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B・アウトホームズ  作者: 癒遺言
第一章『Broken Day』
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第二話「会合 -後- 」

B・アウトホームズの世界での時間

・5月14日 夕方~夜

 彼はナイフをくるくる回して遊びだす。コートの中からさらに1本、2本と取り出していき、手の中に収まらなくなるとそれを空中へと放り投げる。

 私が何もせずにそれを眺めていると、彼は私の目の前で4本のナイフでジャグリングを始めました。

 彼の所持しているジャグリングナイフ本来の使い方ですが……彼が扱うせいでしょうか、薄気味が悪いです。


「ふふふ、あはは。本当に……最近はいい出会いが多くて楽しいよ」

「テンションが高いのはそのせいですか? それとも、いつも通りなのでしょうか」

「前者かな。気分がいいと手が先に出ちゃうからね」

「そうですか」


 いつも通りではない、それはよかったです。

 会話が成立しないと、力付くで止めなければいけないので手間がかかりますからね。話が通じるのならまだ会話で終わらせられます。

 心の中で安堵のため息を吐くと、私は無駄な戦闘を避けるために声をかけました。


「ジャグリングが上手ですね、サーカスで働いていたことがあるのですか?」

「う~ん……サーカスで働いたことはないねー。面白そうだから練習したんだ」

「自己鍛錬によるものですか」


 ナイフでのジャグリングは一歩誤れば大怪我をします。ですが、彼はナイフではなく私に視線を向けています。先ほど私の質問に悩む際も、彼は4本のナイフに視線を向けてはおりませんでした。彼には恐怖心というものがないのでしょうか。

 私が「怪我をしますよ」と注意するも「大丈夫大丈夫」と緊張感とはかけ離れた言葉が返ってきます。

 視線を私に向けているのは彼が機を窺っているため、ということなのでしょうが…………できることなら穏便に済ませたいです。


「ねえねえ、コトリちゃん」

「なんでしょうか」


 私がこの場をどうやってやり過ごそうかと考えていると、彼が話しかけてきました。


「戦わない?」

「…………」


 この方は普段でも相手を切りたがっているのでしょうか。いえ、先のような一方的に切らせてと言っていないだけマシなのでしょうね。

 しかし、本当にどうにかならないのでしょうか。話ができるというのに、一向に話が前にも後ろにも向きません。

 このままでは逃げられませんね。


「どうしても戦いたいのですか」

「どうしても戦いたいな~、久しぶりに保持者と戦えるとなると興奮が抑えられないんだ」

「難儀な方ですね」


 彼はくすくすと笑う。私からすればまったく笑えないことですが。

 私は心の中でため息を吐きます。彼を()くことは難しそうです、面倒ですが戦闘を避けては通れないようです。

 もう一度、心の中でため息を吐きながら、右腕を前に出して構え、戦闘態勢に入ります。私は武器を持っていない、彼のナイフに注意して戦わないと大怪我を負うことになるでしょう。


「やっとその気になってくれたね」

「不本意ですが、あなたを撒けそうにないので」


 私の言葉に彼は楽しそうに、本当に楽しそうに笑います。暗い中で、電灯の明かりに照らされる彼の顔は邪悪そのもの、しかしどこか子供のような無邪気さも感じられます。

 彼は私の構えを見るとジャグリングを止め、ナイフを片手に2本づつ持って構える。まるで四刀流。

 中指と人差し指の間に1本、同じく中指と薬指との間に1本。相当の筋力がなければまともに力が入らないと思いますが……見る限り、彼からその不便さ感じられない。むしろ、扱い慣れているように見える。

 つまり、彼には戦闘の経験があるということ。本当に、こんなところで出会いたくなかったですね。


「…………」


 戦闘だからでしょうか、彼は薄く笑っているも軽口を叩かなくなりました。

 お互いに一歩も足を踏み出さない。そんな中、私が先手を取ろうか、それとも後手に回ろうかと考えていると、遠くから機械音が聞こえ始めました。

 なんでしょう、と耳に意識を傾けると、彼はその一瞬を逃さなかった。


「隙あり」


 その声に意識を視線に戻すと、彼が左手に持つナイフが目の前に突き出されている。このままでは目を失うコース、ですが


「残念ですが」


 上半身を後ろへ(かたむ)けると同時に、彼の突き出したナイフを中心に体を右に回転させ、迫っていた2本のナイフを回避。そのまま一回転し、ナイフを持つ手に向けて回し蹴りを繰り出す。


「それは隙ではありません」


 相手が危険だとわかっているのに隙を作るほど、私は愚かではありません。

 私の蹴りによって彼の手は弾かれ、持っていたナイフ2本は遠方へと飛んでいく。指の間という甘い持ち方なのです、手放してしまうのは当然のこと。


 しかし、彼は私の想像よりも戦闘経験者のようで、ナイフが(かわ)されることを承知していたのでしょう、未だに笑みを浮かべています。


「それっ!」


 ナイフが弾かれると同時に、蹴ったのとは逆の手が私の足に向かって伸ばされる。その手に握られているのは1本のナイフ。


「っ!?」


 予想外の攻撃に私は息をのみ、反応が遅れて足を切られた。鋭い痛みが走る、しかしこの場にいてはまた攻撃を受けてしまう。

 そう判断すると同時にその場から後方へ退くと、予想通りの彼からの追撃が、先ほどまで私がいた場所を通過しました。

 その通過した物はナイフ。それを握っている手は私が蹴ったはずの左手。


「くっ…………油断していました」


 彼が本来持っていたナイフは4本。だというのに、再び私を狙った左手の中には1本のナイフが握られていた。

 蹴られた直後に右手指の間に挟んでいたナイフを1本手放し、そのまま1本になった右手のナイフをもって相手の虚を突き、混乱させ、さらにその次の追撃を命中させやすくする。

 つまり彼は、自分のナイフが何らかの手段を用いられ、封じられることを承知していたということ。


「…………意外と計算高いのですね。てっきり手が速いだけの直線的な相手と思っていました」

「コトリちゃんほどじゃないよ。本命の二撃目は当たったけど、まさか三撃目が避けられるとは思ってなかった、君もかなりの戦いを潜り抜けてきたみたいじゃないか」


 強敵現る、彼の顔にはそんな言葉が書かれていそうです。でも、彼はそれでも笑っています。

 好戦的な方とは出会った時から感じていましたが、これほどの相手とは思っていませんでした。

 ナイフを操る技術には目を見張るものがあり、それを警戒はしていました。ですが、彼自身の戦略性には全く目が向きませんでした……いえ、目が向けられなかったと言うべきでしょうか。


「はは、あははは! 楽しいね~コトリちゃぁん」

「私は楽しくありませんよ、変態さん。できるなら今すぐにでも逃げ出したいほどです」

「なら君の『センス』を見せればいいじゃないか。もしかして、戦闘向きじゃないのかな?」


 彼は私に(センス)の使用を促します。見たいのでしょうね、私の力を。

 私は目をつぶり考えます、が、答えはすでに決まっています。この戦闘が始まる前から、すでに決めていたことなのです。

 目を開けると、私を見てニコニコと笑っている変態さん。力の発動を期待しているようで、私に一歩も近づきません。

 その期待している彼に、私はニコニコと楽しそうに、元気よく、満面の笑みではっきりと告げました。


「お断りします」


   ▼    ▼    ▼


「はぁっ! ……はぁ、はぁ、はっ! ……ぅく」


 僕は自分の家を目指して一直線に走る。

 家から逃げてからの2日間、僕は隣町の地図を見てどうやって徒歩で帰るかを考えていた。でも、なぜかその2日間、僕の足が家に向くことはなかった。

 不思議と、僕は家に帰る気が一切起きなかったのだ。でも、今は違う。


「母さん……! 父さん……! 癒深!!」


 ひゅー、ひゅー、と息が切れて小さくなっている声で家族の名前を呼びながら足を前へと進める。

 日が沈んでるけど、今日はまだ買い物帰りの女性や帰路に着いている人がまばらにいて、僕の様子がおかしいことに気付いてる。

 人がいるけれど僕はそれに構うことなく足を進めた、コトリさんの予想を信じたくない僕は、真実を知るためにただただ足を進める。

 そんな中、歩いている人とぶつかってしまう。ぶつかったのはこれが最初じゃない、もうすでに何回もぶつかってる。


「すみませんっ!」


 だけど、僕は足を止めない。謝りはするけれど、そのまま横を通り過ぎる。

 一度、文句を言うために僕の腕を掴んだ人がいたけど、その人も僕の様子がおかしいこよに気付くと、関わりたくなくなったようで腕を離した。

 そうやって何度かぶつかりながら、僕は自分の家に着いた。

 家に着いた頃には住宅街を歩く人はおらず、周りの家を見ると、温かみを感じる蛍光灯の光がカーテンの隙間から漏れ出ている。

 今の僕には、その光がとても遠いものに見え、酷く懐かしさを感じた。


「…………」


 視線を目の前に戻すと、まず表札を確認した。『日方(かなた)』と書かれたそれは、僕の帰るべき場所が目の前の家だということを示していた。


「……」


 帰ってきた。

 僕は帰ってきたんだ、自分の家に、本来帰るべき場所に。

 隣町の誰もいない寒い公園じゃなくて、暖かい我が家に。


「帰ってきた……」


 僕は口に出して呟きながら、フラフラと家の玄関に近づき、玄関の扉を開けて中に入っていった。

 玄関の扉はぎぃぃと軋みを上げて僕を招き入れ、ぱたんと閉まった。

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