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B・アウトホームズ  作者: 癒遺言
第一章『Broken Day』
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第一話「乙藤 -後- 」

B・アウトホームズの世界での時間

・5月14日 昼

 あの日、僕は自分の家から逃げた。その時、訳も分からない状態で只々ひたすらに危機から逃げた。今の僕は隣町のとある公園でホームレスをしている。

 警察に駆け込もうかと考えたけど…………自分に起こったことをどう説明すればいいのかわからず、結局行かなかった。一旦家に戻ろうとも考えたけどそれもできない、戻ろうとすると足が重くなるのだ。理由はわからない。

 逃げた日から数えると今日で二日、5月14日だ。今日もベンチに腰掛けて昼の空を見ている。今日はちょっと雲が多いかな。


「本当に訳が分からない」

「なにが分からないんだい、少年」


 ため息交じりに呟くと隣で缶コーヒーを飲んでいた乙藤さんが反応した。

 この人、社会人のはずだよね、なのになんでこんなところで暇を持て余しているのさ。

 昨日の朝にカレーを作ってもらい、年上でもあるので敬語で接するようにしている。でも、なんだか自然体でいい気がするんだよね、この人。


「なんでもありません。それよりこんなところでくつろいでいて仕事は良いんですか」

「ああ、大丈夫さ。昨日であらかたできることをし終えたからしばらくはゆっくりモードで行けるんだ」

「そうなんですか」


 タイミングが悪いことに乙藤さんは仕事をサボっているわけではないらしい。この人がどんな職業をしているのか欠片も知りたくないけど、自由な仕事であることは確かみたいだ。

 だからと言ってなぜ僕に構うんだろう。彼にとって僕という存在はマンガで言うと通行人AやB、つまりは他人。だというのにここまで関わろうとするということは、他人を放っておけない性格、もしくは職業柄そういう傾向にあるのか。この二つのどちらかなのだろう。

 性格という路線だともう一つ、危険なことや秘密という言葉が好きということが思い浮かぶ。どちらにしても面倒である。できれば関わってほしくないなぁ…………。


「今日は何を食べようか、少年」


 いつものように、という風に聞いてくる。

 昨日の昼食、夕食もこうだった。ちなみにその時はファミレスで奢ってもらっている。「後で返せとは言わないよ」とボイスレコーダーまで取って誘ってきた。ここまでやるなんてどういう魂胆なのだろうか。その時の僕は薄気味の悪さに後ずさって引いていた。正直気持ち悪かった。

 ちなみに、ボイスレコーダーは現在僕のポケットの中に入ってる。


「なんでもいいです」

「それじゃあ今日は定食屋で食べようか」

「それでいいです」

「じゃあ今すぐ行こうか」


 決まると善は急げというようにベンチから腰を上げて歩き出す。

 昨日からずっとこの人と一緒にいるけど本当に何が目的なんだろうか。ただの物好きという感じにも見えるし……全然わからない。だけどこの前のような恐怖は一切感じない。

 あの恐怖は何かに反応したのだと自分では思っている。そうじゃないと僕はただの恥ずかしくて痛い人だ。そうであると信じたい。

 信じたいけど、あの日から一度も恐怖を感じてない。本当に僕に何があったんだと、自分で自分の頭に不安を覚えてしまう。


 しばらく町を歩いていると乙藤さんの足が止まる。

 今回で三回目の(おご)りだけど乙藤さんは同じところで食べない、昨日の昼食と夕食もそれぞれ違うファミレスだった。もしかして気分で決めているのだろうか?

 親二人が夕食を作れないとき僕と妹は二人でファミレスに行って食事を摂る。毎回別の場所で食べるのは面倒だと、決まって同じ場所で食べることにしているのだ。妹の癒深は同じ場所だと飽き飽きすると言うけどね。

 まあ、職場が違うから二人とも仕事で夕食を作れないということはあまりないから稀だけどね。


「この定食屋は僕のお気に入りでね、量が多くてガッツリ食べられるんだ」

「そうなんですか……。『漢帝』………………って、凄い名前ですね」

「でしょ? 一目で釘付けにさせられてそのまま引き寄せられちゃったよ」


 気持ちはわかる。店名が書かれた看板の上に定食屋ってちゃんと書かれてるけどなんだか足を止めてしまう。文字には言霊という魔力が秘められているとかなんとか言われているってうそ臭いって思うけど、こんな時だけはわかる気がする。

 定食屋 漢帝は木造のお店で縦横に長く中が広いことが見た目でわかる。止めていた足を前に進めてのれんを潜り中に入る。

 あとで聞いた話、この定食屋の名前は『漢帝(ソウル)』だそうだ。普通読めないから……。


「……いい匂いがしますね」

「いらっしゃい! 」


 中に入った瞬間、肉の焼ける音とともにいい匂いがした。背の高い店員に迎えられるけど僕は視線を漂わせて店の観察する。厨房を見ると店員よりも背が高く筋骨隆々の正に(おとこ)と呼ぶに相応しい男性がステーキにお酒をかけていた。あんな人類って本当に存在するんだ……。

 視線を客に移すと客席についている人たちがステーキ肉にかぶりついていた。

 ステーキ肉はかなり分厚く、上品に切って食べるよりも、客席についている人たちみたいに豪快に直接(かじ)って食べる方がおいしそうに見えた。その人達以外の、他の席に着いている客たちも全員そうやって食べている。

 その光景を見ていると無性に肉が食べたくなった。こう、ガブッとかぶりつきたくなってしまい僕は喉を鳴らした。


「よお、最近来てなかったが忙しかったのか」

「やあ店長」


 他の場所に目を向けていると横で乙藤さんが挨拶した。視線を戻すとさっきまでステーキ肉を焼いていた漢が乙藤さんと話していた。この人、店長なのか。

 近くで見るとやはり背が高くゆうに2mを超えていることが僕の目測でもわかる。

 同じ人類なのだろうか……。


「最近は忙しかったんだ。でも、それも一息ついてね」

「お前はすっと姿を消すからなぁ。ん? この坊主は……」


 二人の世間話を聞いていると店長が僕を見る。2m越えの大男に目を向けられるのは初めてで、見上げている僕には店長の威圧感が凄まじく感じてしまう。

 なんというか、小動物の気分だ。


「あ、僕は」

「おお、(せがれ)か」

「ち、違いますよ! 」


 店長の勘違いに僕は狼狽しながらも否定した。

 まさかそんな風に見られるとは思わなかった。いや、確かに年齢的に見ればそうかもしれないけど……乙藤さんの年齢なんか知らないのだけれどね。

 僕の言葉に店長はきょとんとした顔になる。ま、まさか信じてもらわれてない!?


「違うのか? 」

「違います! 」

「違うのか? 」

「ぷ……く、くっくっく。ごめんノーコメントでお願いするよ」


 僕の言葉を信じていない店長は乙藤さんに回答を求めるも乙藤さんは背を丸めて笑いをこぼしている。こ、この人は…………こっちが困ってるのに笑ってるって……!

 僕は沸点が低いわけではないはずなんだけどな……。ずっと家に帰っていないからストレスが溜まってるのかな?

 結局、店長は渋々といった感じに引き下がった。ちなみに乙藤さんは未だに僕の隣で蹲っている。幾らなんでも笑いすぎだ。笑う乙藤さんを無視して席に座り、すでに用意されていたお冷を飲む。


「それで、なにを頼むんですか」


 やっと席に着いた乙藤さんを横目に見ながらメニューを開くと、他のお客が食べていたステーキの他に海鮮定食や焼肉定食など、セットを中心に色々なものが写真絵とともにアレルギーになるものを記載されていた。ステーキにしか目が向いてなかったけど、ここって定食屋だったね。

 外装や入った瞬間の光景とかで肉専門店かなにかと勘違いしてしまっていた。


「今日はステーキが安いみたいだしそれを頼もうかな」


 同じくメニュー表を見ていた乙藤さんから言葉が返ってくる。今日は? もしかしてこの店は定期的に料理の値段が変わるのかな。

 聞いてみようとメニューから顔を上げると


「……涙流れてますよ。たく、笑いすぎです」

「え、ああごめん」


 どれだけ笑ったんだこの人は…………。恐らく今の僕の目はジト目になっているだろう。声も不機嫌を隠すことはしない。こんなに他人にむかついたのは久しぶりだ。

 僕の視線に気づいた乙藤さんはコートの裾でごしごしと涙を拭う。そこまで面白いことだったのかな、全然そうは思えない。

 もしかしたら笑いのツボが僕とは全く違うのだろう。


「乙藤さん、この店って料理の値段が変わるんですか? 」

「うん、毎日変わるよ。店長の気分次第さ」


 どんな店だ。普通潰れると思うんだけど……でも乙藤さんが顔馴染みで何年という付き合いみたいだから、結構長い間経営してるんだろう。すごいな。

 それだけ経営者としていい手腕なんだろうな。気分で値段を変えるけどそれを気にしない位に稼いでる、じゃないといつの間にか潰れてるだろうね。見た目通りの豪快人間だ。


「じゃあ僕もステーキ定食にしようかな」

「店長、ステーキ定食を二つ頼むよ」

「あいよ、(じん)! ステーキ定食二つだ」

「うっす」


 目を厨房に向けているとまだ若い、背が高いけど僕と同じくらいの年齢に見える男性が調理を始める。あの人はさっき出迎えてくれた店員さんだ。若い店員さん、仁さんは僕と違いかなり鍛えているだろう浅黒く太めの腕をしている。僕も鍛えてればあんな風になるのかな…………本当に毎日鍛えていないと無理だろうね。

 同い年に見える彼は慣れた手つきで野菜を切っていく。あんなに太い指しているのに細かい作業が得意なのかな、切ってる野菜が全部均一だ。

 しかし、彼はステーキ肉には一切手を触れていない。ステーキ肉はいいのだろうかと思っていると店長が現れ、そして


「ふぅんんぬ!!! 」


 猛々しい掛け声とともにステーキ肉を叩き始める。豪快だ、すごく豪快だ。


「さすがに若い人には主食は任せられないかー」


 僕はその光景を見ながら棒読みで呟く。なんというかこの場から逃げたくなってきた。なんかこの光景に耐えられない。

 確かに、母や父から繊維を潰してステーキを柔らかくするために叩くとは聞いたけど……それって専用の器具とか細長い物を使うよね。


「乙藤さん」

「ん、なんだい少年」

「あの店長はなんで自分の(丸太のような)腕でステーキ肉を叩いてるんですか? 」

「僕たちがステーキを食べるとき、おいしく頂ける様にするためさ」

「理由になってません。普通器具とか使いませんか? 」

「必要ないんだよ、あの人には」

「………………」


 明確で(おそらく)正確な回答に僕は何も言えなくなった。

 ああ、おいしかったさ。すごくおいしかったよ、色んな意味で涙が出たさ。でもちょっぴり塩が効きすぎてた感がしなくもなかったよ。なんでだろ。


「すごくおいしかったです」

「そうか、お気に召したようでよかったよ」


 漢帝(ソウル)からの帰り道、前を歩く乙藤さんに僕は感想を口にする。

 顔は見えないけど声は嬉しそうな感じだ。ボリューム満点で味もかなり良かった、かぶりつくと肉汁が溢れ出してとてもジューシー。噛めば噛むほどに味わい深くなっていた。

 はっきり言って手間暇がかかっていて家庭ではとても真似できないんじゃないかと思うほどだった。


「あの店は僕が少年と同じぐらいのときからの馴染みでね、店長ともその時からの仲なんだ」

「そうなんですか、だからあんなに親しかったんですね」

「うん。昔から僕の愚痴や悩み、嬉しかったこととか聞いてくれてね。もう店長に話してないことの方が少ないかな」

「歳を超えた友情、みたいな感じですか」

「そう言ってもいいね。実際、店長……弦時(げんじ)さんというのだけど、あの人とはもう20年の付き合いだ」


 親友なのだろうか。でも見た目の年齢からみて10歳は離れていると思う。

 けど、二人は本当に親しく、隠し事は本当にほとんどなさそうだ。

 だから、多分この人はこれが自然体なんだろう。この人は自分のことをあまり隠さない。店長の様子も、なにかを隠していたり嘘を言っている様子はなかった。


「ところで少年」


 考え事をしていると乙藤さんが足を止めた。

 どうしたんだろう、なにか問題でも


「そろそろ君の名前を教えてもらっても良いんじゃないかい」

「…………」


 僕は足を止めた。僕の足音が途絶えると乙藤さんは振り返る。顔は無表情だった。

 出会った当初から乙藤さんは僕のことを『少年』と呼んでいる。まあ、確かにこの人から見たら僕は少年だろう。だけどなんだか独特な呼び方だ。妹の癒深(ゆみ)も独特だけど。

 僕は未だ名前を名乗っていない。さっき店長の店で名前を名乗ろうとしたけど店長がそれを止めた。

 乙藤さんはまだ僕から情報を得ようとしているみたいだ、理由は不明だ。なんでそこまで知ろうとするんだろう。乙藤さんが欲しがる情報なんて僕は持っているだろうか。

 おいしかったステーキの味が頭から離れ、かわりに冷静な思考がまわり出す。


「僕のことは随分と話した。だけど君からはまだ何一つ聞いていない」

「恩を売って無理矢理情報を吐かせようとしたんですか? ……じゃあ、最後に教えてくださいよ。なんでそう僕のことを知ろうとするんですか」

「おお、そう返してくるか。まあ、不思議だよね」


 動揺はあまりない、どうやらこうなることを予想していたようだ。

 乙藤さんはあごに手を当てて考え出す。理由を考えていなかったというより教えていいのだろうか、という感じだ。まさかとは思うけど危険な職業なのだろうか。いや、むしろそちらの方が説得力がある。

 誘拐、という言葉が頭をよぎる。家出少年を捕まえて脅迫状を僕の家に送りつける。

 僕が自分のことをなかなか話さず家に帰ろうとしない様子は誰が見ても不自然だ。都合がいいかもしれないけどそう説明されるとなるほど、頷ける気がする。

 一人で勝手に納得していると乙藤さんは「うん」と頷き、コートの内ポケットに手を入れ出す。もしかして脅しの道具、拘束する道具だろうか。


「僕はこういう者だ」


 そうして取り出したのはパスケースのような二つ折りのつやのない濃いこげ茶色の革ケース。僕が確認するのを見るとそれをパカッと開けさせる。その中身を見た僕は「あっ」と声を上げた。

 革ケースの中身は上はカードケース窓。下は誰もが知っている旭日章(きょくじつしょう)が。


「け、警察!? 」

「僕は正体を明かした。これでいいかい、少年」


 動揺を隠せない僕に乙藤さんは冷静に聞いてくる。


「次は君の番だよ」

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