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君を必ず救い出すと約束したから~レスキューイン・シルバーマリン  作者: ユキトシ時雨
特殊ミッション 開かれた瞳と明かされた研究記録
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船出前

 姉崎は鋼助に語ったのと全く同じ内容を、第六の隊員たちにも明かした。自らやアミの正体も、狙われる理由も。彼女たちを救おうとすることが何を意味するかも────


 そして、半分の隊員が鋼助と同じように覚悟を固め、もう半分の隊員は船を降りた。


 船を降りた隊員たちを責めることは出来ない。彼らにもまた守るべき人達がいるのだろう。その選択は決して間違いではない。


 寧ろ、半分の隊員が船に残ってくれた方が鋼助にとっては意外だった。自分一人でも戦う覚悟を決めていたからこそ、拍子抜けしてしまったほどだ。


 それでも頼もしいことに変わりはない。半分もの隊員達が残ってくれたからこそ、アミ達の救出にも現実味が帯びてきた。


 簡易的な整備を終えた〈こんぺき〉は人知れず、広大な海を進んでいる。ただ為すべきことを成すために。


 ◇◇◇


「それじゃあ作戦を確認しましょうか? 救助対象はブループリンセス。ホワイトエッジ。並びに彼女たちと行動を共にする計一〇名のRe計画の被験者たちを、保護すること。コレでいいのよね?」


「あぁ、そうなんだけどさ……」


 船内の備品庫にて。鋼助は装備一つ一つを身につけながら、得意げに救出作戦の内容を語る少女を、顰め面で睨んでいた。


「なんで、お前が俺の上司みたいな面をしてやがるんだ、レッドハンマー!」


「ふふ。だってこの作戦を用意できたのも、アタシのお陰でしょ」


 赤いマフラー越しでも分かるほどのニヤけ面で、レッドハンマーが答える。


「アミや他のReデザイン計画の被験者を保護する」それを言葉にするのは簡単でも、なにひとつ手掛かりがないのが鋼助たちの現状だった。


 そんなタイミングで唐突にも、レッドハンマーが自ら協力することを申し出たのだ。


 結果、彼女の齎した情報は、姉崎の持っていた情報と照らし合わせることで、より有益なものへと昇華された。


 曰く、Reデザイン計画の生き残りは自身も含め、十三名。彼女が事細かな情報を明かしてくれたおかげで、具体的な救出プランを詰めることができたのも事実だ。


 ただ、それだけじゃ鋼助の抱いた猜疑心を払拭できない。


 身柄を抑えられてから、ずっと黙秘を続けていた彼女がいきなり協力的になったのだ。


 それに、彼女たちの襲撃も、アミを連れ戻そうとしてのことだったとはいえ、一度自分たちとも対峙している。


 そんな奴を信頼するには、どうしたって心理的なハードルが立ち塞がるのだ。


「……それで。なんでお前はすんなりと俺たちに協力するつもりになったんだよ?」


「別に。けど、強いて言うならアタシが敏感だからかしら?」


「は?」


 曖昧な答えに、鋼助は首を傾げる。


「アタシたち被験者は、それぞれが何かしらの技能に秀でるよう身体を改造されているの。例えば、アタシなら移植された鮫のロレンチーニ瓶のおかげで、周囲の情報把握能力が極限まで高められているみたいに」


 レッドハンマーが指を指したのは、マフラーで半分が埋もれた自らの鼻先だった。


 シュモクザメの因子は、優れた標的感知能力を彼女に与えた。そして、それに追随するよう彼女の五感にも様々な遺伝子操作や改造が施されているのだ。


「サメはプールに垂らした一滴の血でさえ嗅ぎ付ける。それにね、サメは頭蓋の中に内耳を持っているから、聴覚にも秀でているの。それこそ、アタシが本気になればこの船の中の音なんて全部聞こえるくらいにはね」


 船内はその密閉性も相まって、音がよく反響する。


 そして、軟禁状態にあった彼女はずっと聞き耳を立てていたのだ。チャンスさえあれば拘束を解いて、脱出できるよう。


「貴方がだーいすきな先輩の前でグスグス泣いてたのも、全部丸聞こえだったんだから」


「んなっ⁉ ……べ、別に泣いてなんて」


「はい、ウソー! バッチリ聞こえてましたよーだ!」


 レッドハンマーがケラケラと笑う。それはもう悪趣味なほどに。


 鋼助もようやく理解してきた。彼女の言葉がどうして自分の神経をここまで逆撫でするのか。一度拳を交えたら友情が芽生えたなんてこともなく。それこそ彼女とは、遺伝子単位で相性が悪いのだろう。


「で……結局お前はなんで俺たちに協力してくれる気になったんだ?」


「それは……」


 苛立ちを隠そうとしないまま鋼助はもう一度、同じ質問を投げかけた。


 すると、レッドハンマーも少し態度を変えて。何故だかこちらから目を逸らす。


「それは……貴方が私たちのことも助けてくれるって言ったから」


 彼女は、マフラーを託し上げるようにして表情を隠した。


「アタシたちは十年間、暗い海の底でずっと誰かが助けてくれるのを待っていたの。けど、それが叶わない願いだってことも分かってた。私たちは所詮、実験体だからね。だから、なんというか、その……嬉しかったの! 貴方だけは何の迷いもなくアタシたちのことまで助けてくれるって言い切ってくれたから!」 


 捲し立てるように言い切って。彼女は大きく肩を揺らしていた。それから少し呼吸を整えて、彼女は言葉を付け加える。


「アタシが協力する理由なんてそれ以上でも、それ以下でもないのよッ! それにアタシだって、ブループリンセスを……貴方たちがアミちゃんって呼ぶ、あの子のことを助けたいんだから」


 いつだったか。鋼助も絵本の中のお姫様と彼女のことを重ねたことが、頭の中をよぎった。


「さっきも言ったけど、アタシたちにはそれぞれ何かしらの技能に秀でているの。中でも姫の名を与えられた彼女の力は特別だった」


 ブループリンセス。彼女はRe計画の被験者でありながら、明確なベース因子を持たない。その代わりに彼女に与えられたのが、水中での生存能力と、他の被験者を強制的に従属させる命令権だった。


 必要な機能だけを与え、他を削ぎ落とすような人体改造は、姉崎が受けた簡易手術に近いのだろう。


「研究者たちの中には、予算欲しさにアタシたちを生物兵器として、こっそり他国に売り込もうとした連中もいたの。そうすれば当然必要になるでしょ、アタシたちを忠実なしもべとして運用するための便利な司令塔が」


 鋼助は頭の中に彼女の声が響いた、あの感覚を思い出す。


 あれこそが彼女の秘める力の一端で、ほかの被験者たちを先導する役割ならば、「プリンセス」というコードにも納得がいく。


「彼女は脳波を介することで、他被験者の因子を活性化させたり、命令を与えることができる。けれどね、彼女の能力には一つ、研究者たちでさえ想定外な点があったの」


「想定外な点?」


「そう。それは同じく想定外の存在を操る力」



 ────彼女はハイドラさえも、自由に操ることができるという。



 鋼助は研究所で何が起こったのかを、そして十年間という歳月を彼女たちがどうやって過ごしてきたかを知らない。


「アタシは研究者じゃないから、どうして彼女の力が化け物どもにまで作用したかなんか分からない。それでも、アタシたちは彼女の異能によって生かされてきたようなものよ」


 研究所の倒壊は、被験者たちの脱走から始まった。


 一人の被験者が研究者の目を盗み脱走。それが施設内の混乱を呼び、その隙にまた一人、二人と、あとは波乱が広がるだけだった。やがて脱走者たちは暴徒と化し、最後には研究所のあった人工島が沈むことになる。


「本来なら脱走を扇動した被験者たちが、アタシたちのリーダーを務めるのが無難だったんでしょうね。けど、あの子は不運なことに手術ベースが海洋生物じゃなかったから。施設の残骸ごと海の底に沈んだアタシたちは、そこで静かに死を待つしかなかったの」


 施設から漏れ出したバクテリアの影響で、海中には無数のハイドラも湧いたはず。いくら生き残った被験者全員が海洋生物をベースとした因子を持っていたとしても、狂ったように押し寄せるハイドラの群れに食い殺されていただろう。


 それこそアミの異能がない限りは────


「私たちの姫は、その異能でハイドラを退け続けてくれた。それに、アタシたちの身体は改造されてるから、汚染海域にだってなんとか適応することもできた。……けど、やっぱりアタシたちが、あんな気の狂いそうな空間で生きてこられたのも彼女のおかげね」


 アミはずっと生き残った被験者たちを励まし続けてきたのだ。


 ────いつか、誰かが助けにきてくれると。


「私たちの姫は、きっと彼女の操る馬鹿でかいハイドラの中から見つかったんでしょ?」


 レッドハンマーはそう質問を投げかけながらも、ほとんど確信しているかのような口ぶりだった。


「彼女はね、アタシたちを助けてくれる人を探しに行ったのよ。皆の反対も押し切って、危険も何かもかもを承知の上でね」


 アミのハイドラを操れる異能にも、唯一にして最大の欠点があるという。それは彼女の脳に著しい負担が掛かるということだ。


 彼女は水中でも必要最低限な生存能力しか持たない。それこそ、鋼助やレッドハンマーが備えるような、長距離の遊泳能力も。


 だから、彼女が太平洋の中心部から日本の領海に入り込むには、その間ずっとハイドラを操り続けるしか方法がなかったのだろう。


 結果として彼女の脳は限界を迎え、記憶を失った。そのあとは鋼助たちの知っている通りだ。


「まったく馬鹿なお姫様よ! だいたい命令権なんてズルい能力を持ってるんだから、危険なことは全部アタシたちに任せちゃえばいいのにッ!」


 悔しそうに。レッドハンマーは目じりに涙を浮かべていた。


 彼女は咄嗟に顔を拭うだろう。それでも「アミを助けたい」という言葉に嘘がないことは十分にわかった。


「レッドハンマー」


 目の前の赤いマフラーをした少女とは仲良くなれそうにないが、胸に抱いた思いは同じ筈だ。


「アミさんも、お前の仲間も全部助けるぞ」


「えぇ。頼りにさせて貰うわよ、鋼助クン」


 二人は互いに握った拳を軽くぶつけ合わせる。


 そんな二人の元に船内放送が鳴り響いた。『総員。艦橋へと集合されたし────』と。

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