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東京夢幻物語

作者: 小川大河
掲載日:2026/07/15

 「茗荷谷は昔、茗荷が一面に生えており、こんもりとした丘は茗荷で埋め尽くされていた。茗荷は茗荷谷の名産品で徳川の将軍家に献上された。明治期には茗荷の丘は一時保護され、丘全体が聖なる場所として守られたが、それに続く戦乱で荒廃し、戦後の経済成長で跡形もなくなった。」、老人は言う

 オレは先日まで、ただの会社員だった。オレはただのサラリーマンで一生を終えた。オレは死んだんだ。でも、相変わらず東京にいる。でも、生きていた頃とは少し、東京の姿が違う。三軒茶屋には三件の茶屋しかない。駅前に規制線があり、その内側には三件の茶屋しか存在が許されていない。だって三軒茶屋駅だもの、ということらしい。新聞はその規制線の範囲をどこまでにするのかという話題で持ちきりだ。それは、三軒茶屋と呼ばれる地名がどこまでになるのかということである。一番広い案では、オレが生きていた頃は下北沢と呼ばれていたところまで三軒茶屋にしようというのがある。それは流石に広すぎるのではないか。それだけの地域に茶屋が3件しかないのは寂しい。だが、元禄元年にはそのあたりまで三軒茶屋と呼ばれていたらしい。それを根拠にしているようだ。過激な案では三軒茶屋廃止論がある。これは、昭和初期の戦乱のさなかに空襲のため三軒茶屋が消滅した時代があったのだ。その時期三軒茶屋は下北沢と呼ばれていた。こういった関係でオレが今いる世界では三軒茶屋と下北沢の仲が非常に悪い。一種のパラレルワールドだろう。変なところに来てしまった。

 オレは今、その三軒茶屋にある茶屋で働いている。三件の茶屋はライバル関係にある。実際、茶屋の女将さんたちはどの店の売上が一番かとお互いの店を比べ合っている。女将さんたちの間はバチバチだ。しかし、一番上の経営者の人が三件の茶屋で共通なため、オレたちバイトは都合よく三件の茶屋を回されている。人手が足りないとすぐそちらの茶屋のヘルプに入る。三件の茶屋には見せかけの競争しかない。それを関係者たちはみんな知っているのに、お互いに切磋琢磨しているようにメディアでは見せている。生きていた頃とそのあたりは変わらない。

 「とびきりの茗荷を取ってきておくれ。」

 女将さんに頼まれた。茶屋で新しくうどんを出すらしい。女将さんに頼まれたら断ることができない。何故なら女将さんには、「相手に頼み事をした時、絶対に断られない。」という特殊能力があるためだ。オレは最初、下らない能力だと思った。しかし違った。女将さんは意のままに人をコントロールできる能力を持っていた。女将さんに「死ね。」と言われたら断れない。能力の発動条件がはっきりとはしないが、発動したら絶対である。それ以外の余地はない。この世界では100%が存在している。ちなみに三人の女将さんはみんな強力な特殊能力を授かっている。残り2名の能力をオレはまだ知らない。要注意だ。

 この世界に存在している人間はみんな、特殊能力を持っている。みんな持っているのでここでは、特殊なこととして扱われていないが。別の世界から来たオレには異常だ。オレにも特殊能力がある。その能力のせいで女将さんに頼み事をされた。今いる場所で茗荷を手に入れるなんて不可能に近い。他にも別の世界から来ている者がいるのだろうか。

 さて、茗荷探しだ。この世界の東京は開発され尽くした残骸、もはや魔都だ。日本全体が開発されている。栽培されている野菜は簡単に手に入るが、野草は難しい。

「別に茗荷なんてなくてもいいだろう。」

 そういう意見が茗荷を絶滅させた。茗荷だけでない。野獣や魚の種類も大分少ない。野菜もパプリカとピーマンは統一されている。

 仕方がないのでオレは聞き込みをした。聞き込みは面倒だ。だがオレには女将さんの特殊能力が発動していた。どんな事でもできるような気がする。相手は主に老人だ。昔のことは老人に聞くのが一番だ。そして、茗荷谷にたどり着いた。こうなればあとは、オレの特殊能力でなんとでもなる。

 茗荷谷は都心の中枢となっていた。大企業の本社ビルや政府機関の巨大な建物があった。ここでは、茗荷谷は取れない。この時代では。オレは特殊能力を発動する。能力を解除したオレの手には茗荷がある。オレは時間を自由自在に行き来できるのだ。この能力は特殊らしい。今までに存在していなかったようだ。オレが別の世界から来たためだろうか。あとは三軒茶屋に変えるだけだ。今日の昼時は過ぎてしまったが、夕方の営業でうどんを出せるだろう。

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