CODEホワイトエッジ
助けを求める声が聞こえたから。────だからこそ、玄野鋼助はここにいる。
◇◇◇
水底へと沈んだ研究施設は広大な廃墟と化していた
鋼助にとっては、そのどれもが見覚えのある内装だ。一部が損壊し水浸しになっていようとも、真っ直ぐに伸びた廊下を鋼助は覚えている。
ここをひたすら、走って逃げようとしたのだ。
身体を切り刻まれた手術室も。
簡易なベッドと、申し訳程度のおもちゃが備えられた個室も。例の絵本を読んだのもここだったか。かつての仲間たちと絵本を中心に輪を作って、「姫様がちゃんと救われるのか?」をハラハラしながら、ページをめくったものだ。
そんな忘れていた記憶たちが、ここにきて次々と溢れ出してくる。
「…………チッ」
施設内を満たす海水は、まるで過去のように鋼助に纏わりついた。
効率重視のため、レッドハンマーと二手に分かれた今。複数の区画と入り組んだ通路から成るこの廃墟から、救護者を見つけ出すのは不可能に近い。
誰かが自分を呼んでくれない限りは。
『────私はここにいますッッ!! 助けて下さいッ!!』
鋼助は頭の中に響いた、その声を聞き逃さなかった。纏わりつく海水を振り払い、声のする方へと泳ぐ。
そして────
「〈特務海上保安庁〉第六救助隊ッ! 玄野鋼助、現着しましたッッ!!」
幸いにもこの区画は密閉性が高く酸素が残っていた。それで肺を満たし、鋼助は声を張りあげる。
「鋼助さんっ!」
アミの表情がパッと光が宿る。幸い、彼女は大きな怪我もしていなければ意識もハッキリとしている。
「良かったです。アミさんが無事でいてくれて」
要救護者、一名を確保。
残る現状の問題は────
「彼女に触れるな。その首を切り落とされたくないのなら」
対峙するホワイトエッジ。
仮面の彼女が向けるのは、熱を帯びたブレードだ。
「やっぱり、こうなるんだな……」
鋼助はこうなることを、半ば予感していた。
自分が何がなんでも目の前の命を救いたいように、彼女もまたあらゆる外敵から、今日までここで生き抜いてきた仲間たちを護り抜きたいのだろう。
「武器を降ろせ。俺には貴女たちとやり合う理由もない。貴女たちは要救護者なんだから」
「そんな甘言で、姫やレッドハンマーを誑かしてくれたんだな。それで? 都合良く着いて行ったあと私たちはどういうふうに扱われる? 問答無用で殺すか? それともとことん使い潰して、殺すか?」
仮面の向こうから吐き出される言葉は、相変わらず音がくぐもって聞き取りづらいが、そのどれもが猜疑心にあふれた呪詛のようで。しかしながら、そこに宿る情念は当然のものでもあった。
なにしろ、彼女たちは、ずっとここで置き去りにされてきたのだから。
鋼助は後ろのアミに向けて、「少しだけ、待っていてくださいね」と告げて。それから自らも、飛魚のヒレからなるブレードを構える。
「ほら、本性を出した」
「違う……要救護者こちらの説得に応じてくれない以上、俺には貴女たちを無理やり、船に乗せるしかねぇんだよ!」
苦々しく吐き捨てるも、互いは既に臨戦体制だ。
〈こんぺき〉の皆を待たせている以上、一刻も早く要救護者を全員格納したい鋼助と。迅速に仲間たちの安全を確保したいホワイトエッジと。
その想いはすれ違いながらも、取るべき行動はぴたりと一致する。────可及的速やかに目の前の相手を無力化する。
片や、相手を縛ってでも無理やり救うため。
片や、徹底的に外敵を排除するため。
緊張に内臓が絞り上げられる最中、そこに言葉を交わすだけの余裕はない。
「いくぞッッ!!」
先に仕掛けたのは、ホワイトエッジだった。足場を蹴り付けて、ボロ布を纏う彼女が、爆ぜるように加速する。
仮面で表情が隠れているせいで、視線から攻撃のタイミングを推し量ることは不可能だった。真横にはもうブレードの切っ先が。
「ぐっ……!」
鋼助はプロテクターに保護された手甲で、それを受けるも、彼女を押し止められる時間はほんの一瞬にも満たない。
彼女の刃は赫灼を纏い、船舶の外壁さえ容易に断絶してしまうのだから。
「だったらッッ!!」
プロテクターが完全に断たれる前に、鋼助もまた対の腕から発現させたブレードで切り返す。
その一振りは彼女が纏うボロ布の端を刃擦りながらも、咄嗟にバックステップを踏んだ彼女を捉えるには、僅かにリーチが足りない。これでは自慢のパワーも台無しだ。
それどころか爪先をスピンさせて放たれる錐揉み的な挙動と、彼女からしなやかに打ち付けられる蹴りへの反応に遅れてしまった。
「うぐっ!」
脳が揺れる……なんて、生やさしい威力じゃない。
受けた頬骨が砕け、外力に押し負けた片方の眼球が、文字通り爆ぜ散る。
「コースケさん⁉」
「ッッ……大丈夫ですッッ!! この程度、すぐに治せるッッ!」
アミにグロテスクな様を見せないようにと、咄嗟に潰れた顔半分を手で覆い、傷が再生していくイメージを頭の中で走らせる。
「ッッ……治れッ! 治れッ! 治れッ!!」
レッドハンマーが教えてくれた。Reデザイン計画によって埋め込まれた因子を使いこなすコツは、イメージすることだと。
しかし、再生に手間取る合間にもホワイトエッジは、ブレードを手に迫り来る。
鋼助のブレードだって〈ハイドラ〉の甲殻を切り裂くだけの強度はあるのだ。切れ味だけの勝負であれば、拮抗している。
ならば、優劣を決めるのはブレードを振るう膂力か。
「単純な力比べならッッ!!」
鋼助の双眸が輝きを増す。
因子の活性化は、熱で白煙を伴うほどに筋肉を躍動させ、両腕の双刃でホワイトエッジを押さえつけようとするも、
「単純な力比べなら、だと? 笑わせるなッ!」
彼女の手から、ブレードがこぼれ落ちる。
取り落としたわけではない、わざと投棄したのだろう。手にした刃同士の切り合いに持ち込もうとするのは、あくまでもブラフであり、彼女の本命はこの一撃にこそある。
「改めて名乗らせてもらおうか。私は純白の一閃────CODEホワイトエッジ。因子ベースは逆叉鯱だッッ!!」




