Reデザイン(1/2)
鋼助は目の前の現実を直視できずにいた。
唇はガサガサに掠れ、虚な眼差しに光はない。ただ、呆然と蛍の寝かされたベッドの前に立ち尽くす。
「……」
和明たちが彼女をすぐに回収できたことに加え、姉崎の八時間にも及ぶ処置の甲斐もあり、なんとか一命を取り留めることはできた。
しかし、横たわる彼女に意識はない。
「……畜生」
蛍の口元には呼吸器を当てがわれ、全身から伸びた細い管は、多種多様な生命維持装置へと繋がれている。
まるで消えてしまう寸前の炎のように。「強か」という言葉がもっとも似合うはずの彼女が、今だけは酷く弱々しく見えてしまった。
「……畜生ッッ!」
ホワイトエッジを名乗る彼女は、もう海のなかへ消えてしまった。確保したレッドハンマーも黙秘を続けている以上、その跡を追う手がかりもない。
アミを攫われ、彼女を取り返そうとした蛍が重症を負う。────考えうるなかでも、最悪な結末だ。
「畜生ッ! 畜生ッッ! 畜生ォォ!!」
怒りのままに鋼助が吠える。血が滲むほど強く、壁をぶん殴ったとしても腹の底から湧き上がる苛立ちは収まりそうにない。
もしも、自分があと一秒でも早く、レッドハンマーを取り押さえていたとしたら?
もしも、自分があと一秒でも早く、蛍のフォローに追い付けていたのなら?
そんなタラレバの話が、鋼助の頭の中には幾つも浮かんでいた。
いや。それ以前に────
「俺があのとき、アミさんを庇えていればッ!」
「助ける」と約束したのに、違えてしまった。
それは、鋼助の記憶の奥深くに沈んでいた後悔とも重なってしまう。今はただ無力な自分が憎らしい。いっそ、弱い自分自身を壊してしまいたいほどに。
「……鋼助はん、お取り込みのところ、ちょっとええかな」
背後を振り返れば、そこには姉崎が立っていた。
「……ドクター」
今はとても、誰かと話せるような気分にはなれない。
ただ、それ以上に彼女の纏う雰囲気の方がどこか不自然なように思えたのだ。足元を取られてしまいそうなほどに鬱々として、それでいて張り詰めるような緊張感が混ざり合っているような……
「……なんですか、打ち明けるって」
「ウチの知ってる全部。けど、ここじゃダメやね。蛍ちゃんも眠ってるし、もっと空気のええとこで話そうや────」
◇◇◇
姉崎が全てを打ち明けるのに選んだのは、甲板の上だった。
時刻は早朝。まだ日の昇ることのない海は黒く染まったまま、潮の匂いが混ざった薄ら寒い空気だけが、甲板に上がった二人の頬をなぞる。
ハッキリ言って、心地が悪かった。潮の匂いが纏わりつくのだから。
ただ、彼女はここを気に入っているらしく。
「ここがええかな。静かで落ち着くし、思考もクリアになるんや」
姉崎は少し手摺に持たれるようにして、口を閉ざした。
「ちょっと、待ってな」
何をどう話せばいいのかというよりも。どのような順を追って説明するのが分かりやすいかを思案しているのだろう。
「────まず、話の前提として。アミちゃんや、君が捕まえたレッドハンマーって子と、仮面の子。その子らはあと数日をしないうちに、この国によって殺処分されるはずや」
「……は?」
その言葉には動揺よりも嫌悪が勝った。「殺処分」というその無機質な三文字は、間違っても人に向けて使う言葉でないはずだ。
「なぁ……鋼助はんは、なんで汚染海域が広まったか、ハイドラなんて化け物が生まれたか? そこんとこちゃんと覚えてるかいな?」
「それは、海中から突如として吹き出した未知のバクテリアが原因だったんじゃ……」
「国」それに「殺処分」。並ぶ単語からは話の繋がりが読めないながらも、答えた。
「それならやで。もしもそのバクテリアの発生原因が、日本政府も携わったある実験による事故の副産物やとしたら? どうなっちゃうんやろうな?」
発生から瞬く間に広まった汚染海域は今もなお、世界の海洋の約六〇パーセント以上を侵している。そして、そこから生まれたハイドラたちは幾度もなく生物災害を引き起こしてきた。
悪趣味な程にギラギラと金属質な輝きを放つ海洋と、そこから這い上がってくる巨大な怪物の群は、全人類が直面した悍ましい災禍そのものである。
それがもしも、人為的な何かによる副産物だったとしたら?
「これ、見てや」
姉崎が鋼助に数十枚の資料を差し出した。今から十年前の、まだ汚染海域も広まっていなければ、〈特務海上保安庁〉が組織されるより前の、海上保安庁による古い記録だ。
「これを見せれば、楽に説明できると思ってな。和明隊長の手元から、黙って盗ってきたんや。隊長の古い先輩方が見つけてくれた資料やで。ほらこれ、ところどころに不自然な点があるやろ」
差し出された資料からは彼女の言う通り、ある期間にぽっかりと穴が開いていた。
救助船やヘリの出動記録から、職員の勤務記録までもが抜け落ちている。
「この期間に何かがあったっていうんですか?」
「せやね。けどその前に、ちょっとだけ一〇年前の昔話を挟もうやないか────と言っても君らは知ってるはずやで。例え、君自身が忘れていようとも、君の中に組み込まれた二重因子がReデザイン計画のことを覚えてるんやから」




