第六話:燐気
本当に遅くなって申し訳ございません。
今、試験期間中なので、次話も遅くなるかもしれませんがご容赦ください。
「リオ、次の街が見えてきたよ。」
「私にはまだみえないんだけど…。リュートは視力もいいんだね。」
二人が出会って七日ほどが過ぎていた。学園まであと半分ほどの距離まですすんでいた。
ここ数日は山道を進んできたため、野宿が続いていた。そのため、今夜は宿にとまれそうだと分かり、二人とも嬉しく、話す声が僅かに弾んでいる。
「とにかく、まずは宿の確保だね。その後、食料の補充のために市場に買い物に行こう。」
「ええ、保存食のたぐいはまだあるけど、それだけじゃ味気ないしね。」
「宿の食事も楽しみだなー。お肉とか山菜とかは結構手に入るけど、調味料はあんまり多い種類は持ち歩けないから、どこか物足りなかったんだ。」
料理は得意でも材料が限られていると、自然に作ることが出来る料理も限定される。
地球育ちで、おいしい料理に慣れており、こちらに来てからもほとんど自分で食事を作っていた龍斗は、久しぶりに手の込んだ料理が食べられるかも、と期待する。
「料理が美味しい所に泊まりたいなら、それなりに評判を確かめないとね。
買い出しのついでに少し聞いてみましょう。」
二人はこれからの予定を話し合いながら、街の門を潜った。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
とりあえず、補給が必要な物を買い、店主たちから得た情報で良さそうだ、と思える宿があったので、二人はその宿にやって来た。
「言われた通り、綺麗なところだね。」
龍斗たちがやって来た宿は、一階が食堂になっている三階建ての建物だった。
「いらっしゃい!あら、初めて見る顔ね。お食事?それとも、宿泊?」
二人が宿に入ると、右側にあるカウンターから、明るい声が聞こえてきた。
声をかけてきたのは、赤みの強い金髪に蒼眼の女性だった。
「宿泊でお願いします。個室で二部屋、空いていますか?」
「ええ、空いていますよ。隣合わせの方がいいかしら?」
「はい。そうしてもらえると、助かりますわ。」
女性の問いかけに、龍斗とリオは交互に答えていく。
「じゃあ、これが部屋の鍵よ。一泊二部屋だから、銅貨十枚になります。」
この世界の通貨は、小銅貨十枚で銅貨一枚、銅貨二十枚で小銀貨、小銀貨十枚で銀貨、銀貨二十枚で小金貨、小金貨十枚で金貨、金貨百枚で長金貨となっている。ちなみに、長金貨とは棒状の金で表面に太陽が彫刻されているものである。
だいたい、一食銅貨一枚ぐらいで、四人家族の1ヶ月の収入が、銀貨五枚ぐらいである。
「朝食と夕食は、食堂に来て部屋の鍵を見せてくれれば、ただで食べられるから利用してね。
後、お風呂は時間で男女別に分けてあるから、気を付けて。う~ん、注意事項はこれくらいかな。
一泊だけだけど、ゆっくりしていってね。」
初対面の相手としてはかなりフレンドリーだが、てきぱきとした対応で不快な感じはしない。
「一晩だけですが、お世話になります。」
「よろしくお願いします。」
龍斗はこの気さくな態度が人気の理由かな、と思いながら挨拶をして、リオと一緒に部屋に向かった。
「リオ、今日の訓練は荷物置いたら、すぐに始めようか。
夕食まで少し時間あるし、明日は早めにたつつもりだから。」
「うん。分かった。
でも、なんで明日は早く出るの?」
「実は、此の街の少し先に魔物が出やすい場所があるみたいなんだ。
襲われても問題はないけど、出来れば昼間の内に通り抜けたいからね。」
「……問題ないか………。」
「どうしたの?」
リオは龍斗の言葉に少し呆れてしまった。魔物との交戦を龍斗の年で問題ないなどと、いえるものはいないと言っていいのだから当たり前だが。
龍斗はいきなり黙ってしまったリオにどうかしたのかと、首を傾げる。
「気にしないでいいよ。……ちょっと、羨ましいけど…。」
後半は龍斗に聞こえないように、ボソッと言い放たれた。
龍斗が荷物を部屋に置いて、これからの旅程を見直していると、同じく荷物を置いたリオがやって来た。
「じゃあ、始めようか。」
龍斗がそう言うと、リオは頷いて龍斗の正面に立った。
龍斗はリオが位置についたのを確認すると、素早く部屋を覆う防壁を張った。危険な練習をやる訳ではないが、外に魔力が流れ出すのはあまりよくないので、街中でやる場合には必要だ。
防壁がきちんと作動しているか確認して、龍斗はリオに両手を差し出した。
この訓練を始めたばかりの時は恥ずかしそうにしていたリオだが、もう訓練と割りきっているので、少し緊張しながらもすぐに龍斗の手に自分の手を重ねた。
「用意はいい?じゃあ、始めるよ。」
リオが頷くのを確認して、龍斗は目を閉じる。
その途端、龍斗の身体を緑色の光の粒子が包み込んだ。混じりけがまるでない、あまりにも純粋な緑色の光。それは魔力とは違う、“燐気”と呼ばれる力だ。
“燐気”とは魔力とは違い、誰もが持っている訳ではない。おそらく、すべての種族(人間や獣人、亜人など)を合わせても全体の1%にも満たないだろうと言われている。おそらくと曖昧な言い方をされているのは、この力を有しているか調べる手段がなく、有している本人すら気づかずに暮らしている場合が多いからだ。しかも、後天的に発現する場合もあるため、詳しく調べられないのだ。
この力の特徴は、人によって放つ色が違うこと、現れる効果も人によって違うことだ。そのため、魔法のような体系化が出来ず、具体的な訓練法も確立されておらず、どんな効果がでるかは完璧に本人しだいとなっている。“燐気”の効果で分かっていることは、肉体の強化が魔法よりも効率良く出来ることと、精神的な効果を持つ力が多いことである。
準備を終えたのか、龍斗の目がゆっくりと開かれた。開かれた瞳は美しい緑色の染まっていた。
(いつ見ても、とっても綺麗だな。)
リオは何度も見ているにも関わらず、訓練のたびについ見惚れてしまう。
“燐気”の色は人によって違うと言っても、普通はいくつかの色が混じっているもので、ここまで純粋で透き通ったものは珍しい。
「良し、いけそうだね。三つ数えたら、開始だよ。」
リオは龍斗の言葉で意識のすべてを訓練に向けた。
「三、二、一、…『感覚共鳴』!」
龍斗の言葉と共に龍斗の周りの粒子が、二人の周りを円を描くように回り始めた。
(わぁ、いつものことだけど、不思議……。)
リオは龍斗の力が発動した途端に、感覚が倍に増えたように感じていた。自分だけではなく、龍斗が感じているであろうことも、同時に知覚できているのだ。それでいて、全く頭に負担がない。魔法で同じことをしようとしたら、情報を処理しきれずに数秒と持たないだろう。
「じゃあ、いつも通りに火の下級魔法を使うよ。どうやって“拡散”を行うのか、感覚を通して理解して。」
「分かった。お願い。」
龍斗は出来るだけゆっくりと下級魔法『火球』の術式を編んでいく。自分が持つ魔力から一部を取り出し、その魔力を広げるようにしてから、糸を紡ぐように細い魔力の糸を作り出し、術式に組み込んでいく。
本来の“拡散”の技術は自身の魔力から必要量より少ない魔力を取り出し、その魔力を薄くするようにして術式に流し込むだけで、魔力の糸を作る工程はない。
しかし、龍斗やリオのようにあまりに質が高いとそれだけでは不十分なのだ。そのためにより精密な工程が必要になるのだ。
龍斗が術式を編み終わると、二人の頭上に直径十センチぐらいの火の玉が浮かんだ。
「さて、次はリオの番だよ。焦らずにゆっくりやってみて。」
龍斗の言葉にリオは一つ深呼吸をすると、術式の構築に入る。
やがて、二人の頭上にもうひとつの火の玉が浮かんだ。
龍斗はそれを見て、感心した。自分より大きいが最初の頃から比べると、格段に小さくなっていたのだ。
「お、だいぶん良くなったね。」
「……でも、まだリュートより大きい。それに時間がかかり過ぎるから、まだ実践で使えるレベルじゃないよ。」
リオは不満そうに自己評価をくだす。
自分に厳しいリオの態度に龍斗は苦笑した。
「そんなに気にしなくても、上達は早い方だよ。時間は繰り返し練習すれば、必ず早くなるから、まずは正確さを重視して訓練した方が、後々都合がいいよ。」
「そう……。分かった。頑張るわ。」
新たに気合いを入れるリオの様子を見て、龍斗は微笑ましい気分になる。
「基礎は出来たみたいだから、今日で『感覚共鳴』を使った訓練はおしまい。後は、練習を繰り返して感覚を自分のものにしていくこと。」
龍斗はそう言うと、“燐気”を収め、『感覚共鳴』を解除した。
「さてと、今日はこのくらいにして夕食食べに行こうか。」
龍斗はどこか残念そうにしているリオの様子に気づかずに食堂に降りていった。