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B・アウトホームズ  作者: 癒遺言
第一章『Broken Day』
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第一話「乙藤 -前- 」

B・アウトホームズの世界での時間

・5月12日 夜~5月13日 朝

「結局、あの感じは何だったんだろう……」


 今日一日を振り返った僕は空を見上げて乾いた声で呟いた。あの突然走った悪寒は何だったのだろう。

 とても、そうとても危険な予感がしたのだ。それを感じた僕は急いで家から逃げた。家族に本当のことを告げずに……。


「…………」


 まったくわからない。一体、僕は何に対して危険を感じたんだ。

 ベンチから腰を上げ、きょろきょろと水飲み場を探す。逃げているときから口の中が渇いて唾液も出てこないことを今更思い出した。

 幸い、水飲み場は公園入口にあってすぐに見つけることができた。見つけるとフラフラと近づいて蛇口を捻り、水を出して口に含む。喉がカラカラだったからだろうかとてもおいしく感じた。

 夕飯を食べていない僕はお腹も空いていて、胃の中が水で溜まるほどに飲み続けた。テレビでしか見たことがないけど、食料があまりない地域の人たちも水をたらふく飲めると聞いたらこれくらい飲むのだろうか……。

 喉を潤すと蛇口を閉めずそのまま顔を洗う。頭を冷やして冷静に考えるためだ。

 心を落ち着けないと浮かんでくる考えも浮かばないとは妹の癒深が昔言った言葉だっけ。夜の風は寒く、体温を奪い体を冷やすけれど僕は構わず冷たい水を浴びる。


「そういえば、癒深は家に帰ってなかった」


 顔を左右に振って水気を飛ばすと、家を出る前の玄関の光景が頭に浮かんだ。玄関には家族の靴が綺麗に並べられていたが、その中に妹の靴だけがなかった。

 僕が家を出るときに癒深は帰っていなかった。その一つの考えが浮かぶと次々に色々な考えが浮かびだす。


「まさか……理名と一緒に殺人事件のことを調べてたんじゃ」


 流れる思考の中、一つの考えを口に出す。今朝止めることができなかった妹の行動。

 冷静な頭は一度嫌な方向に思考を進めると留まることを知らなかった。家族の心配、彼女の心配、わけのわからない悪寒。様々な考えが浮かんでは流れ、僕の不安を煽っていく。

 殺人事件に巻き込まれた、それがあの悪寒の正体なのだろうか? いや、なぜそうなるんだ。確かな根拠なんてどこにもない。それに巻き込まれたとなぜ僕がわかるんだ。ただそうなんじゃないかって思ってるだけだ!


「わからない……なにも……」


 水分を含んだ髪を掻きむしり、水滴が飛び散って地面の色が変わる。

 殺人事件のことしか考えていない僕の目には、その色の変わった部分が一瞬血飛沫のように見えてしまった。

 冷静でいようと思えば思うほど思考が嫌な方向に傾いてしまう。これでは駄目だ。わかっているのに泥沼のようにその思考に捕らわれてしまう。僕は頭を左右に振って無理矢理別のことを考えようとした。


「これからどうして過ごそうか……」


 隣町まで逃げたものの、逃げた後のことなんてまったく考えていなかった。頭の片隅にすら置いていなかったことを今更考え出す。

 まずは所持金の確認からだ、残金がどれくらいあったかわからないけど。

 ポケットの中に入れていた財布を取り出そうとして……ないことに気が付く。


「そういえば、逃げることしか考えてなかったから…………」


 ポケットに突っ込むことを忘れていた。いや、ホントに後のこと全く考えていなかったね、僕。

 家から出る際に持ってきた物を確認した後、目頭を押さえ改めてどうしようかと悩む。今現在、僕の所持品は腕時計だけである。携帯すらも忘れてしまうとは…………。どれだけ逃げることに必死だったかがわかる。

 精神的にかなりきているけど、このままこの場で突っ立っていても足が疲れるだけ、隣町まで走ったせいでかなり足が痛い。一度ベンチに座って考えようと痛む足を動かし、止めた。


「……」


 足を止めた理由は目の前に映った人のせい。僕は息をすることを忘れてその人を見た。

 その人は僕に見られたことに気が付き僕の目を見た。視線が合い、僕は蛇に睨まれた蛙のように体を強張らせ、ただ彼の容姿や服装を見ることしかできなくなった。

 スーツの上に焦げ茶のコートを着た30代半ばほどの男性。その男性はベンチに座り目を細めて僕を見ていた。

 いつからそこにいたのだろうか。彼が座っているベンチはつい先ほど僕が座っていたベンチだ。

 もしかして僕が気付かなかっただけなのだろうか? いや、いくら疲れていてもさすがにそれはない、誰かいないか確認もした。

 じゃあ、いつこの人はベンチに座ったのだろうか。不気味に思いながら僕は口を閉ざしてその人を見た。すると、その人は口を開き


「こんばんわ、良い夜だね。少年」

「あ、はい……良い夜ですね、月が恨めしい程に綺麗で」


 普通に話しかけられたことに僕は内心驚き、反射的に言葉を返した。

 自分じゃ見えないから多分だけど、僕眉間にしわを寄せていたと思うんだけどなんで普通に話しかけてきたの、この人。


「恨めしい程……なにか嫌なことでもあったのかい?」

「いえ、まぁ……気分が優れていないのは確かですね」


 やばい、知らない人と普通に会話してしまっている。こんな夜に一人公園にいるってかなり変だよ。人のこと言えないけど。

 見た目では危ない職業をしているとは思えないけど、人を見かけで判断してはいけないと父が言っていた。僕もそうだと思っている。

 普段ならさっさと離れるけど、ここが隣町だということ以外に僕はこの土地のことをなにも知らない。最悪、ここで夜を越さなければいけない。だからできるだけここから離れたくない。


「あの……こんな時間になぜ公園にいるんですか」

「ん、僕かい? 仕事後の休憩さ」

「仕事のあと、ですか。疲れる仕事なんですね」

「うん、疲れる仕事だ。それに今回は中でも一番疲れるやつだ」


 普通に世間話をしてしまっている。僕も僕だけどこの人もこの人だ。こんな夜に学生位の年の若者が人気のない公園にいたら普通は不振に思わないだろうか。

 もしかしたら疲れていてちょっと判断力が鈍っているのかもしれない。今の僕にとっては都合がいいけど


「ところで少年、君はどうしてこんな夜中に公園に一人いたんだい? 見た目からして君、まだ学生だと思っているんだけど」

「…………」


 残念、普通に不振に思われていた。やっぱりすぐに離れたほうが良かったかな。

 少し前にも同じことを思ったけど後悔に先に立たず。今更考えを曲げられない。


「足運びがちょっと自然じゃないね。相当の距離を、それも普段走らないほど走ったみたいだ。着ている服も走ることを考えているとは言えない、普段着か友達と遊びに行くときくらいだね」

「怪しいと言いたいんですか」

「うん」


 言い返すも即答されてしまった。普通そうなのだから仕方がない、僕自身が思っていたのだから。

 本当のことを話そうかと一瞬考えたけど、この話を他人に話していいのだろうか? いや、良くないだろう。言ったところで頭が愉快な人くらいにしか思われないだろうし、この人を信用していいのか僕にはわからない。

 だけど、嘘をつこうにもいい嘘が浮かんでこない。


「まあ、言いたくないなら言わなくていいよ。全然知らない人に言えることなんてあまりないだろうしね」


 口を閉ざしていると、言わなくていいと言われた。無理に聞く気はないようだ。もしかして興味本位で聞いてきたのかもしれない。

 僕からしたらとても助かることだけど、あまり初対面の人を信用したくない。何を考えているのかもわからないし。

 名前も知らない人は会話が続かなくなるとコートのポケットから携帯を取り出してなにかを確認しだし、5秒も経たずに再びポケットへしまう。もしかして時間を確認しただけ?


「休憩もそろそろ終わりかな、それじゃ」


 どうやら本当に時間を確認しただけのようで、ベンチから立ち上がって歩いて行ってしまう。

 どうにかこの場から去らずに済んだ。何も知らない場所だからね、できるだけ夜の町を歩き回りたくない、足も限界だし。

 僕が心の中でほっとしていると、知らない人が歩みを止める。どうしたのだろうか、と思っていると


「僕の名前は乙藤(おとふじ)。君の名前を聞いてもいいかな? 」


 自分の名前を名乗り、僕の名前を聞いてきた。だけど僕は何も答えなかった。

 名前を知られれば個人情報なんて簡単に知られてしまうのが今の世の中、と母が言っていた。その母の言葉ももとは父から聞いた話らしいが。

 とにかく、家族の言葉を信頼している僕は話さなかった。すると、息を吐いて乙藤はその場から去って行った。本当に無理矢理聞く気はなかったよう。

 その後、5分間ほどだろうか。乙藤が立ち去っても僕はその場に立っていた。初対面の人との会話のせいで身体が強張っていた。いや、初対面だからじゃない、怖かったのだろう。自分でも訳がわからないことで家から逃げ出し、こんな知らない土地で途方に暮れていたことを、知らない人に話すのが。

 足を動かしてベンチに座り込む。いきなりの出会いだったせいか当初の目的だった冷静な思考ができた。それと同時に周りの気温が下がっているのにも気が付いた。


「……これからどうしよう」


 乙藤と出会う数分前の言葉を発する。それと同時に精神的にも、肉体的にも疲れた体が重く感じられ、僕は睡魔に襲われた。

 抵抗する気力もない僕は、そのままベンチに体を預けて眠った。


    ◇   ◇   ◇


「う、ぅ~~~~ん」


 朝、掛け布団に包まれた痛む体を起こして伸びをする。意識はまだ半覚醒ほどだった。

 頭を左右に振って少しばかり睡魔を飛ばして辺りを確認する。ここは……僕のベッドじゃない。

 目覚めの後の思考はちょっと遅い、しばらくしてようやく昨日のことを思い出した。そっか、僕は家から逃げたんだった。

 気付くと同時に、脳を刺激するものが鼻から匂った。あれ? ここは公園だよね。においのする場所を見ると、僕の半覚醒だった意識が一瞬で完全覚醒した。


「やあ、おはよう少年。良い朝だね」

「……何してるんですか、乙藤さん」


 そこには、飯盒(はんごう)を炊いている乙藤の姿が。とても、そうとても衝撃的だった。

 ここ公園だよね、どこから木を……公園を囲むように木が生えてるから多分、その枝かな。いや、だからってなんでこんな住宅地の真ん中にある公園でご飯を炊くのだろうか。

 その答えは乙藤さんが言ってくれた。


「いや、少年の格好を見るにお金も持っていないだろうと思ってね。僕の家に連れて帰るわけにはいかないから布団と飯盒を持ってきたんだよ」


 言われて気が付く。さっき払ったのは掛け布団だ。僕は何も持っていないので必然的に誰かが持ってきたことになる。

 そして、それを持ってきたのは目の前の乙藤。なぜ僕のために? あと


「なんで飯盒なんですか」


 普通作るのも面倒な飯盒を持ってくるだろうか、いや持ってこない。

 僕だったらコンビニでおにぎりを買うね。


「カレーが食べたくなってね」


 この人の頭はもしかして合宿気分なのだろうか。とても理解できない、したくもない。

 なんなんだこの人、なんで僕に構うのだろうか。悩む僕を余所に乙藤は米を炊き、カレーを作っていく。カレー独特の香ばしい香りが公園の中に充満しだす。


 感想から言うと、カレーはとても美味しかった。

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