プロローグ「逃走」
B・アウトホームズの世界での時間
・5月12日 夜
―――――― ××××年 5月 12日
息を切らしながら僕は後ろを振り返らず前だけを見て住宅街を走り抜ける。
汗を吸ったTシャツが肌に貼りつき不快感を与えてくる。体中、まるで氷柱を突き刺されたかのような悪寒が走る。目頭が熱く前が霞んでいる。僕は途切れ途切れの呼吸の合間に嗚咽も漏らしながら走っている。
怖い嫌だ死にたくない助かりたい。
でも何から? 一体何から逃げているんだ? 僕は一体何から逃げているんだ?
わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない
わからない!!
「はぁ………はあっ……………う、く…………」
まるで本能的に逃げるしか能のない獣にでもなった気分だ。
喉は渇き水を求め、手は虚空へと翳され泳ぐように風を、闇を掻き分けようと払われる。
悪寒が走っているというのに体は対照的に熱く、気持ちの悪い感覚が脳に送り込まれる。涙を拭おうとしてもシャツはその吸水性を発揮できず、ビシャリと水滴を肌に張り付かせる。
足を止めてしまいたい、もう走れない!
それでも僕は前だけを見て走った。この悪寒が消えるまで。逃げ切れるまで。
どれくらい走ったのだろうか。
体を包んでいた悪寒が消え、足を止めて空を見上げると太陽が完全に沈み真っ暗な中を月が顔を出して月明かりを散りばめていた。今日の月は満月で恨めしく感じるほどに綺麗だ。
息を切らしながら足を前に進めようとすると体力の限界を超えていたのか足が重しを着けたかのように重かった。
「…………公園」
息を整えて辺り見ると目の前に公園の看板が見えた。休むには丁度いい、重い足を動かして公園の中へと入っていく。中に入る手前、看板に書かれた公園の名前を見るとそこには「美田馳公園」と書かれていた。
自分の住んでいた地域にはない公園だがこの名前は知っている。美田馳は隣町の名前。つまり僕は隣町まで走ってきたのだ。
誰もいない公園の端に設置されたベンチに腰かけると右手に着けている時計を確認した。走る直前に見たときは18時を指していた、僕は一体どれほど走ったのだろうか。
「19時…………58分」
記憶の中の数字と今目の前で見えている数字は、僕が2時間近く走り続け、隣町まで逃げてきたということを示していた。
なぜこんなことになったのだろう。僕は額に右手の甲を当て、今日の出来事を走馬灯の見るように思い出し始めた。