約束の終わりに
巨大な海獣も力を使い果たせば、元の鋼助に戻るしかない。
そして、鋼助が元の姿に戻れば、内包されていた〈こんぺき〉も外に投げ出される他なく。その船体を銀海の上に浮かべていた。
一体自分たちはどこまで逃げてきてしまったのか?
壊れてしまった船の破損部をどう修理しようか?
何よりこれからどうすべきなのか?
考えなくてはならない問題は山積みだけれど、それでもホワイトエッジは医務室にて、その身をベッドに預けていた。
撃たれた傷は因子の力で無理やり治してしまえばいいと言っているのに、姉崎というこの船の医者はそれを良しとしなかった。
曰く「因子の力に頼り切った超再生はその分、身体に大きな負担をかけるから」「緊急時以外はなるべくゆっくり治した方がええんやで」と、因子による治癒を禁じたのだ。
ならば、馬鹿みたいに因子の力を使ったコースケはどうなんだ? と聞けば姉崎は真っ赤な顔で彼を探し出し、あの大王烏賊の隊員と一緒に説教を始めてしまう始末だった。
それから、和明艦長を名乗る大男がやってきて、色々な聞き取りをされたのだが、正直彼の女性らしい言葉遣いが気になってばかりでちゃんと話せた自信もない。
そうして、「ゆっくり休んでて」「今後のことはこっちで考えるから」と優しく突っぱねられ、今に至る。
「いや……本当にこれで良かったのか⁉ この船、変な奴しかいないぞ!」
すると、医務室のドアをコンコンとノックされた。
「あっー……なんか叫んでたみたいだけど、今入っても大丈夫か?」
この声の主は、
「コースケか。構わないぞ」
促してやれば、鋼助がおずおずと入室してくる。
「無理に起きなくてもいいぞ。話なら寝たままでできるし」
「いや、気遣いは無用だ。それに体力的な話をするなら、貴様だってボロボロだじゃないか」
ははは、と誤魔化すように笑う彼。しかしながら重体なのは彼も同じはず。強がって早々に復帰しているが、本来なら自分たちは仲良くベッドで寝ていなくてはならない身なのだ。
「……」
そして、ホワイトエッジは黙したまま記憶の中の彼と、今の彼を見比べる。
あの時は泣きじゃくるばかりで弱々しかったはずの子供が、自分と真正面からぶつかり会えるまでに成長したことには、素直に感心せずにはいられない。
もっとも、それはそれとして。
彼がアミと接する際のような、ぎこちないながらも、優しい素ぶりを自分にまで向けられては困ってしまうから。だからこそ、彼の前で弱みを見せるわけにもいかなかった。
「あのさ……どうしたんだよ、俺の方をジッーと見つめて」
「いや、少し考え事をな。ただコースケ、改めて聞かせてくれないか」
まず前提として。自分は、鋼助の口にした「助ける」という約束を信じてみたいと思っている。
ただ、やはり勘繰らずにはいられない。自分たちのような厄介ごとの種を助けた、真意には何かしらの裏があるのではないかと。
思い出されるのは、鋼助の養父というあの男が吐いた言葉────「Reデザイン計画のことや、ハイドラに関する真実は全て、深い海のそこに沈めていなくてはならないからな」それは残酷なようで、どうしようもない事実なのだ。
それなのに、この船の船員は揃いも揃って優しすぎる。
この手で重体を負わせてしまった蛍さえもが、「もう起きて大丈夫なの?」と、こんな自分のことを気遣ってくれるのだ。
ホワイトエッジには、そんな優しさの裏に、別な何かがあるとしか思えなかった。
「コースケ。私たちは貴様らにこれ以上ないほどの恩義を受けた。だから、私たちを救い出した目的や真意があるのなら、早く打ち明けて欲しい。命を救われた身なんだ、よほどの無理難題でもない限りは応えてやれると思うぞ」
だから、そんな想いを鋼助にぶつけるも。
彼は小首を傾けるばかりで、
「えっと……目的? 真意? そんなの俺も第六の皆も隠してすらいねぇよ」
「そんな馬鹿な⁉ じゃあ、どうして貴様らは組織を敵に回してまで、私たちのような連中を救おうとした⁉」
「いや、だから……俺たちは第六救命隊だろ? んでもってアミさんやレッドハンマーの奴に助けを求められた。だから、お前たちを助けた。以上、説明終わり! 俺たちの頭の中には、このくらい単純な図式しかねーよ」
まさか、本気で言っているのか?
ホワイトエッジはまたしても鋼助をジッと睨むが、彼が上手に嘘をつけるタイプじゃないことも明白だ。
「なら……私たちは本当になんの打算もなく、貴様らに救われたというのか」
「だーかーら! 何度もそう言っているだろ! というか、まだ俺たちのこと疑ってたのかよ!」
けど、それなら今まで皆のことを疑って、勝手に気を張っていた自分の方が馬鹿みたいじゃないか。
「ふっ……あはは」
小っ恥ずかしいやら、緊張の糸が切れたやらで思わず口の端が緩んでしまった。
けれど、その途端────
「あっー!! ホワイトエッジさんがようやく笑いました!」
そんな声と共に、扉の向こうからなだれ込んできたのはアミたちだった。レッドハンマーも、他の皆も全員揃っている。
「んなっ……」
まさか皆して、扉の向こうにでも張り込んでいたんじゃないだろうか。
ゾロゾロと部屋に雪崩れ込んでくるのは、彼女らだけに留まらず。姉崎や蛍、それに和明や第六の船員たちまで潜んでいたようだ。
いや、これならほとんど、この船の全員じゃないか。
困惑したホワイトエッジは、思わず鋼助を問いただす。
「なんだこれは⁉ どういうことだ⁉」
「どう説明すればいいかな……お前がずっと悩んでいるような顔をしてたから、皆でお前を笑わせようって話になって」
それで、その第一挑戦者が鋼助だったというわけか。
ホワイトエッジは思わず呆れてしまいながらも、ようやく自覚する。
────自分もここにいて良いんだ、と。
────そしてコースケくんは、一〇年前の約束を、ようやく果たしてくれたんだ、と。




