第五話:旅の出会い
ええと、かなりのスローペースでごめんなさい。
今年もよろしくお願いします。
背の低い草に覆われた草原を一台の馬車が走っている。四人乗りの小さなものだが、作りはしっかりしており、御者の席には、黒髪の少年が座っている。その少年―龍斗は欠伸を噛み殺しながら、馬車を動かしていた。
龍斗にとっての第二の故郷であるフィゼルを出て、二日がたった。
リーオニア国立学園までは、だいたい馬車で二週間ほど行くとたどり着く距離なので、まだまだ先は長い。
「ふぅー。結構暇だな。そういえば、長旅って初めてだったような……、父さんと依頼で遠出したときは、長くても一週間ぐらいだったよな。」
龍斗は体力が高いので、長旅でもそれほど疲れることはない。だが、延々と馬車を走らせるだけというのはかなり退屈で、精神的に疲れを感じてしまっているのだった。
龍斗が、退屈すぎてぼんやりした気分のまま、意味もなく辺りを見回していると……、
(……っん!?)
龍斗は右側に視線を向けたとき、そちらの方から強い魔力活性化の気配を感じた。
(遠いっ!ここからじゃ、何があってるのか分からない!)
この辺りはそれほど強い訳ではないが、たまに魔物の群れがでると、昨日通って来た村で注意されたのを思い出し、誰か襲われているのではないかと、焦ってしまう。
(落ち着け、こういうときは……。)
龍斗は目を閉じて、己れの中にある魔力とは異なる力に集中する。
自らの力が働き始めたのを感じ目を開けた龍斗には、遠くの方で多数の魔物に襲われている人の姿が見えていた。
その光景を視認した途端、龍斗は馬車ごとその近くまで転移していた。馬車から飛び降り、助けに入ろうとする。
その瞬間……、
(何だ……?魔力が……やばいっ!)
いきなり大量の活性化した魔力が術式を編んでいるのに気付いて、近づこうと走っていた足を急停止させる。
その尋常ではない魔力の発生源に目を向けると、襲われていた人―銀色の髪の同年代ぐらいの少女が全身に魔力を纏って立っていた。目を閉じて必死で術式を編んでおり、龍斗に気づいていない。
(これは、まずいな。)
龍斗が焦っているのは、少女の魔法が魔物に効かないと思ったからではない。
少女の魔法の威力は申し分ない。というか寧ろ、威力が高すぎるのが問題だった。このまま発動すれば、間違いなく少女やそばにいる龍斗も巻き添えになるだろう。
龍斗は肉体が強化されているため、死ぬことはないが、少女の方が耐えきれないのは一目瞭然だ。
龍斗はそれだけのことをみてとると、瞳に集中し、タイミングを計り始める。
(……よし、いまだ!)
少女の術式が発動し、出現した業火が魔物達を飲み込む。
その炎が少女を飲み込む寸前、龍斗は待機させていた術式を発動。水の膜が炎を包み込み、消し去る。
その結果を確かめると、龍斗は少女の方へ駆け出した。
龍斗が少女のそばまで行くと、少女は頭を両手で押さえてしゃがみ込んでいた。
おそらくは先ほど自分が放った魔法の衝撃に耐えようとしたのだろう。
龍斗が困った顔で少女を見下ろしていると、いつまで待っても衝撃がこないことをおかしく思ったのか、少女はそろそろと頭をあげた。大きめの水色の瞳が龍斗を視界におさめる。
人がいると思っていなかったのか、そばに立っていた龍斗を見て、ビシッと固まってしまう。
(わぁー、綺麗な子だな。)
少女の容姿はかなり整ったもので、色素の薄い色合いはどこか透明感のある雰囲気を醸し出している。
「ええと、怪我はない?」
とりあえず、龍斗が怪我の有無を聞いてみると、まだ状況が読み込めていない少女は呆然としたようすで、首を横にふった。
「そう、よかった。しかし、さっきの魔法は凄い威力だったね。
下級の術式で、あんな威力だせる人はあまり多くないよ。」
龍斗は困惑した様子でこちらを見ている少女に、緊張をとる意図を含めて出来るだけ軽い様子を作って話しかける。
その言葉で何となく状況を察したのか、少女はようやく口を開く。
「もしかして、あなたが助けてくれたのですか?」
「魔物を倒したのは、君だよ。俺は魔法の被害が君に及ぶのを防いだだけ。」
おずおずと問いかけてくる少女に、龍斗は笑って答える。
「それでも、あのままでは私も大怪我を負っていたでしょう。下手をすれば死んでいたはずです。
助けて頂いてありがとうございます。」
そう言って、ペコリと頭を下げる。少女の礼儀正しいお礼にどこか微笑ましい気持ちを持ちながら、龍斗はどういたしまして、と返礼した。
「とりあえず、自己紹介といこうか。俺は龍斗、リュート=フォーリア。
よろしく。」
「ん?リュウト?リュート?……どっちが正しいのですか?」
「龍斗が元の名前で、リュートのほうが今の名前。ちょっと事情があって、名前が変わったんだ。」
「どっちで呼んだ方がいいですか?」
名前が変わったと聞いて、少女は首を傾げたが、龍斗の何でもないといった態度に気にしないことにしたらしい。
「君の呼びやすいほうで構わないよ。」
「そうですか。では、リュートと呼ぶことにいたします。
私の名前はリオーディナ=ラッシュ=リューシフェリアです。リオと呼んでください。」
「分かった。ところでリオ、こんなところで何してるの?」
自己紹介が終わったところで、龍斗は気になったことを訊いてみる。
リオのそばには、小さなカバンがひとつあるだけで、こんな草原のど真ん中にいるにしては軽装過ぎるのだ。
龍斗の問いかけにリオは、ばつが悪いといった表情になる。
「実は、魔物に襲われた時に乗っていた馬が大半の荷物ごと逃げてしまって……。」
そう言ったリオは、どこか心細い様子をしている。
「せっかくリーオニアの学園に受かったのにこんなことになるなんて……」
リオの表情はどこか悔しそうだった。
「んっ?それって、リーオニア国立学園のこと?
受かったってことはリオも新入生?」
「リオも?もしかして、リュートもリーオニアの新入生なのですか?」
「そうだよ。
ところでリオ、提案だけど目的地が同じなら、一緒に行かない?」
「いいんですか!?」
龍斗の提案に、リオは嬉しそうに確認してくる。
「かまわないよ。実は、一人で長旅するの初めてで、暇を持て余してたんだ。旅のお供ができるのは大歓迎だよ。
それと、敬語は無しでいいよ。」
「ありがとうございま……じゃなかった、ありがとうね、龍斗。」
そう言って、リオは可憐な笑顔を浮かべた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「リュートは、今何歳なの?」
「う~ん、十五歳かな。(正確には、転生してからの期間だけどね)」
一緒に行くことが決まってからしばらくして、二人は馬車の御者席に座って話している。
「え!ということは、規定の最低年齢で受かったの?
落ち着いた感じがするから、もう少し上かと思ってた。
私なんかもう三十八なのに、落ち着きがないてよくいわれるのに……。」
「え~!?三十八!うそー!!」
リオの言葉に、龍斗は驚いてリオの方を見る。リオの顔はしまったーと、でかでかとかかれているような表情になっていた。
「ええと、実は私、両親は人間なんですけど、エルフの血が先祖がえりしてるらしいの。」
リオはそう言って、くせのない腰まで伸びている髪を耳にかけた。
露になった耳はエルフの特徴である横向きに尖ったものだった。
「なるほど。先祖がえりか~。知り合いのエルフと雰囲気が違うのは、そのせいか。」
(まさか、実年齢が同じとは思わなかった………。)
龍斗は二十三歳のときに転生したため、正確にはリオと同い年なのだ。
「知り合いにエルフがいるの?」
リオは龍斗にエルフの知り合いがいることに、驚いた。
エルフ族はウェステ大陸の北西にある水流の森に住んでおり、他の種族との交流は極端に少ない。
「俺の知り合いというよりも、父さんの知り合いなんだ。小さい頃から、よく家に訪ねてきたから、薬学とかを教えてもらったりしたんだ。」
「へぇ~。雰囲気が違うって言ったけど、純粋なエルフってどんな風なの?」
自身がその血を継いでいるとはいえ、滅多に会えない種族なので、リオは興味津々だった。
「そうだな。一言でいえば、神秘的かな。俺が知ってる人は武術もかなりの腕だったから、それに加えて、研ぎ澄まされた刃みたいな雰囲気もあったけど、それはエルフの特徴って訳じゃなさそうだしなあ。」
「私との共通点とかはある?」
「うん。結構あるよ。色素が薄くて透明感のある容姿とか、密度の高い魔力とかね。」
「やっぱり、エルフ族は魔力が高いんだね。」
リオの声音が変化し、どこか切なさを帯びたものになる。
その変化に龍斗は、先ほど見たリオの魔法を思い出す。確証はないが、いまのリオの表情と繋がりがあるようにかんじたのだ。
「リオ、話したくないなら別にいいけど、話すだけでも楽になることもあるよ。俺でよければ、教えて。」
龍斗の言葉にリオは少し迷うそぶりをみせたが、ひとつ頭を振って話し始めた。
「実は、私は生まれつき魔力の量も密度も非常に高くて、威力の調整が上手く出来ないの。
直したいと思ってるんだけど、練習するにも危なくて、ほとんど魔法をつかったことがないの。
リーオニア国立学園なら私の魔法でも、壊れない練習場ぐらいあるだろうし、優秀な魔術師がたくさんいるから調整の技術も出来るようになるかなと思って……。」
魔法を形作る要素は幾つかあり、基本的には、術式、イメージ力、魔力の量、魔力の質があげられている。
ここで重要なのは、魔力の量と質が全く別の要素であることである。
さらに言えば、術式によって必要な魔力量は決まっており、余分に魔力を込めても魔法の威力は変わらない。魔法の形状、属性、範囲などの情報は術式に記述されており、その現象に必要な魔力量は決まっている。
一方、魔法の威力のみは魔力の質(密度や純度をさす)によって左右される。
魔力の量と質は完全に生まれつきのものだ。魔力を持たないものは存在しないが、この二つの要素は人によって隔たりが大きい。
そのため、魔法は才能が大事な技能とされているのだ。
しかし、量はともかく、質は高いほどよい訳ではない。
あまりにも質が高いと、威力をおさえることが難しくなり、術者や周りを危険にさらしてしまうためだ。
威力を抑えるには、“拡散”と呼ばれる技術の習得が必須だが、この技術は難易度が高く、身につけるのに長い修練がいるのだ。
(修練って言っても、あの威力じゃ下級の魔法すら被害が出そうだな。修練自体ができなかったなら“拡散”の技術が習得できてないのも当たり前か。)
落ち込んでしまっているリオを見て、龍斗はどうすればいいか悩んでいた。
(まだまだ学園は遠いし、基礎だけなら出来るかな。)
龍斗は、自分の結論をまとめると、まだ落ち込んだままのリオの肩を軽くたたいた。
リオがこちらを向いたのを確認して、下級の魔法の術式を編み始める。不思議そうに見つめてくるリオの気配を感じながら、素早く術式をまとめると、その魔法を空へ放った。
ゴォォォォォ!
次の瞬間、空に巨大な火の玉が出現した。リオが魔物に対して使用したものと同じ魔法が、リオのものと同等かそれ以上の威力で発動する。
「………うそ、」
その様子をリオは唖然として見上げていた。
「もし良ければ、学園に着くまで、俺が魔法を教えようか?」
リオが龍斗に視線を戻すと、龍斗は同じ術式で掌の上に直径十センチぐらいの火球を出現させていた。