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B・アウトホームズ  作者: 癒遺言
第一章『Broken Day』
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第十一話「昔の自分≠今の自分」

B・アウトホームズの世界での時間

・5月15日 昼

 歩けるだけの力を取り戻した僕は、あの場から離れ、いつもの誰もいない公園に戻った。戻ると、いつも座るベンチでなく、背もたれのないベンチに座って空を見上げる。今日は曇が漂っていて青空は見れない。僕の心の中のように曇っていてため息をついた。


「僕は、本当に無力だな」


 「無力」。その言葉を呟くと、真琴さんと緒方の戦いが脳裏に浮かんでくる。とてもついていけない、超人たちの世界。多分、乙藤もあんな戦いをしているんだろうね。

 癒深を助け出す。そう胸に秘めていたのに、僕は挫けそうになっている。

 僕はただの一般人だ。無力で、何もできないただの人間だ。あんな度が過ぎた身体能力なんか僕には持ち合わせてない。

 反応できない、恐怖に足がすくんでる、怖かい、逃げたい。緒方に対する恐怖が僕を覆ったあの時、サイレンが鳴るように自分の脳裏に浮かんだ言葉を思い出す。


「…………家族のピンチなのに、なんで動けなかったんだ」


 今、僕が抱いたのは緒方への恐怖じゃない。愛する家族のピンチに、なにもできなかった自分への怒りだ。僕は拳を握った。力を入れすぎて爪が皮膚を破り、血が流れ出すけど、僕は構わずそのまま握り続けた。

 昔、癒深と交わした約束が頭に流れ、僕を苦しめる。誓ったはずなのに……。


「助けるって……言ったのに……」


 声が掠れ、自分が泣いていることに気が付いた。涙は頬を伝い、地面に落ちていく。

 それを認識すると、まるで壊れた蛇口のように涙が溢れ出してきた。最後に聞いた癒深の声は、僕の胸を、心臓を掴むくらいに悲痛な声だった。

 今すぐに助け出したい。今すぐに駆け出したい。だというのに、僕の足は重りをつけたように重たく、胸はずきずきと痛む。後者は真琴さんに痛めつけられたからだろうけど、それでも、今行動できない自分に腹が立ち、イラつく。


「どうしたの、ヨリト」


 僕がその声に反応できなかったのは、突然だったから。

 僕が、その人が近づいてくることに気がつけなかったのは、考え込んでいたから。

 僕がその声にほっとしたのは、それが良く知る人の声だったから。

 僕が顔を上げると、そこに彼女はいなく、代わりに背中に何かが触れた。僕の着ている服と衣擦れあい、彼女が僕と背中合わせでベンチに座ったことがわかった。


「やっと、見つけたわよ」

「二日間、探してたの?」

「ううん、三日間。20時に一回家に行ったんだけど、誰もいなくて。それからずっと探してた」

「もしかして……学校休んで?」

「うん」


 学校を休んででも僕を探してくれていた、それだけで僕はうれしい気持ちになった。だけど、少し照れくさく思った僕は「ご苦労さま」とだけ彼女に言った。すると、彼女は「どういたしまして」と返してきた。


「まさか、隣町にいるなんて思いもしなかった」

「ごめん、理名(りな)

「ヨリトが誤る必要はないよ。連絡がなかったのは残念だったけど、私がヨリトを探そうって思っただけなんだから」


 ヨリト。そう僕の名前を短縮させるのはごく少数の人だけだ。僕と一番親しいほんの数人。理名以外の人とは、もうかなりの間会っていない。

 多分、僕のことなんて忘れているかもしれないけど、僕は覚えている。

 高校に入ると理名は気恥ずかしく思い出したのか、人がいるとあまりヨリトと呼ばなくなった。だけど、今みたいに誰もいない状態だと普通に呼ぶ。

 背中合わせのまま、僕らは話を続けた。


「デートの約束、破っちゃってごめん」

「いいよ、なにがあったのかはテレビで知ってる」


 僕に何が起きたのか、それを理名は知っていると言った。僕の両親が、すでにこの世にいないことを、彼女は知っている。

 彼女の声のトーンが落ちる。僕の両親と彼女は親しかったのだから、仕方のないことだ。


「ねえヨリト」

「なに」

「癒深ちゃんは?」

「……」


 家に入ったのなら知ってるんだろうね。緒方と一緒にいるのなら、あの家には癒深はいないはずだ。

 理名の言葉で本当に癒深が家に戻っていないことを、僕は実感した。それと同時に、緒方への憎しみもまた増していった。


「ねえヨリト」

「…………」

「なんでここで立ち止まってるの?」


 彼女の手が、僕の手の上に置かれる。久しぶりに触れた彼女の手は、少し暖かかった。

 僕は彼女の言葉に何も返さなかった。理名はそれに構わず、そのまま話し始めた。


「昔、癒深ちゃんと私を助けてくれたヨリトは真っ直ぐな気持ちを持ってた。ずっとかっこよかった。私を助けるときはいっぱい考えて、悩んで、答えを見つけてくれた」


 彼女が話してくれているのは3年前の話だ。まだ、僕が理名と交際する前の話し。

 そして、僕と癒深がすれ違っていたころの話し。


「苦しんでた癒深ちゃんを助けるときも、ヨリトはいっぱい考えたよね。どうやったら救えるか、どうやったら向き合って話せるか。あの頃の癒深ちゃん、私たちの言葉を無視して聞き流してたからとっても苦労したよね」


 僕は理名の話を聞き続けた。だけど相槌すら打たない。その代わり、僕は手の握る。


「一番の口癖は『私に構わないで』だったよね、癒深ちゃん。その次が『他人と話せる言葉は持ってない』だったっけ? どうやったら話に持っていけるか、ヨリト本当に悩んでた。私も協力してたけど、知恵の少ない私はむしろ足を引っ張ってたかも」


 そんなことない。最後は理名の発想のおかげで癒深と話すきっかけを作れた。紆余曲折、色々とあったせいで長い時間話せなかったけど、僕は癒深と話せた。


「あの頃のヨリトは本当に真っ直ぐだった。(くじ)けそうになっても、前を進んでた。だっていうのに」


 手の甲から彼女の手の感触がなくなった。それと同時に、背中からも彼女の暖かさが離れた。どうしたんだろう、と、顔だけを後ろに向けると、そこには回し蹴りを叩き込もうとしている理名がいた。


「いっ!?」

「なに憂鬱なオーラだして、へこたれてんの!!」


 必死に避けようとした。だけど座った状態のままじゃそう簡単に避けられるわけのもなく。彼女の足は見事に僕の胴に入った。ひねりが加えられており、かなりの力が(こも)った蹴りだった。

 吹き飛びはしなかったけど、蹴りがクリーンヒットした僕はベンチから転げ落ち、頭を打った。胴と頭の痛みに悶絶する僕を、理名は心配することなく見下げていた。


「今のヨリト、全然かっこよくない。家から離れて何があったのかは知らないけど、今のヨリトはヨリトじゃない」

「僕が……僕じゃない?」


 正直な話、今の僕は口を開きたくなかった。真琴さんから受けた痛みはまだ完全になくなっておらず、更に今受けた回し蹴りと落ちたときに打った頭の痛みが追加された。

 できることなら休ませてほしいけど、理名はそれを許してはくれない。


「そうよ! ヨリトはここで何してるの、癒深ちゃんはどこ行ったのよ! いないのなら、追いかけるのがいつものヨリトじゃない!」


 理名の言葉に僕は僕は何も言い返せなかった。確かに、いつもなら癒深を探す。だけど、今はその『いつも』じゃないんだ。

 探そうと思っても……。

 悔しさに唇を噛む。そんな僕を見たのか、理名は声を荒げた。


「悔しいなら、立ち向かいなさいよ! 癒深ちゃんを助けるときだって、ヨリトは立ち向かったじゃない!」


 昔と今の状況が違いすぎる。相手は殺人鬼で凶器を持ってるんだ。僕の立ち向かって、勝てる相手じゃない。


「逃げるの?」

「っ」

「逃げるの、ヨリト。逃げて、相手に怯えて足を竦ませて、ここで這いつくばるのがヨリトなの!?」


 顔を上げると、理名は泣いていた。泣きながら彼女は、僕に言葉を投げかけた。


「あのときだってそうだったでしょ。自分より背が高くて、力も強くて……でも、それでもヨリトは立ち向かった。怯えてても拳を握った。弱くても足を前に進めた」

「…………」

「ヨリトが無茶をするのは私は嫌だ。傷付くヨリトを見たくない。血を流してるヨリトを見たくない。私、あの時そう言ったよね? でも、ヨリトはそんな言った。『今、僕が無茶をしなくちゃ癒深が泣く。誰も信じてくれなくなる。もちろん、理名を悲しませたくない気持ちもある。だけど、ここで立ち向かわないと、僕はきっと後悔する。理名もきっと後悔する。そして、癒深は笑えなくなった自分を、信じる気持ちがなくなった自分を後悔することもできなくなる。僕はそれに耐えられるほど、心は強くない』」

「僕は……」

「『僕は臆病だ。自分の周りが不幸になることに耐えきれない、怖くなる』」

「臆病……者」

「『臆病者なんだ。だけど、臆病者だからこそ、周りが不幸になることが怖いからこそ、僕は立ち向かえるんだ。みんなが笑えるはずだ、って思えるから、僕は勇気を振り絞れるんだ』」


 そうだ。僕はそうだった。そう思ってた。

 忘れてたんだろうか。いや、背を向けていただけだ、見ようとしてなかっただけだ。

 僕は、周りが不幸になることにひどく怯えていた。逃げたくなるし、目を向けたくない。だから、3年前の僕は、そうならない様に立ちまかった、必死に考えていた。

 だけど、僕は背を向けていた、逃げていた。自分が、父さんと母さんを見捨てたんだと、助けられなかったんだと、後悔した。そして、癒深も………。


「ねえ、ヨリト……癒深ちゃん、どうなったの?」

「…………」

「まさか……癒深ちゃんも」

「いや、無事だよ」


 僕ははっきりとした声で理名に告げた。無事だと、癒深は生きていると。

 僕は立ち上がり、僕より少し背の低い彼女の頭に、手を置いて撫でる。


「ありがとう理名。迷ってた僕の背を押してくれて」

「……ううん。彼女として、彼氏の背を蹴るのは当たり前よ」


 それは……多分、言葉のニュアンスが違うかと……。


「これから癒深を助けに行くんだ…………帰ってくるのは遅い、と思う」

「そう……気を付けてね」


 僕は彼女を不安にさせただろう。理名が一瞬、暗い顔になったのを僕は見逃さなかった。

 でも、それでも僕は行かないといけない。癒深を助けないといけないんだ。

 思ったなら即実行。僕は何も言わずに理名に背を向けて歩き出した。理名も何も言わなかった。戻ったらいっぱい話そう。デートできなかった分、3日間で起きた出来事を話そう。



      ▽      ▽      ▽



「…………いってらっしゃい、ヨリト」


 ヨリトの背が見なくなると、私は呟いた。

 ヨリトなら平気だ。絶対に、絶対に殺人鬼から癒深ちゃんを取り返せる。そう私は信じてる。


「本当に、これで良かったのですか? 理名さん」

「……コトリさん」


 自分の名を呼ばれてそっちを向くと、入り口からこっちへと向かってくる人がいた。


「ヨリトの居場所を教えてくれて、本当にありがとうございました。……あれでいいんですよ、ヨリトは」

「そうですか」


 コトリさんは私にヨリトの居場所を教えてくれた人だ。この人がいなかったら、私は今もヨリトのことを探してたと思う。

 私にとっては恩人みたいな人だ。それに、色々と教えてくれた。


「それにしても、見ていてハラハラしました」

「どうしてですか」

「テレビやラジオでは、殺人が起きているとは話されていません。失踪事件とだけ話されているのです。殺人鬼が起こしたものと言っていないので、理名さんが両親の死体を見たというのは矛盾が起きます。それに、感情が上がって、ユミさんが誘拐されたことをさも知っているように、依人さんを叱咤してもいました」

「あ、あははは。すみません……」


 依人、ヨリトの身に起きた3日間のことは、大体この人に聞いたこと。だから、癒深ちゃんが連れ去れたことも知ってる。言われた気が付いたけど、私本当に危ない発言ばっかしてるよ。一歩間違ったらヨリトをさらに混乱させてたかも。


「依人さんが気分を沈ませていたことが功を奏したのでしょうね。結果オーライと言ったところでしょうか」

「本当にすみません……」

「いえ、結果良ければすべて良し、です。後は無事に帰ってくることを望んでいましょうか」


 本当に危なかったよ……でも、ヨリトが昔みたいに戻ってかっこよくなったから、うん、いっか。

 戦う人が戦う人みたいだから無事じゃすまないだろうけど……癒深ちゃんと一緒に、戻ってきて。

 …………あ、そういえば。今更な気がするけど。


「コトリさん」

「はい、なんでしょうか」

「コトリさん、私が知らないこといっぱい知ってるようですけど……何者なんですか?」


 本当に、謎なんだよね。コトリさん

 コトリさんはくすりと笑い、片目を瞑って人差し指を唇に当て。


「秘密です」


 と言った。


「そこを何とか」


 私は両手の(しわ)を合わせて無理を言った。さすがに謎すぎて不安になった。この人はもしかしたら何かを(たくら)んでいるのでは、と不安になるのだ。

 コトリさんは「う~ん」と唸ると人差し指を立てた。どうやら一つだけ教えてくれるようだ。


「…………依人さんをサポートしている人、とだけ言っておきましょうか」

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