僕はそれに引き寄せられるようにフラフラとリビングへと向かった。

 リビングへと向かう途中、なんで電気が点いてもいないのにテレビだけが点けられているのか、なんで誰の声も聞こえないのか。色んな疑問が浮かんでは消えていった。


「……」


 リビングに着くと、そこには誰もいなかった。電気が点いていない中、テレビからニュースが流れているだけで、そこは僕がよく知るいつものリビング。

 誰もいないけど、ここは僕の住んでいた家だ、だけど、なんで誰もいないのだろうか、なぜテレビが点いているのだろうか。

 不思議でならない。


「母さん……父さん、癒深……」


 誰もいないリビングを出ると、僕は夢遊病の患者のように家を徘徊しだす。父と母の寝室、妹の部屋、ベランダ、倉庫代わりにしている空き部屋、そして、自室。

 捜し歩いた、だけどなにも見つからなかった、誰も見つからなかった。

 争ったような形跡がどこにも見当たらない、誰もいない以外はなに一つ変わっていない僕の家。

 事件に巻き込まれた。コトリさんの話したことが頭の中をぐるぐるとまわり始める。


「まさか、本当に…………誰か! 誰かいないの!?」


 廊下に声がむなしく響いた。

 僕はそれに耐え切れなくなり、悲鳴のような声を上げながら家中を調べまわった。


「ねぇっ!? 嘘だよね! 嘘だよ、こんなの!!」


 何度も、何度も走り回る。

 信じられないと心の中で叫び、涙がこぼれ、生まれたばかりの赤ん坊の様に泣きじゃくった。

 僕は孤独を知らなかった。

 家にはいつも妹がいた、朝の時は家族全員がいた、学校には友達がいた、小さいころからずっといた恋人がいた。

 だけど、今の僕の周りには誰もいなかった。この家から逃げたときも、僕の近くには乙藤さんがいた。

 だから、こんなふうにひとりぼっちになったのは、今回が初めてだった。


「嘘だ……嘘だ…………こんなの……」


 どれくらい走り回っただろうか。

 僕は疲れ果て、廊下に両膝をついた。視界は涙で(かす)んでぼやけ、廊下の冷たい床にぽたぽたと僕の涙が落ちた。

 どれだけ泣いても、どれだけ呼んでも誰も来ない。本当に、本当にこの家には僕以外に誰もいないんだ。



 時間が経ち、泣き疲れた僕はもう一度自分の部屋へ入り、少しだけ休憩した。そのおかげか、少しだけ冷静さを取り戻せた。


「……これからどうしよう」


 これからどうするべきかを考えるために、「どうしようか」と口に出した。

 家族の無事を確かめるために帰ってきたけど、家の中にはだれ一人いなかった。どこにいるのかも、生きているのかもわからないんじゃ探しようがない。

 お先が真っ暗、どうしようもない現実だ、だけど


「探さなくちゃ」


 きっと無事、それだけを願って僕は部屋の中を物色しだす。

 もし、家族でない人が家の中に入ったなら、その痕跡が見つかるかもしれない。さっきは冷静さを欠いていたから、見落としたところがあるかもしれないんだ、諦めるわけにはいかない。

 ……そういえば、なにか大切なことを忘れている気がする……気のせいかな。


 部屋の中を調べていると、家族が事件に巻き込まれたという事実が頭をよぎった。

 それだけで頭に血が上り、冷静でいられなくなる、けど、電気の点いていない部屋の中、夜の暗さが占める自室は少しだけ僕の心を鎮めてくれた。

 こういう時に頭に血が上ってはいけない、見えるものが見えなくなる。


「闇は恐怖の象徴ってマンガで見たことあるけど、この時だけはそうは思えない」


 暗い部屋の中で僕は独り言を呟く。

 闇、マンガやアニメでよく見聞きする単語だ。僕の知る中では闇は悪、そして悪に対抗して必ずヒーローが存在する、いわゆる主人公。

 だけど、僕はヒーローじゃない、ただの平凡な一人の少年だ。異常な日常を3日過ごして、今の状況に少しばかり冷静でいられるけど、それでも僕は一般人だ、ヒーローみたいな大きな力は持っていない。

 こんな事件、大きな力を持っていない僕は、乙藤さんみたいな大きな力持ってる警察に任せればいい。だけど


「家族が無事かどうかを……ただ待っているだけなんて、嫌だ……!」


 僕は待っているだけという行動が嫌いだ、指をくわえて見ているのは嫌だ。

 こんな気持ちになるんだったら、逃げるときに母さんと父さんに言えばよかった。どれだけ痛い子と思われても、どれだけ心配されても、説得すればよかった。

 一緒に逃げようって言えばよかったんだ……。


 部屋を調べつくした僕は、一回のリビングに向かうために階段を下りようとする。

 寝ぼけていたときに踏み外した階段だ。あの時は本当に痛かった、全身が痛くて声も上げられなかった。

 あまりの痛さに、本当に死ぬかと思ったよ。

 古い記憶を思い出しながら階段を降りようと一歩踏み出した、その時


「っ!?」


 僕の足が止まった、なぜかはわからない。わけのわからない恐怖が僕を包んで、足を進められなくなった。

 僕は気が付いた、僕が感じているのは『あの時』のような恐怖だ。


「また……なんなの、これ……!」


 全身を包む悪寒、頭に血が上り、身体は発熱し全身から汗が出た。

 拳を握ると汗が滲み、着ているシャツが肌に貼りつく。

 やはり、これは『あの時』と一緒だ。僕が家から逃げ出したあの日の、あの時の感覚と同じものだ!

 一体、これは何だっていうんだ、なんでこんな変なことが僕に起きるっていうのさ!?

 恐怖に包まれながらも、僕はゆっくりと一歩づつ足を進めて階段を下りる。急いで下りようとは考えない。『あの時』のように、ここから逃げなくてはという感じがしないからだ。


「っ! 危ない」


 強張って足を滑らしそうになるけど、慎重に進めばいつかのように階段から滑り落ちることはない。

 このまま無事に下りて、すぐにまた家から逃げよう。そう決意しながら一歩ずつ下りていく。

 だけど、僕が感じた恐怖は、階段を下り終わるときれいさっぱり感じなくなった。


「本当になんなんだよ……!」


 さすがに、イライラしてきだした。わけのわからない悪寒と恐怖、一体何に対して恐怖を感じているんだ? どうして、どうして僕はあんなものを感じるんだ。

 右手を顔に当てて僕は悩んだ。僕は一体どうしてしまったんだ、おかしくなってしまったのだろうか。

 悩みながら、僕はリビングへと足を運ぶ、喉が渇いてきた。

 まだ二回しか感じていないけど、あれが来ると喉がからからになってしまう。それ以外にも、すぐに汗が出てシャツも張り付いてしまう、とても迷惑で不愉快だ。


「そういえば、テレビも点けっぱなしだった」


 テレビ、そうテレビだけが点けれられていた。なんであれだけが……。

 疑問を浮かべながらリビングに入ると、テレビの前に人影があった。僕は衝撃を受け、その場に立ち尽くしてしまう。

 さっきまで誰もいなかったのに。

 人影はテレビを見ていたようで、体はテレビに向けて前屈(まえかが)みになっていた。その人影は僕がリビングに入ってきたことに気付いたようで、体を僕に向けてきた。

 体が僕に向けられたことによって、テレビの光でその人影の顔が照らされた。その人物を見た僕は「あっ」と声を上げ、反射的にその人の名前を口に出した。


乙藤(おとふじ)……さん」

「やあ少年、こんばんは」


 僕が驚いている中、乙藤さんは普通に挨拶を返してきた。


「なにしてるんですか」

「君の家で調べごとをしていたんだ」

「調べごと……?」


 乙藤さんは僕の疑問に淡々と答えた。だけど、僕は乙藤さんの言葉に一瞬頭が働かなかった。

 いつ、彼はいつ僕の家に上がったんだ。僕は家に入るといつものように鍵を閉めた、家の鍵がなければ入れないはず、だというのに、乙藤さんはここにいる。ここにいて、調べごとをしていると……調べごと?


「ニュースで流れている失踪事件、それに関係のあるものを探しているんだ」


 僕が理解すると同時に乙藤さんが答えてくれた。

 そう、事件だ。癒深が僕に話してくれた事件が僕の家でも起きたはずなんだ。

 改めてそれを認識した僕は、胸が締めつけられたような感じがした。本当に、僕は事件に巻き込まれたんだ。

 他人事のように思っていた、そう簡単に自分に降りかかると思っていなかったんだ、隣町っていう身近で起きているのにもかかわらず……。


「……それで、なにか見つかったんですか」

「ああ、勘違いしていると思うから言っておくけど、僕の探し物は普通のそれとは別物だよ」

「別物?」

「うん」


 乙藤さんの話によると、警察は2日前、乙藤さんが僕を見つけた次の日に僕の家を調べていたらしい。調べたその時、ほとんどのものが見つからなかった。靴跡や指紋、髪の毛も見つからなかった。

 乙藤さんは事件から逃れた唯一の人物である僕を見つけたことで僕を見ていた。

 そして今日、僕の家を訪れ、普通とは違うものを調べていた。


「じゃあ、なにを探しているんですか」

「残念だけど、秘密だ」

「……ですよね」


 部外者でないとはいえ、そう簡単に警察が話すわけないよね。なんとなくわかってはいたけど……。

 会話がなくなると、乙藤さんは僕からテレビへと視線を戻し、リモコンを手に取って電源を切ってしまう。唯一の光がなくなって視界が黒に染まる。


「ちょ、乙藤さん……前が見えない」


 突然暗くなり声を上げるけど、乙藤さんからの返答はなかった。

 どうしたんだろうと思いながら目を細めて前を見る、だけどまだ目が暗さに慣れていないから見えない。


「お、乙藤さん?」


 何も見えないという状態に少し怖くなって乙藤さんを呼ぶ。だけど先ほど同様、乙藤さんからの返答はない。そのせいで益々怖くなり、その場から離れられなくなった。

 一体、なんのつもりなんだ乙藤さん。


「少年、君は不思議な力と聞いてどんなものを想像する?」


 やっと乙藤さんが声を返してきた。だけど、その言葉の意味がわからず僕は真っ暗な中、首を左に傾けた。

 不思議な力……?


「えと、超能力とか、魔法とか、とにかく超常現象的なものが思い浮かびます」


 意味はよくわからなかったけど、言葉を返した。

 一体、なにを考えてこんな質問をぶつけてきたんだろう。

 乙藤さんは僕の言葉を聞くと何も言わなくなった。ちょ、ちょっとなんで黙るの……。

 目が少しづつ慣れてきて、テレビの形やテーブルの位置がうっすらと見えてくる。それと同時に怖さも薄れていった。

 けど


「え、あれ? 乙藤さん……どこに行ったの?」


 そのうっすらと見える光景の中に、乙藤さんの姿はなかった。乙藤さんがいない、頭にその言葉がよぎると僕は慌てた。

 集中して探すと、テーブルの側の椅子に座っている乙藤さんをすぐに発見できた。

 家の中にいるとわかった僕はほっと胸をなでおろした。一瞬、乙藤さんが家から消えたかと思った。


「そんなところにいたんですか、脅かさないでくださいよ」

「少年。君は今、僕を見ているんだね」

「…………はい?」


 僕が声をかけると、乙藤さんは訳の分からない言った。『見ている』……?

 疑問符を浮かべ、乙藤さんの言っていることを理解しようとすると、乙藤さんは目を閉じ、聞いてきた。


「僕を見ているんだね、少年」

「……はい」

「そうか……」


 『見ている』という再度の問いに僕は首を縦に振って答えた。答えを聞くと、乙藤さんは悲しそうな顔をした。

 なんで、そんな顔をするんですか。

 目を閉じているけど、目を開ければきっと乙藤さんも僕が見えているだろう。だというのに、なんで変なことを聞くのだろうか。


「少年、不思議な力はこの世に存在すると思うかい」

「……僕はないと思ってます」

「不思議な力、僕はあると思ってる」


 僕の言葉の逆を、乙藤さんは口にした。


「少なくとも、不思議な感覚を持つ人は存在してる」

「……」

「少なくとも、少年みたいに危険が迫ることを事前に察せる人は、この世に存在する」

「っ!?」


 その瞬間、僕はその場から横に向かって跳んだ。跳んだあと、乙藤さんがいた方向を見ると


「やっぱり……君も保持者みたいだね」


 僕が元居た場所へ、銃口を向けている乙藤さんの姿あった。


「け、拳銃!?」

「悲しく思うよ、少年。君が保持者であることに」


 乙藤さんは目を開けず、銃口をこちらへと向けてくる。なんで僕がいる場所を的確に狙えるの!?

 不思議に思うと同時に、いつの間にか、また僕を包んでいる悪寒に僕は驚いた。

 また、またこの悪寒……。


「ちょ、ちょっと待ってください乙藤さん!!」


 僕は混乱しながらも乙藤さんに声をかける。

 なんで銃を向けられているのかわからないけど、理由ぐらい聞かせてほしい。

 この場からすぐにでも逃げたい、だけど、足がすくんで逃げられそうにない。色んな考えが頭をよぎる。

 初めて向けられる銃に恐怖を抱いている僕は、歯をカチカチと鳴らせながらも乙藤さんを説得しようとする。


「なんで僕が銃を向けれるんですか!」

「君が保持者だからだ」

「保持者?」


 保持者、さっきも言っていた言葉だ、それが僕が銃を向けられる理由。

 なんなんだその保持者って!


「保持者ってなんですか」

「『センス』の保持者だよ」

「『センス』……?」

「特殊な感覚を持つ人間さ。君みたいな、ね」

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