第六話「ハイ&ロー≠ナンセンス」
B・アウトホームズの世界での時間
・5月15日 朝
殺人鬼 緒方 輝夜の名前を知った次の日の朝、僕は自分の家から離れた場所、僕が逃げ延びた公園のベンチで目を覚ました。
目を覚ますと体を起こし、軽く伸びをして意識を覚醒させる。今日はいつもの寝起きと違ってそれほど眠気はなかった。
近くの水飲み場で顔を洗っていると、背後から土を踏みしめる音が聞こえた。そちらを向くと
「まさかとは思うけど……ここで生活してるの?」
「あ、真琴さんおはようございます。そうだけど」
「おはよう……って、本当なんだ……」
昨日知り合った少年みたいな少女、咲瀬 真琴さんが呆れ顔で近づいていた。
真琴さんは僕と同い年で17歳らしい、けど見た目がどう見ても小学校高学年レベル。癒深と同じくらいに見える。
しかし、内に秘めている力は絶大だ。
「なんだってこんな公園でホームレスしてるのさ。帰る家も、保護してくれる人も目の前にいるっていうのに」
ベンチに腰掛けると真琴さんは聞いてきた。僕もその隣に座って真琴さんの話を聞く。
ホームレス、確かにそうだ。お金もほとんど持ってないし、携帯もない。今の僕はホームレスだ。
「う~ん、そうなんだけど……家には帰りづらいんだ、誰もいないし。保護してくれる警察には、ちょっと頼みづらいかな。もう何回か世話になってるから」
「あいつはお節介焼きでお人好しだから、そんなに畏まらなくても大丈夫だよ」
「ははは、そうだね」
あいつっていうのはきっと乙藤さんのことだね。確かに、お節介焼きでお人好しそうだ。
実際に、さっき起きたらメロンパンが一個置かれてたしね。
ここまでしてくれる人っていないよね。少なくとも僕の回りでは両親を除いてそんな人はいなかった。……いや、恋人の理名がそうだったかもしれない。
そういえば、理名とデートの約束があったな。結局、なにも告げずに離れてしまった。心配してるかも……。
「おい、辛気臭い顔はよしくれない? そういう顔とか雰囲気、僕嫌いなんだ」
「あ、ごめん」
「ふん、そんなんだと、この先大怪我負うよ。君のセンスが機能しても、ね」
「……」
この先。そう、僕はこれから乙藤さんや真琴さんと行動を共にする。家族を、妹の癒深を探すために。
昨日、僕は両親が殺人鬼の手によって死んでいることを知らされた。殺人鬼の名前を知らされたときにだ。
その時の僕は、人目も憚らずに大泣きした。僕は自分のセンスで一人だけ逃げた、家族も一緒に逃げられる状況だったのに。その時の僕はセンスについても、自分の力についても知らなかった。だけど僕は、僕が家族を見殺しにしたのだと強く思った。だって、僕は危険だって知っていたのだから、センスの力で僕は家に居ては危険だと知っていたから、僕は自分を憎んだ。
乙藤さんと真琴さんは僕のことを心配してくれたのだろう、僕が落ち着くまで何も言わずにいてくれた。
その後、僕は両親二人の遺体は見せてもらった。精神が不安定な僕にはとても見せられないと乙藤さんは言ったけど、一目でも見たかった僕は無理を言って見せてもらった。
「緒方って人、なんであんな酷いことできるんですか」
「……」
緒方 輝夜。僕の両親を殺した殺人鬼の名前だ。
真琴さんはその緒方って殺人鬼を知っているらしく、僕が緒方について聞くと顔を顰めた。
強く嫌っているみたいだ。
「緒方はなんでも大好きな馬鹿。好き過ぎて殺しちゃうほどの狂った人間だよ」
「なんでも大好き?」
「そ。植物も動物も、なんでもかんでも愛するはた迷惑な奴」
好き過ぎて殺してしまう。なんというかヤンデレのようだ。
僕の中では、ヤンデレというのは独占欲が強いせいで、狂ったように相手を求めてしまうっていうイメージがある。
聞いた話しの限りではヤンデレとは少し違うみたいだけど。
僕が知っている緒方 輝夜の情報は多くはない。今の僕はセンスの保持者の協力者というだけでボランティアの一種のようなものだ。
ただの協力者な僕に、乙藤さんが開示できる情報は少ない。
情報第1。今回、僕の家に侵入し、両親を殺害したのは緒方 輝夜。
情報第2。緒方 輝夜は指名手配されていないが、危険すぎる相手である。指名手配されていない理由が、出会った時点で死ぬことがほぼ確定(実際に乙藤さんの仲間が死んでいるらしい)指名手配しようにも、一般市民には対処のしようがない相手なため、手配は出していないとのこと。
情報第3。緒方 輝夜はセンスの保持者である。この情報はセンスのことを知っている人にしか開示できず、また知った時点でその者は目付けを付けられる。ちなみに、僕の目付け役は乙藤さんと真琴さんの二人だ。
この3つが僕の知っている緒方 輝夜についての情報。プロフィールとかがあればよかったんだけど、どうやら緒方 輝夜の個人情報はないらしい。
そもそも、緒方 輝夜という名前は偽名であるらしい。これは緒方 輝夜自身が言ったことだと乙藤が話していた。
本名はわからず、どの国籍にも彼の情報はないという謎ばかりの人間。年齢も不詳で、指紋もわからない。
僕の両親殺害が彼の仕業だとわかったのは、彼のナイフ捌きの中に特徴があり、それが抉る様に体を解体すること。
昨日の凄惨な父の遺体を思い出しそうになり、僕は頭を左右に振って、一度思考を区切った。
真琴さんは僕がなにを考えていたのかを悟ったのか、人差し指を立てて僕を注意した。
「緒方には気を付けるんだ。あいつは僕たちが今まで追って、一度も捕まえたことがない相手なんだ。君がいくら頑張っても、到底捕まえられないさ」
「わかってます。けど、緒方のセンスはそんなに強力なんですか?」
「…………う~ん、なんて言ったら良いんだろう。ちょっと難しい」
気になっていた。普段冷静な乙藤さんが顔を歪めたりする相手がどんな力を持っているのか。
乙藤さんが強いと認めている真琴さんも、緒方には気を付けろと言っている。なら、それに相応しいセンスを緒方は持っているに違いない。
聞けるという期待とどんな力を持っているのかという不安に駆られながら僕は真琴さんの言葉に耳を傾けた。
「緒方のセンスは『運』」
「…………『運』って、運良く晴れた、とか。運悪くタイヤがパンクした、とかの『運』ですか」
「うん、その運」
「……え? まさか、緒方のセンスはその運を操るってものなんですか!?」
まさか、そんな超常現象みたいな、まさに超能力やら魔術やらのファンタジー系の力を持ってるっていうの!? 本当にそうならどうやって勝てっていうんだ。
一人、勝手に想像を膨らませる僕。その僕を真琴さんは呆れ顔で見ていた。
「いやいや、そんなすごいものじゃないよ。センスの力の中でそんな出鱈目なものがあったことは今までに一度もないよ。まあ、君や僕のセンスも結構意味不明に近いものだけどね」
それはよかった。だけど、真琴さんのセンスってまだ聞いたことも見たこともないけど、一体どんな力を秘めているんだろう。
真琴さんと初めて会った時、真琴さんと乙藤さんの会話で得た情報だと、わかりやすいけど真琴さんが危険、らしい。危ない力ってどういうことなんだろう。
「緒方は『運』のセンス保持者なんだけど、その運が作用しているのは人との出会いだけらしいんだよ」
「……はい?」
「ああ、わかりにくかった? んとね、緒方の運は、緒方が願うだけで、自分と誰かとの出会いを操作するものなんだ」
「……つまり、あの人と会いたいと思うと、必然的に出会う、ってこと?」
「そ」
出会う確率を100%にする。そういうセンスだっていうの!? いや、それっておかしいよ!
僕が聞いたセンスは優れた感覚や才能のこと。だけど運は感覚とは到底呼べないものだ。偶然に起きる奇跡に近いと僕は思ってる。僕にはその力が、僕が読んでるマンガやアニメの超能力にしか聞こえない。
真琴さんはそのことを聞くと溜息を吐いた。
「君があいつに聞かされたのは優れた感覚や才能、じゃあ聞くけど、君の危機感はどこから受信しているものなのかな? 理屈では説明できない、超常現象と言ってもよくないものじゃない」
「う……確かに」
「隠者の存在感をゼロにする力もそうだ。普通にそこに立っているのに誰も気づけないような力。まあ、こっちは説明できるような類だけど。でも、依人くんのそれは、誰にも説明できないような代物だ」
「…………」
僕が彼女に反論できる言葉は見つからなかった。癒深なら違ったかもしれないけれど、僕は頭はそれほど良くない、平均並みくらいの学力の僕には言葉を探り出せなかった。
僕のセンスは『危機感』、死の危険を予知できるような意味不明な力だ。確かに説明できない。なんでこんな力を持てたのかもわからないし、なんで危険を予知できるのかもわからない。わからないことだらけだ。
「そだ。まだ説明してないことがあったね」
「説明してないこと、ですか」
「うん。センスについて、最後の話をしてなかった」
最後の話、か。重要なことなのかな? 重要なことならそう簡単に忘れないだろうし、多分、知ってても大丈夫なことなんだろう。
でも、センスって秘密にされてるものだし、重要じゃないことってあるのかな……。
「これは忘れてもいい、どうでもいいことなんだけど」
どうでもいいことだったよ。少し肩に力を入れていた僕は、真琴さんの言葉を聞いて大きく脱力した。
真琴さんはそんな僕のことを無視して話し出した。
「センスはその強さ……まあ、力比べなんてできないんだけどね。その強さと力の大きさによって『ハイセンス』、『ローセンス』、『ナンセンス』の三つで分けてるんだ」
「ハイとローはわかるけど『ナンセンス』はどうやって区別されるの?」
ハイ&ローは上下で付けやすい。
ハイは高い、ローは低い、じゃあナンセンスは……。
「『ナンセンス』は除外、蚊帳の外ってこと。悪い意味でね」
「……弱すぎるってことですか」
「うんや、危険すぎるセンスってこと。そのセンスの保持者自身がね」
「危険すぎるから……強弱、上下で区別できない……」
「強くもあり、弱くもある。依人くん、君の危機感も多分『ナンセンス』だ」
「…………」
強いとも、弱いとも言い切れ。それゆえに除外されるセンス。
確かに、僕のセンスは強いとも、弱いとも言える。危険の回避をできるけど、僕に掛かる負担も大きいみたいだし。
うん、『ナンセンス』だ。釣り合いが取れてるとも言えるけど。
「ちなみに、隠者は『ハイセンス』だよ」
自分のセンスについて考えていると、真琴さんが乙藤さんのセンスがハイセンスであると告げた。
まだ、聞かされてないことがあるみたいだけど、乙藤さんのセンスは聞いた限りだと、自分に危険が及ぶような力じゃなかった。
存在感をゼロにする力は聞いただけで高い力だとわかる、ハイセンスなのは納得がいく。
納得して僕が頷いていると、真琴さんがふう、と息を吐いた。もしかして、説明とかは苦手なのかな。
「これで、センスについては大体を話したかな。わからないこととかあった?」
「大丈夫、すごくわかりやすかった」
「なら良かったよ」
真琴さんがほっ、と息を吐く。うん、やっぱり説明は苦手みたい。
説明が終わると、僕は乙藤さんが置いて行ってくれたメロンパンを食べた。市販で売られている物ではないようで、店名とかが記されてない。
もしかしてだけど……手作り?
「食べ終わったら町を見回るよ。運が良ければ緒方と会えるかもしれないからね」
「見回る理由、本当は違うんですか」
「……僕はどこの誰だったかな?」
「あ……」
そういえば、警察の方だった。
いっつも忘れちゃうんだよね……真琴さんが警察だってこと。
「ふん! いいさ。どうせ僕は幼児体型だよ」
「そこまでは思ってな」
「な ん だ っ て !?」
「すみません、本当にすみません」
思わず出てしまった本音に思いっきり噛み付かれてしまった。いや、でも本心から言うと幼児体型とは思ってない。
……かなり小柄とは思ってるけど。
「はあ、まあいいさ。それじゃ見回るよ」
「うん……あ」
パンを食べ終わり、ベンチから腰を上げると、ふとあることが頭を過ぎった。
結構重要なことだ。これを知っていないと僕は町を見回っても意味がない。
足を止めた僕に真琴さんが振り返り、頭に疑問符を浮かべた。
「どうしたの?」
「いや、緒方の顔とか体系とか知らないって思って」
「ああ、そういえばそうだった。う~ん、それじゃあ一回署の方にいこっか」
「あ、写真とかあるんですか」
「うん、ちゃんと厳密に保管されてあるよ」
厳密に保管された物を僕が見ることはできるのだろうか。いや、多分、真琴さんが取ってきれくれるんだろうけど。
けれど、協力者の僕にそれを開示してもいいのか……。
不安を抱えながら、僕は真琴さんについて行った。