滲む血に
気絶したレッドハンマーの両手首をベルトでキツく縛った。脇腹へ突き刺さった傷も、それなりには再生できている。
「…………はぁ、はぁ」
鋼助はサメの弱点も、ロレンチーニ瓶のことも全く知らない。ほとんど直感で鼻先狙いのストレートを撃ち放ったのだ。
もしも、ストレートの狙いが少しでもズレていたら。それ以前に少しでも運がレッドハンマーの方へと傾いていれば、いまここに立っていたのは間違いなく彼女の方だろう。
汚染海域のバクテリアに侵され、デタラメに力を振るうハイドラ達とは違う。持てる力の運用法を試行錯誤し、敵意を持って向かってくる相手がどれほど手強いかを、嫌というほど思い知らされた。
「レッドハンマー……お前は何者なんだよ……」
上層部の刺客か? それとも、まったく別の第三勢力か?
ふと、彼女の顔半分を覆い隠していたマフラーがズレていることに気付いた。その隙間から彼女の素顔が露わとなる。
桜色をした唇と、鋭い八重歯。小さな輪郭の童顔は、余計に彼女を幼く見せる要因なのだろう。
だが、右唇の端から頬を通って、耳の付け根に至るまで。そこに縫い目のような痕があった。医療の素人目にも、それが浅い切り傷程度ではなく、もっと深い傷の痕だと分かる。
だから、彼女は素顔を隠していたのか────
「……目が覚めたなら、全部聞かせて貰うからな」
彼女に背を向け、鋼助は天井を仰ぐ。真上には自分で開けた大穴があった。
「この高さなら、行ける」
まだ因子の活性状態は続いている。強化された筋力で垂直に上のフロアへと飛び上がれば、ホワイトエッジの切り開けた向こう側から海が覗いた。
夜闇を溶かしたような海面は、ぶちまけてしまったタールのように暗く、深い色をしている。汚染海域の悪趣味な銀色とは違う、本能的に足をすくめてしまうような黒だ。
それでも飛び込もうとした鋼助の鼓膜に、その怒声は鋭く突き刺さった。
「────誰か、誰かいねぇのかッッ!!」
向こうのフロアから聞こえてきたのは、紛れもなく和明の声だった。
だが、普段と口調があまりに違い過ぎる。少なくとも鋼助は、女性らしい物言いを好む彼が、ここまで声を荒立て
る場面に遭遇したことがない。
心底、嫌な予感がした。先ほど、鋼助を救ったばかりの直感がまた忙しく警笛を鳴らしている。
たまらず、声がしたフロアの方へ向かえば、
「ドクターッッ!! ドクター姉崎をすぐに呼んでくれッッ!!」
そこにあったのは和明と、彼の背に背負われた蛍の姿だった。
顔面蒼白で怒鳴る和明からは、いつもの余裕と冷静さが感じられない。
海面から上がったばかりであろう二人の身体からは、ひたひたと水滴が落ちた。それでいて水滴と共に溢れる滴は、なぜだか赤黒く、微かな熱を帯びていて────。
「……嘘だ……嘘ですよね、蛍先輩ッ⁉」
そこにあったのは、血塗れになった蛍の姿だった。




