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B・アウトホームズ  作者: 癒遺言
第一章『Broken Day』
3/58

「壊れる日常」

B・アウトホームズの世界での時間

・5月12日 朝~夕方

「では兄者、今日も勉学に励もうぞ」


 話を終えると、ちょうどいつも別れるポイントになっている十字路に着いていた。僕はずっと癒深から聞いた話について考えていたから気が付かなかった。

 僕が考え事をしていたからか、癒深は一言も僕に話しかけてこなかった。配慮も足りている、本当に出来のいい妹である。

 僕の返答を聞くことなく癒深は右に曲がっていく、彼女の通う中学はこの十字路を右に曲がらないといけない。逆に、僕が通う高校は左に曲がる。


「あ、癒深。最後に一つ」


 いつも聞くことをまだ聞いていない。急いで右に曲がって話しかけた。癒深は「なんじゃ? 」と振り向くが聞くことがわかっているのだろう、少しだけ頬が緩んでいる。


「新しく入った学校の方はどう? 」


 中学に入学して半月、学校に慣れ始めているだろう妹に聞く。彼女の話し方はこのとおり爺口調だ、普通の話し方ではないから彼女は周りから疎遠になりやすい人物だろう。

 それが心配で僕は毎日飽きもせず聞く。それは自分でももう耳にタコができるほどだ。


「大丈夫じゃよ兄者、気の良い友達は何人かおる。兄者に心配をかけるようなことは何もありはせんよ」

「そう、ならよかったよ」


 この話し方は彼女の素だ。彼女が中学に上がった最近では良く中二病と勘違いされるけど違う。

 カッコいいと思うから、理想に近づきたいから、自分は特別だと思い込む。そんな良くある理想、妄想からなる中二病とは彼女は関係がない、確かに彼女は頭が良くて普通とはほんのちょっと違う。

 でも、それが原因で彼女は傲慢になったりはしない。


「童は兄者の妹じゃ。立派な兄者に心配をかけるような不出来な妹ではない」


 ただ、ちょっとブラコンな気がするけれど…………。


「じゃあ、心配はないね。呼び止めてごめん、それじゃあ」

「うむ、大丈夫じゃ。この時間なら遅刻になることは万に一つもない。ではな、兄者、彼女である姉者によろしく」


 最後の言葉を聞くと癒深と僕はお互いに背を向けて歩き出す。最後の最後まで僕は彼女に注意をすることができなかった。

 殺人事件の聞き込み、癒深はそれを続けているらしい。だから今日も彼女は学校に着くと聞きまわるのだろう。


 「なんで止めなかったんだろう」僕はつぶやいた。月は僕を見下げて光を浴びせるだけだ。


  ▽   ▽   ▽


依人(よりひと)、おはよう! 」

「おはよう理名(りな)


 しばらく歩いていると僕より少し小さい女の子が後ろから走ってきて肩を叩いて元気よく挨拶してきた。

 この子は小さい頃からの付き合いがある幼馴染、そして僕の恋人だ。

 気分屋だけど快活、悩みがなさそうで少し長く伸びている髪を青いリボンでサイドテールに纏めているのが特徴だ。


「ねえねえ、今日の放課後に癒深ちゃんと買い物に行く予定なんだけど依人はどう? 」

「え、そうなの? 」


 妹から一言も告げられてない情報を聞いて僕は聞き返す。理名が僕の恋人であることは家族も知っている。癒深とも仲が良く、よく一緒に買い物に行っているらしい。

 時々、家族に告げずに一緒に行くこともあるので今回もそれだろう。その証拠に彼女は「ああ、言ってないんだ」というような顔を作る。感情が顔に出るのも彼女の特徴だ、僕以外でも仲がいい人ならすぐにわかる。


「うん、そうだよ。それでどう、来る? 」

「いや今回はやめておくよ、癒深を頼むよ」


 ガールズトークで僕や家族に話せないことを話すのが目的なのかもしれない、だったら僕はいない方が良いだろう。それにもし癒深が行こうとする場所が下着売り場だったとしたら僕が手持無沙汰になる。

 できるなら三人一緒に楽しめる場所に行きたい。目的地があればそこに行くだろうけど理名が僕を誘うということは今回、目的地はないのかもしれない。


「そっか、うんわかった任されたわ。あ、でも気が変わったらいつでも言いなさい、依人が邪魔になることはないから」

「わかったよ。まあ、今日は不参加の可能性は高いかな。明日なら参加できたかもしれないけど」


 買い物に参加できないのには理由がある。今日は久しぶりに両親二人が休暇、二人とも家にいるのだ。

 これは結構珍しいことだ。どちらか片方が休暇の時はあるのだけど同じ日に休みになることは本当に少ない、半年に一回あるかないかといった感じだ。

 だから今日はゆっくりと家で過ごしていたい。妹の癒深は知らないのかな? 知っていなくても今は伝えない方が良いかな、買い物するみたいだし。


「あ、それじゃあ明日は久しぶりにデート、する? 」

「え? 」


 不意を突く形で理名が提案してくる。本当に不意を突かれた。彼女からデートを申し込まれるのは珍しいことじゃないけどいつもは明日、ではなく今度の休日だからだ。

 準備期間を入れてじっくり、どこに行くかを決めるのがいつもだけど唐突に明日と提案してきたのは今回が初めてだ。

 僕は右向き左向きキョドりながら頷いた。


「うん! じゃあ明日デートね」

「で、でもどうしたのいきなり。明日だなんて」

「う~ん…………わかんないわ、でも明日デートしたくなっちゃったの」

「いつも通りの気分屋だね」


 デートスポットを見て行きたいということはあるけど、いきなりこれだと決めることは少ない。だけど彼女らしいと僕は思った。

 明日、さっき言った通り僕に予定はない。だからきっと行けるだろう。

 ふと頭に前に行ったデート場所はどこだったろうと文字が浮かんだ。折角デートするのに前回と同じ場所では新鮮味がない。


「最後に行ったのはどこだっけ? 」

「えーと、隣町の自然公園ね。結構広かったわね」

「ああ、隣町の…………」


 隣町、その単語が頭に入ると癒深との会話を思い出した。隣町の殺人事件、なぜこんなにも考えてしまうのだろうか。

 やっぱり身近な場所で起こったからなのだろうか。わからない。


「どうしたの依人」

「なんでもないよ」


 幼馴染だからだろうか、僕の変化に気付いた理名が顔を覗き込んできた。僕は顔を横に振って今の顔を見られないようにした。殺人事件の話などしてしまったら彼女を不安にさせてしまうかもしれない。

 だから僕は無理矢理にでも話を戻した。「それで明日はどこに行く? 」


 それからは普段通りに学校に行って時間が進んだ。まるで時が吹っ飛んだかのように放課後になった。

 理名はすぐに手を振って癒深との集合場所へ。僕は新しく知り合った友人と一緒に駄弁りながら帰る。

 そんな「普通」は突然壊れた。



  ▼   ▼   ▼



 それは突然だった。数分前に家に帰ってきた僕がマンガを読んでくつろいでいると体全体に氷柱が突き刺さったのかのような悪寒が走った。

 とても不快で、まるで全身を舐められたのような感じの悪さに僕は眉間に皺を寄せた。


「なに、これ」


 それからの変化は劇的だ。全身は悪寒によって震えているのに手には汗が、喉は唾液も涸れて水を欲しがっている。

 こんなことは一度だって起きたことはない、「異常」だ。普通ではないというのに僕の足は自然と部屋の扉へと向かった。


「出ないと……早く出ないと」


 まるで麻薬を多量に摂取して幻覚を見ているかのようにうわ言を口にする。だけど僕の手は扉を開け、足は階段を一段一段下りていく。

 冬なら蒸気が出るのではないかと思うほど、頭は熱くなっている。今の僕は「普通」ではない。なぜ家から出る必要があるのだろうか。


「あら、依人。どうしたの? 」


 玄関へと足を運んでいると後ろから声をかけられた。この声は母だ。

 リビングから調理をする音は聞こえてくるけど、味噌汁の独特の香りは漂ってこない。母は必ず味噌汁を作るので、今日の夕飯は父が作っていることが分かった。

 さっきまでうわ言を呟いていた僕は後ろを振り返らず、そのまま母の質問に「普通」に答えた。


「中学の友達に貸してたゲームを返してもらいに行くんだ。長いこと貸してたからおススメのゲームも借りるんだ」

「あらそうなの。なら気を付けてね依人。朝に癒深が言ってたような事件がこの町でも起きるかもしれないから」

「うん、わかったよ母さん」


 心配性な母は僕が玄関を出るまで僕の背中を見ていただろう。僕は玄関を閉めるとすぐにその場から駆けだした。

 なんで、僕は母や父に話さなかったのだろう。「悪い予感がするからすぐに家から出よう」と。

 いや、わかっていたんだ、話したとしても信じてくれないと。だって信じられないじゃないか、これから悪いことが起きるかもしれないなんて世迷言も良いところ、妹とは違う完全に中二病の言葉だ。

 僕自身でも信じられないんだから、父や母が信じるはずがない。

 家を離れる僕の頬に熱いものが流れる、多分これは涙だろう。頭の中で家に帰ろうと説得する僕と、このまま逃げろと叫び続ける僕がいた。

 なぜ逃げようとするのか、わけがわからず混乱している僕は、そのどちらにも耳を傾けず涙を流しながらただただ走った。


「ごめん……母さん、父さん……!」


 走ることに集中していた僕は、走っている最中、自分が何を言ったのかもわからなかった。



  ▼   ▼   ▼



 日が暮れた暗い夜道を童は笑顔で歩いていた。

 今日は気分が良い、なぜなら母と父が二人揃って休暇で朝食以外で久方ぶりに家族全員が揃っておるからだ。

 今日の物買いに兄者はいなかった。今頃はおそらく、家でのんびりしておるのだろう。本心は兄者と共にサプライズを計画したかったのだが、仕方がない、今日は兄者にも驚いてもらおう。

 その光景を頭に浮かべると自然と頬が緩んでしまう。両手で大事に持った四角い箱を落とさない様に、しっかりと歩きながら童は家に着いた。


「ふふふ、さてさてどんな表情をするのか楽しみでならぬ」


 童の予想で、おそらくは驚いたあとに頬を緩ませるだろう。その光景はさぞかし愉快だろう。それ以外でどんな顔をするのかも楽しみで楽しみならぬ。

 しかし、最初から笑んでいては警戒させてしまう。緩む顔をいつものキリっとした顔に変えて、鍵を取り出す。取り出す際も箱を落とさぬように気を付ける。


「むう、やはりまだ童の体は小さいのう……早く成熟してほしいのじゃ」


 兄者の妹として恥じぬ体に成長してくれるのが望ましい、誰にも屈さぬような強靭な肉体。兄者の妹ならば心も体も

 おっと、これ以上は今考えてもしょうがない、それよりも早く家に入らねば……ぬ?


「なんじゃ? 鍵が開いておるの」


 これは不思議だ。我が家は家族全員が鍵を持っておる、だから夜勤でなくとも家から入出した後は必ず鍵をかける。だというのに鍵が開いておる、閉め忘れだろうか。

 童はゆっくりと扉を開けて中に入り、大事に持っていた箱を落とした。

 箱の中に入っていたワンホールのケーキが玄関の床に落ちてそのクリームの白に新しい色を付けた。ケーキが地面に落ちた際、ピチャッという水音を響かせて水が跳ね、童の灰色のスカートにそれが付いた。


「…………え?」


 童の目に映った玄関は、今まで見たことのないほどに一つの際立つ色に包まれていた。そして、その中心には自分の見知っている人物が倒れていた。

 童は落としたケーキのことなど忘れてその人に近寄った。


「は、母! 母よ、ど、どうしたのだ! なぜこんなところで倒れておるのだ!?」


 倒れ伏している母に駆け寄りその体を抱く。両手に気色の悪い水音とともにこびり付く色、赤い色が心に恐怖を芽生えさせる。

 体を揺するも母は目を一向に覚まさない。不安を感じたその時、童は気が付いた。


「母…………腕が……右手が」


 母の右腕が、肩から先が無くなっていた。芽生え始めていた恐怖が一気に心を浸食した、目からは涙が絶えず流れ出て、歯がカチカチと音を刻みだす。

 だが、母の体温に童の感情は寸でのところで止まった。そう、母の体はまだ温かい、これならすぐに病院に連れて行けばまだ命を繋げられる。

 心を浸食する恐怖をどうにか治めると、その場に母を横たえて駆け足でリビングに向かう。

 包帯が入っている救急箱も、救急車に連絡を繋げられる電話もリビングある。恥ずかしい話、童は携帯を持ってはいない。今時、小学生さえ持っておる機器だが、父も母も童には与えてくれなかった。

 その時は別段なくとも困りはしなかったがしかし、今になって無理にでも要求すべきだったと悔やむ。今、携帯が童の手にあればその場で救急車に連絡を取れていただろうに……!

 童はリビング入り、その場の光景に身体を硬直させた。


「こ……れは……? 」


 辺り一面が鮮血に彩られていた。在り得ない光景だ、この量の血飛沫は人の致死量を優に超えている。それに童は忘れていた。

 本来、この家には母の他にあと二人の人がいるはずであることに。

 その考えに童が至ることを待っていたかのように、調理場の床にベチャッと何かが落ちる音がした。童はその音に「ひっ! 」と悲鳴を上げた。

 何の音か童はわかっていた。水分を多量に含んだものが地面に落ちる際に発する音だ、この場に相応しいものであるだろう。だが、童はそれを肯定したくはなかった、否定したかった、否定してほしかった。

 だから童は、その音に誘われる様にその音のする調理場へ、ゆらり、ゆらりと近づいて行った。


「………………嘘じゃ」


 近づき、その薄い黄色と黒色が見えるに連れ、童は反射的にその言葉を口にしていた。一言発せばもう一言。


「嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ」


 もうほとんど見えてくるころには呪われているかのように、狂ったかのように吐き出していた。

 そして、調理場に着き、転がっているそれを細部まで完全に目に移した童は、足に力が入らなくなり両膝を床に着けて


「嘘じゃと言ってくれ!! 父よ!!! 」


 生まれたばかりの赤子のように泣きじゃくった。


「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」


 童の目の前には辺りに散らばった体だった部品と、唯一父親と判断ができる頭部の遺体。

 片目がくり抜かれ口からは血が流れ、自らの血に染まった黒髪。それ以外には目を向けなかったが一瞬の惨状でわかった。母と違い、父は細切れになったかのように刻まれ、殺されている。

 泣きじゃくり、また少しの冷静を取り戻した童はそこまで考えを巡らせ、最後の一人、まだこの惨劇の中にいない人を思い出した。


「兄者!! 兄者!!!」


 もう喉から出てくる言葉は悲鳴となっていた。

 兄者だけは、兄者だけは無事でいてほしい。もう家族の中で残っているのは兄者だけ!

 童の中には母を助けるための包帯も、救急車を呼ぶべきことも頭の中から弾かれ、無くなっていた。

 ガクガクと震える足に力を入れ、その場から歩きだし階段を上がっていく。途中、踏み外しかけていつかの兄者のように転がり落ちそうになるも二階まで辿り着き、急いで兄者の部屋へと駆け込む。


「兄者! 無事か!?」


 しかし、そこにいたのは


「こんばんわ、お嬢ちゃん」


 兄ではなく、白いコートを着て右手に血濡れのナイフを握った一人の男だった。

 男は窓枠に座り、両手を広げ、笑って童を迎えた。

 その男の目は赤く、腕や顔の肌は病的に白く、まるで人ではないように思わせる。外から降り注ぐ月明かりのおかげだろう、男の見た目はよくわかった。


「誰じゃ……お主は」

「外を見てみなよ今日の満月は綺麗だ」

「話を聞け!!」


 童の話を聞かない男に一瞬で怒りの沸点を超え、激昂し、声を荒げた。

 誰に告げられずとももうわかっていた。頭に血が上ってはいるが、恐怖が心を埋め尽くすが童の頭は良く回っていた。

 この目の前の男が、童の家族を殺した者。そして中学で噂になっている殺人事件の犯人だ。

 声を荒げる童に男は知らんぷり、そのまま話を続ける。


「こういう満月の日ってさぁ、血が沸騰するくらいに興奮するんだよね~。お嬢ちゃんもそうは思わない? 」

「だから童の家族を、父を殺したのか!! そのお主の昂りを収めるためにか!? 」

「こういう日はいい出会いがあるんだよ、いつもよりいい感じの人に会える。思わず運命を感じちゃうよ」

「お主……! 」


 会話が成り立たない、こちらの話を無視して自分の話しだけをしている。

 怒りを感じる、だがそれと同時に恐怖を感じる。この男は焦りというものが見受けられない。逆に嬉々としている。

 それが恐怖をさらに広げる。自分のことを話しているのもこれから起こることへのスパイスのようなものでしかない様に感じられる。


「運命を感じるよ、お嬢ちゃんのような子は珍しいからね」

「……なんじゃと? 」

「お嬢ちゃんみたいな成熟している精神に未成熟の肉体。怖がって震えてるけどその怯えた顔を引っ込めてる。そそるよ」


 唇を舐める動作に全身の毛という毛が逆立った。この男は童を獲物としてしか捉えていない。怖がらせるために話したのであろう言葉、時間と余裕を与えて逃げ出す獲物をじっくり狩る。

 男の行動を童は理解しだしていた。だが、理解すると同時に恐怖が心を飲み込んでいった。

 ぺたんとその場に腰を下ろしたのはもう足には逃げ出せるような力は入っていないから。


「あれ? もしかして腰抜かしちゃったの、理解が早くて助かるねぇ。逃げる子を追うのもまた面白いけど……疲れちゃうんだよね」

「…………」


 もう、言葉を発することもできない。口にしてもこの男は何一つ聞かないだろう。

 涙が流れるのがわかる。兄者が助けてくれると思うがしかし、この場に来てほしくもなかった。来たら殺されてしまうからだ。

 男がゆっくりと足を運び、近づいてくる。恐怖から体が寒い場所へ投げだされたかのように震わせる。


「いいね、ますますそそる。できれば泣き顔と一緒に悲鳴も聞きたい」

「…………」

「……残念、悲鳴は無理か」


 男が右手を振りかぶる。あと数秒後、童はこの世から去ってしまうのだろう。

 ああ、今日持ち帰った殺人事件のことを兄者に話そうと思っておったのに、まさか犯人自らが現れようとは……思いもしなかった。

 運が悪い、噂だとしても隣町ではなくこの場に犯人が現れることは在り得る話だというのに童は……。

 笑えない話だというのに、無性に笑えてきた。緩む頬に男の左手が添えられる。狙いは首だろうか?


「兄者…………」


 最後、涙を流し、震える声で兄を呼ぶと、童の顔はぐしゃりと形を変えた。

 それを見た男は目を見開き、今まで見たことのない、素晴らしく綺麗な絵画に感動したかのような、最高の笑みを浮かべた。


「いいねぇっ!! その顔……最高だ!」


 狂喜に歪む男の顔が最後の光景とは、滑稽だ。振りかぶられた右手が下り童のお気に入りの犬耳コサージュが舞った。

 舞うコサージュを最後に童の意識は途絶えた。

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