悪役令嬢に将棋教えたら振り飛車令嬢にクラスチェンジした
2019年くらいのネタなので周回遅れです。
「おほほほほほ!アリシアさん!将棋は貴族の淑女の嗜みでしてよ!一局いかがかしら?」
「え!そうなんですね!ご指導お願いします!レティスさん!」
古来より将棋は貴族の嗜みである。王国最古の文書の一つにも、そう書いてある。
カズンドタナカなる人物によって伝えられたこの盤上の遊びに熱中した時の国王ヨーコフは、臣下の貴族に対してお触れを出して、将棋の振興に尽力した。
今では裾野も広がり、将棋を指すのは貴族ばかりでなく一般市民の娯楽でもあった。
大きな棋戦は3つあり、どれも王国主催だ。
毎年開催される『国王杯』はトーナメント制で、最も歴史があり格式高い棋戦である。
他には一年通してリーグ戦を行い最多勝者を決める名人杯。
そして国王杯の勝者と名人杯の勝者が、新年の祝賀と共に対局を行う、棋龍杯。
これらは賭けの対象にもなっていて、配当率は王室賭博委員会が決定している。
俺こと、貧乏男爵家の三男坊タケシ・ガンギは、王立学園の談話室の隅で、その光景を呆れ顔で眺めていた。
カズンドタナカ(おそらく地球から来た田中和人さんとかだろう)がこの異世界に将棋を持ち込んでから数百年。なぜかこの国では将棋が独自の発展を遂げ、貴族のステータスにまで昇華されていた。
前世でアマチュア有段者の将棋オタクだった俺にとっては、退屈しない良い世界だ。
だが、目の前で繰り広げられている対局は、お世辞にも褒められたものではなかった。
「ふふん、わたくしの『矢倉』は鉄壁ですわよ! 真正面から受けて立つ、これぞローゼンベルク公爵家の誇り!」
金髪の縦ロールを揺らし、扇子を片手に高笑いするのは、学園でも有名な悪役令嬢レティス・ローゼンベルク。
彼女はガチガチの居飛車党だ。矢倉囲いに絶対の自信を持ち、古い定跡書通りにしか指さない。
対するは、平民上がりの特待生アリシア。
「ええっと、じゃあこのお馬さんを、ぴょんっと!」
「なっ……!? なぜそこで桂馬を跳ねますの!? 定跡から完全に外れていますわよ!」
アリシアは将棋を覚えたての初心者だ。しかし、彼女には天性の盤面把握能力と、恐るべき終盤の「読み」の力があった。いわゆる、才能全振りの力戦派である。
定跡を外され、未知の乱戦に引きずり込まれたレティスの手がピタリと止まる。
「くっ……お、おのれ……! わたくしの美しい矢倉が、こんなデタラメな攻めで……!」
数手後、レティスの王さなは見事に頓死した。
「わーい! 私の勝ちですね! 将棋って楽しいです!」
「きぃぃぃぃ! まぐれですわ! もう一局ですわ! 次は絶対に負けませんわよ!」
それから一週間。レティスは毎日アリシアに挑んでは、見たこともない奇襲や力戦に巻き込まれ、ボコボコにされ続けていた。
プライドをズタズタにされ、涙目で盤面を見つめるレティス。さすがに少し可哀想になってきた俺は、彼女が一人で棋譜並べをしている図書室で、声をかけた。
「レティス様。少しよろしいですか」
「……タケシ? なんですの。わたくしは今、アリシアさんに勝つための新しい定跡を暗記するのに忙しいのですけれど」
「だから勝てないんですよ。あなたの将棋は堅すぎる。真正面から受け止めようとするから、土俵際で腕力でねじ伏せられるんです」
「な、なんですって!? 居飛車こそ王道! 矢倉こそ貴族の証明ですわ!」
俺はため息をつき、盤の前に座った。
「貴族の戦いとは、常に真正面から殴り合うことだけですか? 柳のように相手の攻撃を受け流し、華麗にカウンターを決める。それもまた、優雅な戦い方ではありませんか?」
「カウンター……?」
「俺が、新しい戦法を教えますよ。盤面全体を使い、軽快に『捌く』極意を」
俺が盤上に並べたのは、居飛車ではない。
飛車を左翼へと移動させる、魅惑の陣形。
「これは……? 飛車が、こんなところに……?」
「ええ。名を『四間飛車』と言います。さらに、この『美濃囲い』を見てください。矢倉よりも素早く組めて、横からの攻撃に滅法強い」
「美濃……なんて美しい響き……」
その日から、俺によるレティスへの秘密の猛特訓が始まった。
最初は飛車を振ることに抵抗を感じていたレティスだったが、すぐにその魅力に取り憑かれた。
「タケシ! 見てごらんなさい! 相手の飛車先を軽く受けてからの、この角交換! そして大駒が盤上を舞うこの感覚……! た、たまりませんわ!」
頬を紅潮させ、扇子をパチンと鳴らすレティス。
そう、振り飛車の真髄は【捌き】である。自分の駒を最大限に働かせ、相手の攻めをいなしながら急所を突く。その爽快感は、一度味わうと抜け出せない麻薬のようなものだ。
そして一ヶ月後。
学園内で行われた選抜将棋大会の決勝戦。舞台には、レティスとアリシアが向かい合っていた。
「レティスさん、今日もよろしくお願いしますね!」
「ええ、アリシアさん。今日こそ、わたくしの真の姿をお見せしますわ」
パチン、と駒音が響く。
レティスの初手は、端歩でも飛車先でもなかった。
彼女は優雅な手つきで、角道をあけたのだ。
そして数手後、会場中がどよめいた。
「なっ……レティス様が、飛車を振ったぞ!?」
「居飛車党の彼女が、まさか……!」
アリシアは相変わらずの力戦で、予測不能な攻めを繰り出してくる。
だが、今のレティスは違った。
「おほほほほ! 甘いですわアリシアさん! その攻め、わたくしの『美濃囲い』には通用しませんことよ!」
アリシアの猛攻を、レティスはひらりひらりと躱していく。
そして、盤上が煮詰まった中盤戦。
「ここですわ! 大駒は、捌いてこそ輝く!」
バチィィィン! と、気品ある(しかし力強い)駒音が響く。
レティスの角と飛車が、まるで舞踏会で踊るように盤上を駆け巡り、アリシアの陣形を切り裂いていく。
「えっ、あ、あれ……? 私の駒が、全然前に進めない……」
気づけば、アリシアは完全に手練手管で翻弄され、息の根を止められていた。
「…、参りました」
「おほほほほほ! 素晴らしい対局でしたわ、アリシアさん! でも、わたくしの『捌き』の前では、いささか直線的すぎましたわね!」
高らかに笑うレティス・ローゼンベルク。
かつてのガチガチで余裕のない悪役令嬢の姿はそこにはない。
盤面を広く見渡し、相手の力を利用して華麗に舞う。豪快にして優雅。
王立学園に、恐るべき『振り飛車令嬢』が誕生した瞬間だった。
「どうですタケシ! わたくしの四間飛車、完璧でしたでしょう!」
大会後、意気揚々と駆け寄ってくるレティスに、俺は苦笑しながら頷いた。
「ええ、お見事でした。ただ、次は『ゴキゲン中飛車』あたりを覚えてみますか? もっとアグレッシブで、レティス様の性格に合っているかもしれませんよ」
「ゴキゲン……? なんて俗な名前かしら。でも、わたくしにピッタリと言うなら、教えなさい!」
こうして、俺の平穏な学園生活は、将棋の沼にズブズブに沈んでいく公爵令嬢の指導という、想定外のミッションによって彩られていくのだった。
……まあ、悪くないな?
なお、この後レティスはさらに先鋭化して居玉で戦うことにハマってしまい、居飛車党も振り飛車党も居玉で殴り合うというトレンドが一時期形成されていくことになる。
レティスはマゾ。




