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B・アウトホームズ  作者: 癒遺言
第一章『Broken Day』
14/58

第八話「美味い物」

B・アウトホームズの世界での時間

・5月15日 昼

「ステーキ定食上がったぞ!」

「へい、お待たせしました。特盛の白米とステーキ定食です」


 店の中に入ると、元気溌溂、店内に響き渡る声と、低いけど不思議と喧騒の中でも良く通りそうな声が耳に入ってきた。

 ここは昨日も来た定食屋、その名も『漢帝(ソウル)』だ。うん、やっぱり普通読めないや、この店名。

 なんでこんな店名になったのか少し気になる。


「やっほー(げん)さん。繁盛してるかい?」

「おお、真琴ん嬢ちゃんじゃねえか! らっしゃい。お? 昨日の坊主じゃねえか、お前ら知り合いだったのか」

「まーね、昨日知り合ったんだ」


 淡々と理由を話して真琴さんは厨房が見える位置の席に着いた。僕もその隣に着く。

 周りを見ると、昨日と同じくボリューム満点の料理を頬張っている人が多い。

 しばらくするとお冷とおしぼりが出され、真琴さんが出されたお冷を飲むと腕を組み、僕に目を向けてきた。真剣な目だ。

 一体どうしたのだろう。真面目な空気に僕は唾を飲み込んだ。


「僕、油ものは苦手なんだ」

「だったらなんでこの店選んだの」


 いきなりのカミングアウトに、僕は敬語で話すのを忘れてツッコミを入れた。

 見るからにメニューに油ものが多そうな定食屋に連れてきて、相方に言った第一の言葉がそれだったら誰だってそう言いたくもなる。

 僕が言葉を返すと、真琴さんは無視してメニュー表を見始める。


「食べれないわけじゃないんだ。ただ単に苦手なだけなんだ」

「…………」

「なんていうか……脂っこいものは胃が焼ける感じがして受け付けにくい」

「野菜豊富のものはないんですか?」

「いつもは日替わりを頼んでるんだけど……今日は運悪く油ものみたい」

「諦めてください」

「僕に死ねと?」

「言ってません」


 本当に、なんでこの人はこの店を選んだのだろうか。不思議でならないよ。

 もしかしたら、ただ単に量が多いことに惹かれたのかもしれない。まあ、僕と同じ年ってことは、食べるご飯の量も多いだろうしね。

 溜息を吐きながら僕もメニュー表を取る。今日の日替わりはチーズハンバーグ定食、これは労働者向けに作られていて生地の中に背脂が使われてるらしい。

 僕は高校生になってからそれほど運動してなかったけど、今日からは町の見回りとかで結構動くだろう。これを頼もうかな。

 自分の注文の品を決めると真琴さんの方を見る。彼女は注文を決めただろうか。


「…………」


 真琴さんに目を向けたら、なぜか彼女はメニュー表とにらめっこしていた。

 真剣に品を見定め、一体どれを選べばいいのかわからない、というような考えをしているようだ。

 彼女はいったい何をしているのだろうか……いや、ただ単に油分が少ないのを選ぼうとしているのはわかっているんだけど。

 僕が微妙な顔を浮かべていると、彼女は自分が見られていることに気が付いたようで僕の目を見る。僕が言いたいことがわかっているのだろう、彼女は口を開いた。


「僕の食べられるものがない、どうすればいい?」

「君は普段ここで何を食べてるの?」

「さっき言った通り日替わりだよ」


 毎回毎回、野菜中心の料理だったのだろうか……。

 彼女の話によると、何回かはメニューに載っている料理を食べたことがあるらしいが、油分が多くて完食できなかったらしい。

 だから野菜多めの料理ばかりを頼んでいるのだが、ここは普段大労働している人が多く訪れるため、油分の多いこってり系ばかりがメニューに並んでいる。

 一応、栄養バランスが偏らない様に計算はされているようだが、何分男連中向けなため真琴さんみたいな女性には向いていない。男勝りな性格だけど、中身はちゃんと女の子なんだね、真琴さん。


「……どうしようか」


 運が悪かった、というかここ以外に選択肢はあったと思うんだけどな。だけどもう仕方がない、ここは店長に相談した方がいいかな。あの店長なら怒ったりしないで親身に考えてくれそうだし。

 そんな甘いことを考えていると、その店長が近づいてくる。どうしたんだろう? まだ呼び鈴も押してないのに。

 疑問符を浮かべていると、店長の片手に料理が乗っていることに気が付いた。なんだ、ただ注文の品を運んでるだけか。ちょうど店長について考えてたから僕たちに用があるのかと思っちゃったよ。


「ほい」

「……はい?」


 と、油断していたら店長が僕と真琴さんの間に料理品を置いた。あれ……どゆこと?

 目をぱちぱちと瞬きして店長を見ていると、店長はにっこりといい笑顔を浮かべて口を開いた。


「すまねえな真琴ん嬢ちゃん。お前用の野菜料理を作ることだけを考えててメニュー表に追加するの忘れちまってた」

「…………」

「…………」

「ん? どうしたお前ら、そんな(ほう)けた顔して」

「いや、なんでもないよ。ありがと店長」

「おう! あ、坊主は注文決めたか?」

「あ、はい」


 わけのわからない現状に一瞬頭が回らなかった。注文を頼み、店長が厨房へと消えていくのを見ると、やっと僕は何が起きたのかわかりだした。

 どうやら、店長は真琴さんが油ものがダメだということを知っていたようだ。聞いた話、店長は真琴さんが油ものを頼んで完食できなかったときに彼女が油ものが駄目だということを知ったらしい(その前に食べに来たときは普通に完食していたとのこと)。

 これを知った店長は油ものでない、ヘルシーな料理も作ろうと考えたらしい。しかし、店長が得意とする料理は油ものばかりでヘルシー系は得意ではなかったらしい。知人にこのことを話すと、どうにかその解決策を伝授してもらった。


「で。それがこれ、と」

「うん、これは僕の口に合うものだよ。ちゃんとおいしいよ店長」

「おお、それはよかった! やっぱ酢の物が入った和食も良いもんだな~。あっはっは!!」


 豪快に笑う店長から目を離し、僕は自分のチーズハンバーグを食べながら真琴さんに出された和食料理を見る。

 魚の塩焼きに大根おろし、きゅうりの酢もの、山盛りのごはん、豚汁。他の料理に比べて随分と手の込みそうなものが揃っている。とても目の前にいる店長(人の出入りが少なくなったのでここにいる)が作ったものとは思えない。


「いや~俺もこの歳になって料理の幅を広げるとは思わなかったぞ」

「ごめんね店長、僕のせいで手間を掛けちゃって」


 料理を食べながら真琴さんは謝る。ご飯を口いっぱいに頬張るその姿はとてもハムスターに似ていた。

 とても謝っているようには見えないけれど、よく見ると真琴さんは耳まで真っ赤にしている。どうやら、自分用の料理が作られていることを知って恥ずかしいようだ。

 店長はそんな真琴さんに笑って答えた。


「謝んな真琴ん嬢ちゃん。嬢ちゃんのおかげで店を盛り上げる美味い(もん)要素が増えたんだ、俺からしたらむしろ感謝するくらいだ」

「そう、ならよかった」


 真琴さんはさして興味なさそうに返す。だけど、内心は嬉しく感じてるんだと思う。さっき素直に謝っていたのだ、そんな人が何とも思わないはずがない。

 ちなみに、真琴さん用の料理(メニュー表に追加予定のよう)は字面にするとそこまで多くなさそうに見えるけど、実際にはそんなことはない。

 ご飯と豚汁の容器は木製だけどどう見てもラーメンやうどん用の器で、きゅうりの酢のものの容器は調理器具のボウルサイズの陶器、魚は五匹ある。普通の人が食べる量ではない。だけど真琴さんはそれを普通に口に入れていっている。

 もしかして真琴さんの力の源ってこれなのかな? そんな馬鹿げた考えが僕の脳裏をよぎってしまった。



「そうだ、あいつは今日一緒じゃないのか。まさか、またどっかへ消えちまったのか?」


 しばらく料理を食べていると店長が口を開いた。

 乙藤さんのことだろう。店長とは二十年の付き合いだって言ってたし、昨日は「すっと消える」って言ってたし。

 僕は知らないから何も言えないけど、多分消えてはいないだろうね。今は危険人物がこの町にいるらしいからね。


「あいつは別行動中だよ」


 僕が知らない乙藤さんの話は真琴さんの口から話された。


「えとね、今はなんだか調べごとしてるらしくてね。それが終わるまでは別行動なんだよ」

「そうだったんですか」

「ん? 坊主は聞かされてないのか」


 僕が知らないことに店長は疑問符を浮かべた。まあ、僕は所詮協力者だからね、むしろ話されないことが普通なんだよね。

 でも、そんな僕に朝食のパンを届けるあたり、待遇はよかったりするね。


「いや、僕もさっきまで知らなかったよ。署に行ったら偶々あってね、電話で連絡する予定だったみたいだよ」

「ふ~ん、そうだったんか。あいつは本当にあまり直接会わないな」

「まあ、昔からそうだったかな。本人曰く、人見知りだそうだよ」


 僕をよそに展開される乙藤さんの話し、僕はそれをチーズハンバーグを食べながら聞く。そうだったんだ、人見知りだったんだ乙藤さん。

 それにしてもここのお店の料理は本当においしいね。食べすぎると太りそうだけど。


「あ、そういえば写真あいつが持ってったんだった!」

「え、そうだったんですか」


 てゆうか真琴さん忘れてたんですか、ちょっとショックだ。大事なものなのに……。

 真琴さんは申し訳なさそうにこっちを見上げるも両手にはご飯とお箸、口の中には料理がいっぱいで口が食べ物を口にため込んでいるリスのようである。喋る前に口の中のものを胃に収めてくださいね。


「まあ、仕方ないですよね」

「重要だからって持ってかれたんだ。僕も依人くんに見せないといけないからって、退かなかったんだけど、僕がいれば大丈夫だろうって一歩及ばなかったよ」


 確かに、変だと思った人がいれば真琴さんに話せばいいよね。

 できれば相談しなくても大丈夫なようにしたかったけど、僕は協力者だから仕方ないかな。こればっかりは何を言っても無駄だろうし。


「そだ。店長、変な(うわさ)とか知らない? 僕たちの仕事で役に立つかもしれないんだ」

「噂? ふ~ん…………ないな」

「そうですか……」


 思いついたように真琴さんが聞くも店長は何も知らない。

 普通、話がそこらへんに転がってないだろうから仕方なし。昼食前みたいに昔の刑事ものように地道に足で探すしかないね。


「協力できなくて悪いな」

「いえ、そんなことないですよ」


 バツの悪そうに頭を掻く店長に僕は笑顔で返した。店長は何も悪くないし、悪い人はこの中にいない。

 相手は指名手配すらできない危険な相手だ、知ってた方がすごいと僕は思う。


 この後、僕と真琴さんは店長が料理を作り始めるまで談笑(だんしょう)し、料理を食べ終わるとすぐにお店を出た。

 外に出るとまだお昼、真琴さんは雲一つない快晴の空を見上げて息を吐き、すぐに真剣な表情で僕を見た。


「それじゃあ、休憩終わって見回りを続けるよ、依人君」

「はい」

「それじゃあ、出発だね~ 二 人 と も」


「…………」

「…………は?」


 間抜けな声とともに後ろを向いた僕の目の前に、知らない人がいた。

 知らない人はとても、とても楽しそうな顔をしてそこに立っていた。その人を見た僕はというと目を瞬きさせていた。

 タンクトップの上にワイシャツをボタン一つ留めず、だらしなく着た赤目の真っ白な人。こんな人、初めて見た。


「ハロー、初めまして。あ、真琴ちゃんは久しぶりかな? はははは!」

「お前…………!」


 後ろで真琴さんが歯ぎしりする音が聞こえた。それだけで僕は確信できた。

 僕の脳裏に昨日の夜見た光景がフラッシュバックした。それは父さんと母さんの遺体。

 おそらくこの人が、いやこの人が


「うんうん、良い『出会い』だよ。最近『運』が良すぎて(こわ)~いくらいだ」


 僕の父さんと母さんを殺した殺人鬼!


緒方(おがた) 輝夜(かぐや)あぁっ!!」


 目に憎悪を浮かび上がらせ、犬歯を剥いて僕はその男の名を叫んだ。

 緒方はそれをどこ吹く風か、そよ風を受けたように目を細めて聞き返した。


「何か用かな? 癒深ちゃんのお兄さん」

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