第三話:再会
ええと、すごく遅くなって申し訳ございません。
「う~ん。どうなってんだ一体?」
龍斗は横になっていた状態から体を起こす。
「ん?体が痛くない…。俺って確かトラックにひかれて……」
気を失う直前のことを思い出して、慌てて体を確認し、傷がないことに驚いて辺りを見回す。
そこは見渡す限り真っ白な空間だった。
「ええと、ここどこ?もしかして死後の世界?」
自分で言って、つい納得しそうな結論に龍斗は乾いた笑みを浮かべた。
「しかし、こんな何もない空間にいてもどうすればいいのか分からないな……」
「龍斗!」
龍斗が頭を抱えて唸っていると、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「へ?……な!」
龍斗が声に反応して振り向くと、そこには二十代半ばぐらいの、腰まで流れる清流のような銀色の髪と宝石のような緑色の瞳をもつ女性が、感極まったように泣きながらこちらを見ていた。
なぜこんなところに人がいるのかはともかく、女性が泣いていることに驚いて、龍斗は声をかけられないまま困惑していた。
「ええと、あの~。あなたは一体……、わぁ!?」
とりあえず、女性にここがどこか尋ねようと、龍斗が女性に話しかけると女性は答えずに駆け寄って来て、ガバッと抱きついてきた。
いきなり抱きつかれて龍斗は困惑したが、女性があまりにも嬉しそうに名前を呼びながら抱きついてくるので、無下にする気はおきず、宥めるように背中を撫でた。
……十分後。
やっと女性が落ち着き、離れてくれたので今は向かい合うかたちで座っている。
「ええと……。ごめんなさいね。いきなり抱きついて…」
女性は抱擁を解くとちょっと照れくさそうに謝罪する。
その顔にはいまだ隠しきれない悦びが溢れていて、龍斗は困惑しながら改めてその女性と向かい合う。
「………。」
龍斗は女性の顔を見て微かな違和感を覚えた。初めて見る顔のはずなのに、なぜかは分からないがひどく懐かしい気持ちになったのだ。
自分の感情の理由が分からず、龍斗はどう応えればいいのか考えつかないので、困った顔で沈黙を返してしまう。
「う~ん。何から話そうかな。久しぶりに会ったから話したいことはたくさんあるのに、時間はそんなにないのよね…。」
「え、時間がないってなんのこと?いや、それよりも……久しぶり??」
女性は難問を考えるように顎に手を当てて思案するが、龍斗は女性の言葉の意味が分からず、つい素で質問をする。
「あ、そっか!この姿じゃあ、私が誰かなんて分かんないよね。それじゃあまずは自己紹介ね。」
そう言うと女性はどこかいたずらをたくらんでいそうな表情を面に浮かべた。
「私の名前はリーフェルシーク。時限と生命を司る月の女神よ!……そして」
女性、あらためリーフェルシークはそこで一旦言葉を止めると、徐に右手を挙げて指を振った。
すると、リーフェルシークの体を銀色の光が包み込む。
光が少しずつ消え去り、そこには……
「!?……おばあちゃん!!」
龍斗はその相手の姿を見て、驚愕の声をあげた。
その場にいたはずのリーフェルシークの姿は消え、薄いブラウンの髪にわずかに緑がかったセピア色の瞳をもつ、穏やかな雰囲気を纏う六十代ぐらいの女性がいた。
その姿は、龍斗の祖母の姿そのままだったのだ。
「フフフ…。どう?驚いた?」
先ほどよりもわずかに低くなり、落ち着きが増した声音で、リーフェルシーク……蒼木リオナが龍斗に問いかける。
「本当に…本当におばあちゃんなの?」
龍斗は信じられない思いで問い返す。
龍斗の祖母のリオナは、龍斗が十五歳の時に行方不明になっていたのだ。
彼女を愛していた祖父は、最期の時まで彼女のことを探していた。
リオナは龍斗の心情を察したのか、どこか寂しげで労るような表情を浮かべていた。
リオナは何かを振り切るように頭をふり、もう一度手をあげ、銀色の光を出現させる。光が収まった後には女神の姿に戻ったリーフェルシークがいた。
「龍斗…。改めて自己紹介するわ。私は、時限と生命の女神リーフェルシーク。そして、あなたの祖母蒼木リオナよ。」
龍斗は、明かされた事実に驚きを越えて頭が真っ白になっていた。
それと同時に、最後に祖母と別れた時の記憶が頭をよぎる。
(確か、あの時…、「また会おうね。龍斗…」て言われたような気がする……)
「どうして……?」
―女神とは、どういうことなのか?
―どうして、今俺は生きているのか?
―なぜ、俺たちの前から居なくなったのか?
幾つもの疑問が頭に渦巻き、龍斗は意味を為さない問いを発していた。
リーフェルシークは龍斗の問いに首を傾げたが、龍斗の状態を察したのか、労るように龍斗の頭を撫でた。
「ごめんね。びっくりさせて。…龍斗が納得出来るようにちゃんと説明するわ。だから、私を信用してほしいの。」
龍斗はまだ少し混乱していたが、とりあえずその言葉に頷いた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「さて、まずは私のことについて、なぜ人として生活していたかを含めて話そうか?」
だいぶ落ち着いた龍斗に、リーフェルシークは隣り合わせに座って話し始める。
「あなたには言ってなかったけど、私、実は記憶喪失だったの。」
「記憶が…、つまり自分が神様だってこと忘れてたの。」
「まぁ、そう言うことになるね。」
龍斗の言葉にリーフェルシークは、顔をしかめて肯定する。
自分のことなのに忘れていたことが悔しいらしい。
だが、その表情はすぐに優しいものに変化した。
「でも、おかげで竜与に会えたし、今こうしてかわいい孫とお話できるから、私的には嬉しい結果かな。」
リーフェルシークは龍斗に優しく微笑みながら、何かを懐かしむような顔をする。
「おばあちゃん……」
「あ!でも、神界は大変だったみたい!」
いい雰囲気は一瞬で崩れた。
(そう言えば、おばあちゃんて、かなりマイペースだったけ……)
龍斗は少しだけ泣きたくなった。
「あ、そうだ!おばあちゃん、さっきの時間がないってどういうこと?」
龍斗のこの質問に、リーフェルシークは数秒間フリーズ。
「ああぁ!そうだった!!」
(忘れてたんかい!)
その反応に、龍斗は心の中でツッコミを入れる。
「ええと、実はここって神界なの。純粋な神以外は、一瞬で即死してしまうの。
龍斗の場合は、私がここに結界を張っていることと神の血をひいていることで、死なずに済んでいるんだけど……、それも半日しか持たないのよ。」
「えぇ!神界ってそんなに物騒なの!?」
自分が既に、一度死んでいることも忘れてパニックになる龍斗。
「そういう訳で、龍斗を私がいる……というか、神として存在している異世界に転生させようと思ってるの。」
「へ?異世界?」
「そうよ。私は、シリア=グラウンドっていう世界の神なの。」
「へぇ~。」
だんだん非常識な展開に慣れてきた龍斗は、もう何でもいいという心境になっていた。
現実逃避的な意味もあったが……。
「まぁ、そう言う訳で、あなたを転生させるわ。でも、ひとつ問題があって……、そのまま転生させるわけにはいかないのよ。」
「問題ってなに?」
「実は、私に会ったことで龍斗のもつ神の力が覚醒しちゃったのよ。」
「え、神の力って俺にそんなものがあったの?」
「今までは、私が神として存在している世界じゃなかったから、力も眠っていたから関係なかったけど、私に会ったし、これからこっちの世界で暮らすなら、力も顕在することになるわ。
その力っていうのが魂に由来するものなんだけど、人の身体のままでは耐えきれなくて、制御できない可能性があるの。」
「制御できなかったら、どうなるの?」
自身に関わる不穏な話題に、龍斗は不安を感じながら、恐る恐る尋ねる。
「……死んじゃうかも?」
「……転生する意味無いじゃん!!」
龍斗は、返ってきた答えについ大声でツッコんでしまう。
「大丈夫だよ。ちゃんと対抗策は考えてあるから。」
「対抗策?」
「ええ、私が貴方に加護を与えればいいのよ。」
「加護?」
意味の分からない単語が出てきたので、龍斗は、はて?っと首を傾げる。
「加護っていうのは神が与える恩恵のようなものよ。
それぞれの神様で得られる効果は違うのよ。
ちなみに、私は不老長寿と全能力の強化よ。身体能力とか魔力とかのね。私の“加護”で強化された身体なら、神の力にも耐えられるようになるから、死ぬ心配もなくなるわ。
本当はそれを得るためには面倒な条件があるんだけど……、まぁ、龍斗は私の孫だから特別に、今から授けてあげるね。」
(いいんだろうか?)
“加護”というのは、どうやらすごいもののようだが、事情があるとはいえ、こんなに簡単に授けていいのか、当事者である龍斗も疑問に思ってしまう。
「龍斗、ちょっと立ってくれる?今から“加護”をかけるから。」
リーフェルシークに言われて、龍斗が立ち上がるとリーフェルシークが正面に立つ。
何をするのかと、龍斗が興味津々で見守っていると、リーフェルシークはおもむろに手を伸ばし、龍斗の胸元に指先で触れる。
その途端、龍斗は身体が熱くなるのを感じた。リーフェルシークが触れている場所から、凄まじい勢いで力が流れ込んでくる。
だが、それを凌駕する勢いで身体の中から、リーフェルシークが流し込んでくるものとよく似た力が沸きだし、二つの力が渦を巻くように身体中をめぐっていく。
龍斗には永く感じられたが、実際にはそれほど時間は掛からず、二つの力の渦は収まり、リーフェルシークは龍斗から手を離した。
「今の力が“加護”?」
龍斗は自身の身体が根本的に作り替えられたような感覚に戸惑いながら、一応リーフェルシークに確認する。
「う~ん。半分当たりで半分外れかな。」
「え、半分?じゃあ、残りの半分は?」
「もちろん貴方の力よ、龍斗。私の力に反応して覚醒していた力が表にでてきたのよ。
自分の身体を見てみなさいな。」
「身体?……わぁ!何で縮んでるだ!?」
龍斗は自身を見下ろして驚きの声をあげた。
今まで大人の姿をしていたのに、その姿は十歳程度の子供に変わっていたのだ。
「フフフ…。驚いた?貴方の魂は神の力があるし、私の力で不老長寿になったから、魂のあり方に共鳴して身体が若返っているのよ。」
「えっと?ということは、いまの俺の魂は人で言うと十歳ぐらいてことか。
うん?俺ってどれくらい生きることになるの?」
「そうね?だいたい3000年ぐらいかな。魂の力からみた感じだと……。」
「はっ?3000年!!そんなに!?」
龍斗は想像以上に長い自身の寿命に、驚きと戸惑いを覚える。あまりにも長すぎて実感が湧かないのだ。
それに、そんなに長く生きる存在は自分以外いないだろうから、色々まずいのではないかと、龍斗は危惧していた。
「龍斗。そんなに気にしないで。
これからあなたが行く世界には、超命種と呼ばれる種属がいくつも存在しているし、人も元の世界より長生きで、200年ぐらいはいきる人が大半だから。」
リーフェルシークにも龍斗の不安は分かっていたのか、努めて明るい口調で気にしないように告げる。
龍斗も心配をかけることは、本意ではないので一応頷いておく。
「あと、胸元を見てみて。」
リーフェルシークに言われて、龍斗が自分の胸元を見ると、月と何かの植物が抽象化された紋様が浮かんでいた。
「それは私の紋章よ。ちなみに、その植物は月桂樹って言う植物で、勝利を象徴するとされているの。
最後に、龍斗、これをもって行きなさい。」
そう言ってリーフェルシークが差し出したのは、星空を閉じ込めたような、漆黒の幅広の腕輪だった。
「それは、貴方の願いのままに姿を変える力があるの。もし壊れてしまっても、貴方の力に反応してすぐに修復されるわ。貴方がこれから過ごす場所では、きっと必要になるから。」
「うん。ありがとう。大切にするね。」
「さて、名残惜しいけど、もう時間がないから、貴方を新しい世界に送るわよ。
準備はいい?龍斗。」
「うん。大丈夫だよ。」
本当は、もう少し話していたかったがそうするとますます別れ難くなるので、龍斗は頷く。
リーフェルシークも悲しげな表情だったが、一度だけ龍斗を抱きしめると、後ろに下がって距離をとり、手を祈りの形に組んだ。
龍斗の下に光の輪が出現し、龍斗の身体がその中に沈み出す。
「おばあちゃん、また会おうね!」
視界から少しずつ消えて行くリーフェルシークの姿に、龍斗が声をかけると、嬉しげな笑顔がかえってきた。
その光景を最後に龍斗の意識は闇の沈んでいった。
このお話で、プロローグは終了です。
次のお話は、転生十五年後となります。